分岐点 extra

犬が吠えれば飴が飛ぶ(後)


Sideハリー

「ロン! ハーマイオニー!」
「「ハリー!!」」

魔法省での懲戒尋問から無罪放免を言い渡され、帰って来た。
厨房の扉を開けて飛び込んで二人に、無罪放免だよ! と僕が告げると「思った通りだ!」とロンが空中にパンチをかまし、ハーマイオニーは震える手で目頭を押さえて「無罪で当然なのよ」と言ってくれた。

「貴方には何の罪も無かったんだから。なーんにも」
「僕が許されるって思っていたわりには、みんな随分ほっとしているみたいだけど」

二人とも心底ほっとした顔で嬉しそうに笑うから、僕もつられて一緒に笑い、また嬉しくなった。
ウィーズリーおばさんも、フレッドもジョージも、ジニーもみんな笑っていた。…一部踊っているみたいだけど。

「あれ? シリウスは?」

名付け親である彼にも早く知らせたくて、首を回して探す。
シリウスの姿が見えない。
すると、今までにっこりと笑顔を浮かべていたロンが固まり、ハーマイオニーがぎこちなく視線を動かした。
厨房全体の空気が一気に落ち着かないものとなり、僕は一緒に行ったウィーズリーおじさんと二人、顔を見合わせる。

「どうしたの? ねえ、」
「あー、あのねハリー。シリウスは今、その…」
「リーマスもいないようだね」
「うん。…二人とも、どうしたの? なんだか顔色が悪いみたいだけど」

言葉を濁すのに首を傾げていると、厨房の外、居間の扉が開かれる音が聞こえてみんなの視線が其方に、一斉に流れる。
プツン、と空気が解かれる様な感覚に、今まで魔法によって防音がされていたんだと分かった。
また会議でもしていたのかなと思ったけど、どうにも様子が違う。

「セネカ! ちょっと待ってくれ!」
「(え、セネカ?!)」

リーマスが呼んだ名は紛れもなく、つい最近までこの家に預けられていた、スネイプと双子でしかも兄だという子の名だ。
具合の悪そうな顔と、右手の包帯、笑顔で話しかけてくる姿が一瞬、思い浮かぶ。頭が良く、スネイプとそっくりとは思えないほど素直な子だったという印象が強いセネカ。
また騎士団の本部にやって来たのだろうか? とは思ったけど、それにしては様子がおかしい。

「ルーピン、言っただろ? 躾のなって無い犬には首輪を、と」

ビクッと、僕の肩が聞こえてくるとは思わなかった低い声に跳ねた。
唸るようにシリウスが「スネイプ!」と叫んでいる事から、もしかして…、なんて可能性に思い当たってドキドキと心臓が煩いくらいに落ち着かなくなる。

「コレを、とれ…っなん、だ、こ、れ…!」
「あ、それ、あまり派手に動くとぶっ倒れるから」
「んだと?! …うー、くっそ……」
「シリウス、大丈夫? …じゃ、なさそうだね」
「大体なあルーピン、俺はお前に用があった訳で、コイツはお呼びで無いんだよ。なのに全く…昔と変わらず突っかかって来るからそういう目にあうんだぜ? ブラック」
「うるさ「シレンシオ」…! ……っ!?」
「…やりすぎじゃないかな?」
「十分に穏便な手段だね」
「ハァ…本当にどうして君達はこう、もっと友好的になれないのかな」
「……前にも言ったけど、俺からふっかけてる訳じゃない」

シーン、と厨房中が静まりかえる。
ごくりと喉を唾が通り抜けて、唖然と会話に聞き入ってしまった。
なんなの? これ、一体どういう状況なの?!
スネイプとセネカの会話に凍りついた記憶は未だに新しく、目の前で開かれた扉を立ちすくんだまま、気が遠くなりそうになりながら眺めている事しか出来なくて。
…え、うそ、こっちに来るの?!

「あ、ハリー! 帰っていたんだね。どうだった? 勿論、無罪放免だったろうね、その様子では」
「え、うん、はい…」
「少し顔色が悪いね、やっぱり朝は食事も満足に喉を通らなかった様だからお腹も空いているんだろう? ああ、モリー。何かハリーに食べさせてあげよう」
「…あ、ええ、そうね、そうしましょうハリー、さあ席について! 今用意するわね」

そそくさとその場を離れるおばさんを、僕は羨ましそうに目で追った。
リーマスの肩越しに暗い石畳の階段が見え、その場に佇む人物に自然と目が行く。
顔を確認して、僕はますます顔が強張るのが分かった。

「セネカ、ほら、ハリーだよ。君も挨拶するくらいの時間はあるだろ? さあ、入って入って」
「(…! そんな! リーマス!)」

ブンブンと首を振りたい気持ちでいっぱいの僕を置いて、リーマスが彼を、大人になったセネカを手招いて僕の前に立たせていた。

スネイプと同じく全身真っ黒。
背の中ほどまである長い黒髪、黒い瞳、青白い顔。
あの育ち過ぎた蝙蝠を思わせる長いローブは着ていない。
他に違う所と言えば、高い襟から覗く深い緑のスカーフくらいだろうか?
なんだか、パッと見はルシウス・マルフォイみたいだなと思って、それも何だか嫌だなと思う。
身体のラインが良く映えるスタイルのお陰か、スネイプよりも細身の印象が強くて――実際、細そうだ。やっぱりまだ身体が弱いままなのだろうか?――前に立たれても、あの威圧感が全く感じられなくて吃驚した。
親指の根元まである袖の、右手にはめられた黒い手袋の下にまだあの包帯があるのだろうかと、つい視線をやってしまい、また戻す。

僕が見ているのと同じく、セネカも僕を上から下までジロジロと視線を動かしている。
物珍しいものを見た、という顔をして眉間に皺を寄せず、目が合うと穏やかな顔で微笑まれて……僕は後ろのロン達の気持ちがもの凄く良く分かった。

「(これは…言っては悪いんだろうけど、確かに気味が悪いよ…)」

まるで僕にスネイプが微笑みかけている様な気がして、今にも、逃げ出したくなった。すごく居心地が悪い。
まだ小馬鹿にするように鼻で笑われた方がマシな気がする。
なのに、目の前の彼は突然僕の頭に左手を置いて、くしゃくしゃな髪を更にかき混ぜて声を出して笑い始めた。

っあははははは!!! ルーピン、改めてすごいな。ほんとにちっさいジェームズ・ポッターじゃないか!!」
うわわわわわわっ!?

スネイプよりも穏やかで甘い声が、大爆笑とはいかないでも笑っているこの状況。てかスネイプの笑い声なんて!
お願いだから誰か助けてよ! なんて僕は心の中で叫んでいた。

「ああ、こんにちはハリー・ポッター、それとも『ハリーお兄ちゃん』とでも呼んで欲しいかい? 何はともあれ無罪放免おめでとう。まあ、アルバスならそんな事にさせないって分かってたけど」
「お、お兄ちゃんだけは止めて…! あと、頭も…!」
「セネカ、困ってるじゃないか」
「いやだって、目の前に居たらついやりたくなってさ。ほらほらどうした、セブルスと同じ顔だぞー。『グリフィンドール、減点!』って、一度やってみたいねえ」
「「「(ビクッ!)」」」
「ほんと、冗談に聞こえないね。そこだけセブルスみたいに言わなくても……ハリーがちょっと泣きそうだよ。余りのギャップに」
「いやいや、俺は昔からこうだから。ただセブルスがいないと大人しい子になってただけで。外面はその場に合わせてもいたしさ……なあ、ルーピン。記念に抱きしめてみても良いかな? この子」
「(え、やめて! お願いだからそれだけは!!)」
「ハリーがセブルスに殺されちゃうと悪いから、それだけは止めてあげて欲しいね、私としては」
「あー…それは残念だ」

やっとのことで離して貰えた時には、僕はもうフラフラで。
処理し切れなかった会話に頭が痛くなった。

「では改めまして、セネカ・スネイプだ。ハリー、よろしく」
「よ、よろしく…」

にっこり笑顔で手を差し出され、ノロノロと握り返すと、ニヤリと口元を上げた彼に抱きしめられていた時には、もう、僕は意識が半ば飛びかけていた。
おじさんとも挨拶をし、一方的に満足したセネカが颯爽と身を翻して帰る後ろ姿を茫然と見送ったのは、つい先日の事だ。


――そして今。


目の前で交わされている小さなセネカとシリウスのやり取りに、固唾を呑んで見守る事になっている。

「俺の愛しい弟をそれ以上、その不快な名で呼ぶな―――、ブラック!

激しい音と共に真横にいたシリウスが壁に激突し、慌てて立ち上がって近寄ろうとしてリーマスに止められる。
なんだかさっきより顔色が悪いリーマスが「ごめん、ちょっと今は手を出さない方が賢明なんだ…巻き込まれるよ?」と同じ空間を共有しているロン達や、居合わせてしまったキングズリー・シャックボルトにも囁いていた。

「ああなったセネカは…その、容赦が無いっていうか、ほら、普段は大人しい人ほど怒らせると怖いって言うだろう?」
「でもシリウスは縛られてるし、止めた方が…」
「今のは、彼が持つ巨大な魔力が漏れただけだよ。杖を持っていないから呪いを掛ける事も無い。その点は安心して良い、その点は」
「…持ってたからシリウスはあの呪いをかけられたの?」
「……そういうことだよ」
「でも、スネイプがいないと大人しい子になってただけで…って言ってたけど…これはちょっと激しすぎると思うよ、僕。……ねえリーマス。どうしてさっきから僕と目を合わせないの?」
「いや、…なんと言うかね。あー…兎に角、これは黙って見てもらえば理由も直ぐに分かるから」
「でもさ、持っていてもアイツ出来るの? 僕達よりも随分年下なのに、そんなのを警戒しなきゃいけないって」
「ねえロン、…多分出来るんだと思うわ。さっきも見たでしょ? 早過ぎて良く見えなかったけど」
「その通りだハーマイオニー。前に本人が言ってただろう? ――セブルスに入学前から勉強を教えていたのは、彼だ。セネカの経歴は以前教えたよね、覚えているかい?」

ホグワーツでの彼は正に天才だったよ。
ジェームズもシリウスも、その点においては彼には一目置いていたんだ。

「ただね…シリウスだけはどうにもこうにも…」

苦笑いするリーマスは二人の方へ向き直る。
僕らもそれにならって目を向けると、気がついたら既にセネカはシリウスの前で腕を組んで立ち――右腕、少しは良くなったのかな?――見下ろしていた。
眉間に皺を寄せて鋭い目つきで怒りを表すセネカは、正に、スネイプだった。

「ここに来た日、初めて訪れた時からすっごい不快に思っていたんだけど? なんだそれ、俺の弟に変な名前を勝手に付けやがって…あー、もう! 向こうに帰って入学して、その名を聞いた時点で同じ事をしそうだよ。俺の怒りのポイントがセブだって君も分かってるんでしょ? だからそんな事になってるんだろ?」
「(俺…セネカってホントは自分の事そういうんだね)」
「(うん、私達も初めは知らなかったんだ)」

「大体、君も大人ならば子供の俺にまで威嚇行動するの止めたらどうなんだ。過去の因縁なんて今の俺は全く知らないんだから、それを利用して好印象を持たせておこうって頭は無いのかい? 俺なら確実にその方法を取るね。間違いなく。ざらついた関係をお望みならばこっちの俺とやってろっつーの! 今の俺を巻き込むなっ!」
「(しかも口も悪い…、ねえ、やっぱりスリザリンだったの?)」
「(…その通りだよ)」
「「「(やっぱり)」」」
「聞こえてんだよ、そこ」

ギクッと僕達が身を震わせる。
此方を見ずに指摘した彼は少し満足したのか、怒らせていた肩を一度落として、僕等の方を―――その後方を視線で捉えて口を開いた。
後ろには小さな、玄関ホールにある肖像画と比べるならとても小さな絵画が一つあるだけだ。
何故、セネカはそれを今見るのだろうか?

「フィ二アス、いい加減こそこそ覗き見するのは止めろ。お前の言う、ろくでもない曾々孫に加勢でもしてやったらどうなんだ」

セネカの声で絵画の中で影が動く。
小さな絵画の中に、尖った山羊髭の老人が少しだけ顔を出し、気難しそうな顔を青褪めさせて「…そやつの自業自得でしょう」とぽそぽそ呟いて引っ込んでいった。
なんか、どこかで見た事がある気がする。
驚いているのは僕達だけじゃなく、シリウスもリーマスも、スネイプでさえ目を開いて小さな彼を見ていた。

フン、と鼻を鳴らして再びシリウスを見たセネカは周りの視線なんか気にする素振りも見せずに、落ちて来た髪を払った。
それが様になってて、なんだか僕らよりも年上に見える。
気の所為だとは思うけど…。

「ブラック、二度目は無いと思え。…もっとも、もう此処に来れる時間は無いかもだけどね」

これで終わりだとばかりに、くるりと身を反転させてスネイプの元まで歩いて…歩いて…。

「…その手はなんだ」
「抱っこを要求する、手」
「……ハァ…」
「溜息は幸せが逃げるよ」
「お前に言われたくは無い。原因の大半はお前だ」
「うん、ごめんね。ってことで抱っこ」
「……戻ったら説明してもらいたい事が幾つかあるが?」
「もしかしてソレがフィ二アスの事なら今言えるよ。あれはホグワーツで知り合った面倒なストーカーです」

どう見ても睨みつけてるスネイプへ平気な顔で笑いかけるセネカ。
アレが僕だったら今頃…と、血の気が引く思いで見る中、スネイプが諦めたように彼を抱き上げた。
なんか、変な光景だ…。
厨房に入って来た時も思ったけど、あのスネイプが子供を抱いている姿なんて、見たくも無かったよ。


そのままバイバイと手を振るセネカを抱えたスネイプが出て行き、張りつめていた空気がやっと解放された気分になった。
どっと疲れが押し寄せ、リーマスがシリウスに近寄る姿をだらりと眺めていた。
そういえば、シリウスは先程から一言も喋ってないけど大丈夫なのかな。
俯いて項垂れているシリウスをリーマスが溜息を吐きながら肩を揺さぶっている。

なんか、様子がおかしい。
少し震えている様な気がするんだけど…。

「シリウス」
「……んだよ…」
「先日彼が来た時にも言ったと思うけど…やっぱり君、ちょっと気持ち悪いよ。自覚あるよね」
「う、るせぇ…、仕方ねえだろ。なんでか、こうなんだから……くっそ、相変わらずムカつく奴だ」
「そんな耳まで赤くして言われても説得力無いから。他からみれば気持ち悪いの一言だと思うよ、実際」
「…リーマス?」
「ん? なんだいハリー」
「あの…シリウスはどうしたの? あ、縄の締め付けが痛くて苦しいんだったら」
「ああ、良いんだよ。暫くこのままでも」
「「「へ?」」」
「リーマス!!」
「それは…あの、どういうことなのかしら」
「さっき黙って見ていてもらえば分かるって…」
「うん、この様子を見て貰えば分かると思うんだけど――」

「シリウスはね、セネカに叱られる事が変態的な意味で好きなんだよ」

……。
ええええええええ???!!!

「へ、変態的な意味でって…!」
「シリウスの名誉の為に言わないでおこうと思ったけど…、彼はセネカを怒らせて痛めつけられるのがね、昔から好きなんだよ。私はここに彼が滞在するにあたって何度もシリウスに喧嘩は売らない様に、刺激するような態度は控えるようにと言っていたんだ。もちろん、その場にいる時は何度か牽制もしていたんだよ。さり気なくね。あ、この事は内密の方向で…セブルスは兎も角、セネカは知らないみたいなんだ」
「え、変態…」
「違う! アレは…! アイツがムカつくからであって!」
「…そんな真っ赤な顔で否定されても」
「シ、シリウス…そんな、僕、知らなくて…」
「ハリー! ち、違うんだ、なあ! …チッ、リーマス! どうしてくれるんだ! これじゃほんとに変態のレッテルを張られてしまうじゃねえか!!」
「うん、ごめんね」
「アイツと同じ謝り方すんなぁああああ!!!」

シリウスは絶望的な顔をしていたけど、やっぱり怒りからには見えなくて。
てか…紅潮した頬と涙で潤む目がそれを証明しているよ、ね?
どうか本当に変態でなければ良いと思いながら、僕は乾いた笑いを漏らしていた。

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