分岐点 extra

犬が吠えれば飴が飛ぶ (前)


実家生活も一週間は経っただろうか。
セブルスの帰宅を心待ちに自宅待機していた俺は、居間で積み上げた本と羊皮紙の束に囲まれていた。
…この散らかり様なら、また片付けろと言われるレベルだな。
此方に移ってから調子の良い右腕を振って、本棚からまた一冊呼び寄せた。
リハビリ、大切。
セブルスの前では絶対しちゃいけないけど。

「――そもそも、インセスト、同性愛に加え今の年齢差だと三重苦となるわけで。…教員なのに少年愛は不味いよなあ…まあセブルスに限ってそれは無いとは思うけど――って、今のとこは消せって。証拠隠滅! 怒られるだけじゃ済まないって!」

俺の周りを飛ぶ自動速記羽ペン。
コイツが独り言を羊皮紙に書き留めたのを添削させる。
これは便利なのは良いが、言ったモノを全部書きあげてしまうのだ。
変なことまで書き残しては一大事に繋がる。色々と。
折角譲ってもらったのに、取り上げられては非常に困るので気を付けないとな。


此方で過ごす時間をどう有効活用しようかと考えあぐね、自分が今最も関心のある事に熱を注ごうと、ペンを取った。
副作用の無い右腕用の薬と、体力不足を補うための携帯できる速攻性回復薬等、そして――過去へと戻ったら始めようと考えている、商売の計画。
色々考えた結果、折角コネが得られたので稼いでみようと思う。
コネって誰? もちろんダンブルドアさ。

慎ましい生活を送る俺達にはやはり先立つものが必要で、薬を開発するとなればそれ相応の代価とて必要なのである。
勿論、セブルスを養うぞという、予てからの想いも俺を突き動かしていた。
やりようなど、いくらでもある。
要は未成年だとバレなければいいのだ。
俺だって一応その昔は結構な額を稼いていたんだぜ?
まあ、違法スレスレを渡り歩いてはいたのであるが。

ノクターンに淀む闇。
飛び込み、引っかき回したやんちゃ時代が懐かしい。
危うい所をトンズラこいたのなんて…両手じゃ足りねえなあ。
人狼、吸血鬼と魔法族以外の交友関係を持ち、それなりに危ない道を歩んだ経験もこれから生かされるだろう。
よし、がっぽがっぽとガリオン稼ぐぜ! ……セブには内緒の方向で。

「あ、レネ、それ片づけなくていいからお茶入れて」
「はい! 畏まりました、セネカ様。何か他にお召し上がりになりますか?」
「アルバスから貰ったお菓子出して」
「承知いたしました! …ハッ! い、いいいいけません! 夕食をお召し上がりになれなくなれば、セブルス様にレネがお叱りを受けてしまいます!」
「チッ、駄目か」
「…し、舌打ちをされてしまいましたぁああ!! レネは、なんて悪いハウスエルフなんでしょう!」
「いやいや、違うからね」
「ひゃぁあああ!!」

ハウスエルフのレネが高速でお辞儀をしてキッチンへと引っ込む。
彼はセブルスが言っていたホグワーツから借り受けた子だ。
セブルスのいない間だけ、彼は姿を現す。
少し大げさな程騒がしい子ではあるが、ハウスエルフという生き物は皆こうだっただろうか?
俺は何故かセブルスにキッチンへの侵入をキツく禁止されていて、こういった細やかな仕事はレネに頼む事を約束させられていた。

つーか結界まで張って徹底しなくとも。

まあ確かに俺は料理なんて…生前を含めした事は無い。
しかし、ああも顔色を悪くして説かれれば気にもなるというものだ。
…機会があれば一度チャレンジしてみるか。

己の料理の腕前が魔法薬並みのポイズンクッキングだとは知らずに、初めての料理体験に想いを馳せ、わくわくしていた。


「セネカ様! ダンブルドア校長様からお手紙です!」
「…アルバスから?」

戻って来たレネがカチャカチャと音を立て、紅茶の用意をされたトレーに手紙を添え、テーブルに置いた。
なんだろ、嫌な予感しかしないが。
ゆっくりと紅茶を堪能して、また作業を再開し、たっぷりと時間を置いてから手紙の封を開ける。

読み進める内にみるみる眉間に皺を形成していった俺を見て、レネがまた叫んでパチンと姿を消した。

***


「やあ、セブルス。良く来てくれたね。待っていたよ」
「生憎とこの様な用件で呼び出される等、不本意極まりない。少しは此方の負担も考えて欲しいものだな」
「ははっ、手厳しいね。もちろん出来れば無理はさせたく無いのが本音だよ。でも、どうしても彼の協力が必要で……ところでセブルス」
「なんだ」
「あー…セネカは、一体どうしたんだい?また具合でも…」
「…………昨夜からこの有様だ」

セブルスが大きく溜息を吐いた。

此方再びグリモールド・プレイス、ブラック家。
その地下厨房でセブルスの左腕に乗っかって首にしがみ付いたまま、俺は現在へそを曲げてストライキ中である。
子供のように拗ねて全く顔も上げずに、ルーピンとセブルスの会話に耳を傾けていた。

ダンブルドアから貰った手紙の内容。
それは、此方の俺がシリウス・ブラックに厄介な呪いを掛けたので是非俺に協力をして欲しい、という要請だった。
なんて馬鹿馬鹿しい。
読んでまず、そう思った。
呪いを掛けたのが俺ならば、本人に解かせるのが一番だろうに…。
しかしダンブルドアがこうして頼む位だ。
恐らく交渉の末、そして決裂。そう考えるのが妥当だろう。
彼に頼まれれば俺が動かない筈もない。
しかしだ。それを承知の上で呪いを掛け逃げしていった此方の俺に、ちょっと、いや、かなりムカついて、こうして俺は拗ねているのである。

やりたくないが、やらねばならぬ。
しかも相手がシリウスとなれば尚更、気が進まない。
ブラック家に係わる気が無いのは同じ筈なのに、アイツは一体どういうつもりなんだ。


訥々と、ルーピンが経緯を話し始めた。


「いやまさかセネカが此処に訪れるとは夢にも思わなくてね。ハリーが…あー、その、例のアレから帰って来る前に来たんだよ。それでシリウスと、ちょっと険悪になってしまって…」

ちょっと険悪になっただけで呪いを掛けるとか、どういう間柄だよ。

「お互い、杖を出した時にはもう勝負はついていたんだ。その…彼は決闘が得意だったろう?」

なるほど、速さを生かした先制攻撃か。
体力に不安がある俺なら選ぶ戦闘スタイルだな。
長引けば俺に不利になると分かっているから。今の俺でもそうするさ。

「気が付けばあの状態で…どうやら時間が経つごとに体力と魔力を奪う類の呪いらしくて。正直、お手上げだよ。セネカのオリジナルみたいだ。だからセブルスやセネカなら何か呪やぶりの方法や糸口が掴めないかなと思って、ダンブルドアに相談したんだ」

ほんと、すまないね。
ルーピンの心底すまなそうな声に、少しだけ、ちょっとだけ気が咎めた。止められなかった事を悔いてもいる様だし。
まあ俺がそうやって呪いを掛けるほどシリウスが気にくわないというのは事実として、行動を起こす程の何かが起きたのだろう。
ルーピンの奥歯に物が詰まったような話しぶりから、隠し事の気配を敏感に嗅ぎ取った俺とセブルスは、同時に溜息を吐いた。
お互いにその時の場景が容易く思い浮かべられたからだ。

厨房にはルーピンの他に複数の気配。
恐らくシリウスと子供達と俺の知らない誰か。
ヒソヒソと囁く声は内容まで聞き取れないが、緊張とざわめく気配は、セブルスの放つ不機嫌なオーラを増長させるだけなのに。
注目されている事が不快な彼が、牽制的睨みをきかせているのは間違いない。

「…いつまでそうしているつもりだ」

低い声が耳元で聞こえ、俺は反射的に首を振る。
気分的にはこのまま回れ右をしてもらいたい。

「さっさと済ませてしまえ」
「……やだ、でも、やる」
「ならば早くしろ。お前が下りねば此方も動けん」
「…腹立たしいこと、この上ない。マジ、ありえない」
「全くだ。だが良い気味だ」

重々しい空気とセブルスが誰かを睨む気配に、そろりと顔を上げて同じ方向を向いた。

此方も不機嫌オーラを纏い、ぐったりとして椅子に腰かけているシリウスが其処にいた。何故か首輪を付けて。
…なんか変態くさい。
隣に座るハリーが不安そうな顔でチラチラと視線を送っている。
シリウスは俺に目もくれずにセブルスと睨み合っていて、その様子を見て俺の眉間に皺が寄った。
正直ムッとする。
此方に来て、セブルスと彼が嫌悪感を隠さず睨み合う光景など始めて見た。
ルーピンはセブルスからの一方的なものだったし、先程などはそれなりに穏やかに話してもいた。
迎えに来た時も、俺の知らない間に二人は、こうしていがみ合っていたのだろうか?

ポン、と肩を叩いて下りる意思を示すと直ぐに足がついた。
遠目から暫くシリウスを観察し、少し近づいて片眉を上げる。
シリウスに付けられている首輪が一瞬、光を放つ。
一同がそれに気付き、俺とシリウスへ交互に視線を動かし、子供達が恐る恐るセブルスの様子を窺う気配がした。
なんなんだ、まったく。
心の中にもやもやとした憤りが膨らんでいた。

「セブルス」
「……」
「杖、貸して。多分必要だから」
「……呪文は不要だぞ。恐らくアレは、お前の言葉で解ける類だろうな」
「僕の事だから命令の一つや二つ、叶えられれば解けるようにしてると思う。多分だけど」
「フン。犬に下す命など、待てやお手が相応しい」
「おい…黙って聞いていれば好き勝手言ってくれるな! スニベ「インカーセラス!」…お、ぅあ、…はあ?!」
「セネカ!?」

素早く振り、杖先から飛び出た縄がシリウスを椅子に拘束する。
ルーピンが血相を変えるのに一瞬視線を投げ、手のひらをパシッと杖で叩いた。
調教に使う鞭の様に。

「これでも色々考えてんだから、ちょっと黙っててくれます? Mr.ブラぐふっ…! ちょ、痛いよセブ!」
「言った傍から何を使っている!」
「だって、どうせ暴れるんなら押さえておいた方が楽じゃん! あの人絶対抵抗するよ!」

叩かれた後ろ頭を押さえながら恨めしげに見上げる。
…そういうセブルスの口元だって、悪い笑みを浮かべてるし。
さっさと済ませろ、と顎をしゃくったセブルスに頷きシリウスの前まで歩いて行く。
不安、驚き、困惑といった視線を纏わりつかせながら杖をそっと首輪に添えた。
睨み上げる灰色の瞳に、俺の顔が映る。
ルーピンが頻りと「落ち着いて、セネカ」なんて言う声だけが、厨房で唯一の音と感じられた。

「Mr.ルーピン、僕は十分落ち着いてます。僕、イラッとする事はあるけど、普段から怒る事なんてめったにしないもの」
「それは…知ってるけど」
「セブルスに優しい言葉を覚えて欲しいから、声を荒げず、普段から穏やかな物言いを心がけている僕にとって、怒鳴るという事はある種タブーのようなモノだったので」
「だったらこれを外さないか!」
「セブルス睨むの止めてくれたら多分外しますよ。それに、その首輪があるのも困るでしょ?Mr.ブラック。ああ、それとも気にいったんですか?」
「馬鹿を言うな! これはっ、元はと言えばお前が「どうせこっちの僕にセブルスについての悪態でも吐いたんでしょ」…うっ、」

ほらね、と言えば言葉に詰まるシリウス。
あー…ほんと、この人顔に出やすい。
もうちょっとそこ何とかならんのか。
何度目かの溜息を吐く。

よくよく見れば首輪の構造も覚えのある物で、生前に作った呪いのリメイクだと分かる。解呪の方法も。
それによって、態々コレを俺に押し付けたのだと分かってしまった。
ならば俺にだって考えがある。
心の中で並びたてた意地の悪い考えが揃い、行動を起こす。
トントン、と杖で首輪を叩くと仄かに熱を帯びて光った。
肺に空気を取りこむと共に魔力を循環させ――『音』を発する。

「『我、汝に命を下す者なり』」

光が一層強まり、銀色の光がシリウスを取り巻いた。

「『体力と魔力を奪う効果を消去、復調。叶える願いも一つに絞る』」

また光が強さを増す。
今までぐったりとしていたシリウスが、己の肉体の変化に気付き複雑な表情をする。
周囲もその様子を感じ取り、ほっと詰めていた息を零した。
しかし、俺がそれだけで終わらせる筈が無かった。

「『セブルス・スネイプの命を一つだけ叶えろ』」

言い終え、光が終息し首輪に収まると、目の前の男が唖然と俺を見上げた。
おや、かなりの間抜け面だな。イケメン台無し。

「は、……はぁあああああ???!!!
声でかいし!
「なん…、なんだよお前それ?!」
「何って聞いたままですけど?」

ニヤッと笑む俺に見開いた目のままシリウスが叫んだ。
それに構わずくるっと身を翻し、スキップする勢いでセブルスに駆け寄り杖を返す。足取りが超ルンルンである。
腕を組んで成り行きを見守っていた彼は、杖をしまうと同じくニヤッと口角を上げて俺の頭に手を置いた。

「これで良いでしょ? ほめてほめてー」
「上々、という所だな。少し詰めが甘い気もするが」
「やだなーこれ以上はアルバスにお咎め食らうもん」
「ちょっと待って! セブルス、セネカ! え、これはもしかして…、そういうこと、なのかい?」
「無論、そういう事ですよMr.ルーピン。大丈夫。体力、魔力共に、もう消費する事も無いでしょうから安心して下さいね」
スネイプに委ねられてる時点で安心なんて出来るものか!
大体だ! お前、入学前なのに何でこんなに容易く魔法を使えているんだ! しかも人に向かって躊躇いも無くだなんてな! …スニベルス! 貴様、やはりコイツに入れ知恵をして――」

ガタガタと椅子を揺らして叫ぶ男。
段々と聞いている内に、抑えていた、一度は治まった腹立ちが失笑に変わる。
不穏な雰囲気を滲ませ始めた俺にいち早く気付いたセブルスが、一歩後ろに後退した。遅れてルーピンも。

にこり、笑う。
会心の一撃的な笑顔だったと我ながら思う。

「俺の愛しい弟をそれ以上、その不快な名で呼ぶな―――、ブラック!

バーン!
大きく爆ぜる音と共に、シリウスが椅子ごと真後ろの壁に吹き飛んでいた。

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