分岐点 extra

ジェラシー旋風巻き起こる


ブラック家から足早に離れ、路地裏でマグル避けを施したセブルスに抱き抱えられ姿くらましをした。
無事到着した事を大きな音と歩きだした振動で悟り、埋めていた首元から顔をもそりと上げた俺は鼻腔を刺激した覚えのある臭気におやっと首を傾ける。
ぐるりと腕から乗り出す様に見渡した景色へ、素直な驚きを表した。

なんだホグワーツじゃないのか。
てっきり城へ戻るかと思っていたのに。

淀んだ灰色の空から地に突き立つ巨大な黒い影には見覚えがあり過ぎた。
毎日この空とあの煙突を見上げていたのだから間違えようも無い。
この嫌な匂いは近くを流れる汚れたドブ川から運ばれてくるものだ。

セブルスに抱えられたまま生い茂った草で埋め尽くされた土手を横目に登り切り、錆びた鉄柵を潜りぬけ更に進む。
暮れなずむ静かで誰も居ない通り。
迷路の様なそこは徐々に赤く染められつつあり、夕闇が押し迫ろうとしていた。

てか、一応念のためマグル避けを掛けてあるのに人影が無いにも程があるな。
苦笑して建ち並ぶ煉瓦の家々へ目を向けると、窓から洩れる仄暗い灯りでちゃんと住人が居る事が確認できた。
人を寄せ付けない雰囲気を醸し出す街。
決して豊かとは言えない彼等は、日々の自分達の生活の事で手一杯なのだ。
他人に構う暇も無い。
いや、実家も同様だが。
…時を経ても此処は相変わらずだな。

思考の海を漂っていた俺を現実に引き戻す様に、移動していたセブルスの足が漸く止まった。

「スピナーズ・エンド…」

袋小路の奥の奥。
突き当たりに位置する記憶よりも些か古びた――スネイプ家。
一瞬身を固くしてぎゅっと胸元を掴んだ俺をセブルスは一瞥したが、無言で玄関を開けて中へと入ってしまう。
とんっと、入って直ぐの小さな居間に下ろされ薄暗い室内を見渡した。
窓の無いこの部屋もセブルスが杖を一振りすれば蝋燭ランプが灯り、二振りめで籠った空気にも清々しさが…出たような気がする。
どうやら普段は此処で過ごすことも少ないようで、荒れてはいないが放ったらかされている雰囲気が漂っていた。
まあ、教職に就いてホグワーツに詰めっ放しであれば仕方無いのだろうが。

「…かえってきちゃったな」

まさか退院よりも先に我が家に帰ってくる機会があるなんて。
嬉しいけどなんだかなーという微妙な心境でいると背後から頭に手を置かれて撫でられ、振り仰げば暗い瞳と視線が交わった。
なんだろう。
言葉を待ってじっと見上げるが微動だにしないセブルス。
何やら悶々と考えているようで、その証拠に唇がむっつりと引き結ばれていた。
言うべき事を脳内で膨らませて絞りに絞ってやっと必要最低限の事を捻りだすセブルスは非常に可愛いとは思う。
思うけど、まあ取りあえず玄関先で悩むなって。
余程言い辛い事なのだろうと結論付ける。

「セブ、…セブ?」
「……ああ、なんだ」
「考え込むのは別に良いんだけど、僕はそろそろ首が痛くなってきたよ」
「…そうだったな、すまなかっ「ちがう」
「?」

片眉を器用に持ち上げたセブルスに正面からバスッと腰目掛けて突進、次いで俺の勢いにグラつかず受け止めた事を悔しく思いながら顔を上げた。
腹の辺りで頬擦りする行為は最早セクハラの領域だと早く悟れよセブルス。
ふむ、意図が掴めているのか溜息を吐かれたぜ。

「セブ、ただいま。…おかえりは?」
「ああ、…おかえり」
「……」
「どうした、その様なしかめっ面をして」
「いや、ここはちゃんと悟って屈みやしょうやセブルスくん」

空気読めよ的な不満を漏らすと、セブルスは二ヤッと口元を持ち上げて鼻で笑って下さりやがりました。
ちくしょうセブルスめ。
必死に背伸びしても頭二つ分以上は足りないって、ちょ、踏み台どこだ。

「あれ程好き放題してくれた癖にまだ足りないと言うのかセネカは」
「何言ってんの。アレは離れていた分を纏めて回収した様なもんでしょ。お返しだって貰えてないじゃんか」
「…また私からも求めているのか」
「もっちろん」

じれったさに胸に額をゴツゴツぶつけてやると頭の天辺をパシパシ軽く叩かれた。
全然痛くないけどそれは縮めと言うことか、そうか、喧嘩売ってんのか。

「ああ身長が足りなかったか」
「それ、過去の自分にも言ってる事になるよね」
「……」
「ふふふ…セブルス自滅したりー……あ、何処行くの。ねえ、セブったら」

すっと目を細めたセブルスはいとも簡単に俺の腕を解いて居間を通り抜けて行ってしまった。
しまった、機嫌を損ねさせてしまったのかも。
奥にあるキッチンに姿を消したセブルスを追うか迷い、でも直ぐに出て来たのでホッと息を吐き出した。
しかし今度は、敷き詰めるようにびっしりと覆い尽くされた壁一面の本棚の前でピタリと足を止めたではないか。
その一角へ彼が杖を向け振ると、何という事でしょう…音を立てて本棚が移動し狭い階段が現れたのである。

え、セブ、実家改造しちゃったの?

いや確かにそこには元々階段が有りましたけどさ。
何本棚で隠したりしちゃっ……ああ、でもそこに本棚を置きたかったから置いたという可能性も無きにしも非ずだ。
恐らく結果的に隠し部屋的な事になったんだろうな。
…あれ?こういう扉、もしかしてまだあるのか?
実家が秘密基地紛いな事になってる可能性有。
あれこれ考え床にも積み上げられている本へ視線をやっている間に、黒い背中が階段へと消えていった。

「あ、待ってセブルスっ」

今度は迷うことなく追いかける事が出来た。
急いで掛け上がったが既に室内へと入ってしまったらしく姿が見えない。
さてどの部屋に入って行ったのだろうか。
二階には三つの部屋がある。
俺の知っている限りでは両親の寝室と子供部屋と物置だった筈だ。

「(…てか、父さんと母さんは…いないのかな)」

探る限り俺たち以外の気配はこの家には無い。
今の俺を見たらあの両親はなんと思うのだろうか。

「(いや、考えるまでも無い、か…)」

父親はマグルでこんな事態など適応する事も難しいだろう。
母親はまたあの目で俺を射る。
きっと、いない事を今は感謝するべきなのだ。
以前にセブルスが言っていたではないか。「何れ分かる」と。
そうでも思わないと…。

「何を廊下の真ん中で考え込んでいるのかね。先ほどとは逆ではないか」

響いた声にハッと顔を上げる。
一番奥の扉から部屋着に着替えたセブルスがのっそりと顔を出し、訝しげに此方を見ていた。
考えを振り払うように首を振って、たしたしと足音を立てて近付く。

「何でもないよ…ここ、セブの部屋?」

興味深げに覗き込むと簡素な、必要最低限の物だけが置かれた寝室が見えた。
ベッドとクローゼットとサイドテーブルと…やっぱり本棚。
ホグワーツの私室とあまり大差無いじゃないか。
セブルスはぎこちなく話題を逸らした事に気付いたみたいだが、深く追求しては来ず小さく頷いてから隣の部屋を指で指示した。

「お前の使っていた部屋はそこだ」
「…え、セブのベッドで一緒に寝ちゃダメなの? ダメなの? 今日から別? 一人立ち?」
「何を言っている。あの家では一人部屋だったではないか。何を今更」
「いやだって折角一緒にいられるのに別々って。てか、ホグワーツ帰んないの? 僕」
「この家には『招かざる者』は訪れる事が出来ん。そういった保護呪文をセネカがあの家に移されている間に『セネカ』が掛けて行ったようでな。問題は無い。…それに、ホグワーツに放置していたらお前はまたやらかすでは無いか」
「…うー…」
「唸るな。威嚇しても決定は覆らん」
「だって」
「今夜はもう何処へも行かん。…それでも不満か?」
「…不満じゃ、ない、けど」

そうは言うがぶすっくれた顔を崩さない俺にセブルスは柔らかい笑みを浮かべて頭を撫でて来た。
…何だか良く撫でられるな帰って来てから。
説教時にアイアンクローを俺にかました事をちょっと気にしているのかも知れない。セブルスの事だから。
困らせたい訳じゃないが、どうにも離れていた間の寂しさが勝って上手くいかない俺の感情。
くっ…そんな風に笑われたら頷くしかないじゃないか…!
つーか、レアだよなそんな笑い方。

眉間の皺は相変わらず存在を主張しているが幾分か薄い。
キツめの眼差しも和らぎ、引き結ばれていることの多い薄い唇も弓形に持ち上がっていた。
まごうことなき笑顔である。
セブルスの内面の一番良い所を滲ませた表情は俺の心臓を跳ね上げさせるのに十分な効果があった。
嬉しいが、それと同時に恥ずかしい。
せり上がるある種の感情がじわじわと胸を締め付けた。
くっそ…顔が熱くなるのを抑えられん…。
普段から笑っていてくれるならこんな気持ちにはならんだろうに。

まあ寝る時になったら何とかする、いやしよう。と、考えている俺に奇跡的に気付かなかったセブルスは再び一階に下りて行く。
俺は俺で頬を抑えながら荷物を置く為に『THE俺の部屋』の扉を開けて室内に足を踏み入れた。
…あれー…ここ、セブの部屋じゃないよなあ。
入って唖然。笑えるほどセブルスの部屋と全く一緒だった。
ほんと、徹底してるよな俺って。

サイドテーブルにリュックを置いて薬箱を出していつでも取り出せるように並べておく。
これ位しかする事は無いな、と室内を見回してふとベッドの下をガサゴソと漁りだした。
別に如何わしい本を物色している訳じゃあない。
俺ならこの辺りにアルバムの一冊や二冊や三冊は仕込んでいそうだなっと思ったまでだ。
そしてビンゴ。五冊は出て来た。

引きずり出してベッドへ積み上げる。
靴をぽいぽいっと脱ぎ捨てて腹ばいになって、ウキウキと最初の――セブルス8歳と書かれている――アルバムを開いた。
てか、一年に一冊の割合かよ。
パラパラと捲り、先日ダンブルドアから届けられた写真から始まり、聖マンゴ、自宅等と場所を移していく動く写真をゆっくりと眺めた。
俺とセブルスとダンブルドアと極たまにムーディ。
所々明らかに隠し撮りと思われるやつが混ざっているんだが…まあ俺だし。
不機嫌だったり照れていたりするフレームの中の小さなセブルスにくすくすと笑いが漏れた。
どれもこれも、俺がウザい位ピッタリと寄り添っている。

しかし、俺の愛しい小さな弟の口が喋りかけてくる幻聴まで聞こえそうになって、少し寂しさを覚えた俺は一冊でアルバムを閉じてしまった。
閉じる音がやけに大きく聞こえ、俺は枕を引き寄せて顔を埋めた。

「やば、抱きしめたい…」
「誰をだ」
「…! う、お、セブ……吃驚させないでよ」

突然後ろからかかった声に油断していた俺は背が撓るほど飛び上がった。
ガバッと起き上がって振り返ると、いつの間にか二階に上がって来ていたセブルスが開かれっぱなしだったドアに凭れかかって腕を組んで此方を見ていたのである。
独り言を聞かれて気まずさが残った。
ツカツカと歩み寄るセブルスを見上げて曖昧な笑みを零すと、積み上げられていたアルバムを一瞥してベッドに、俺の隣にセブルスが腰を下ろした。

「またその笑い方か」
「うん?」

脈絡無く言われた言葉に首を傾げる。

「お前は言いたくない事や隠し事をする時は大抵そうやって笑う」
「そうかな…」
「最早癖になっているのだろう。セネカ…ちゃんとこちらを向け」

少しづつ伏し目がちに俯いていく俺の顎をセブルスの指が持ち上げた。
やっと元に戻った頬の熱がまた上がるのではないかと俺は危ぶむが、セブルスの冷たい指が逃がす事を許さなかった。

「何度も言わせるな。言いたい事があるならちゃんと言えと。口にしたとて寂しさが埋まる訳ではないが、あちらに戻れば過去の私はお前の傍に必ずいる。だが今この場にいるのは私しかいないのだぞ。…それともやはり私では不服か」

首を傾けたセブルスの肩から長い髪がさらりと落ちる。
真っ直ぐに、黒曜石の瞳で一時も逸らす事無く言葉を重ねられて同じ黒を持つ瞳がグラグラと眩暈にも似た熱さで揺れた。
こんな風に言われて動揺するなと言う方が無理だ。
顎を捉えた指が頬を覆い、俺もそれにそっと手のひらを重ねた。
…てかさ、それってまるで、

「…セブルス。なんか、そう言われると自分にヤキモチ妬いてるように聞こえるんだけど」
「悪いか」
「え、即答?」
「傍にいるのは私なのに過去の私ばかり求められればそう思いたくはなる。…意外か?」
「え、うん。くだらん事を言うな、って一喝されると思った。あと、前みたいに照れてそっぽ向く可愛さも期待したけど?」
「お前は…私を何だと思っているのだ」
「セブルス」

習う様に即答するとなんとも微妙な顔をされた。
だってそれ以外に答えようが無いじゃあないか。

頬から手をそっと下ろしてもそもそと移動し、セブルスの膝に横乗りする。
自然な動作で落ちないよう腰に回された腕に更なる密着を要求されて、たまにはこんなヤキモチセブルスも良いなあ…なんてまた馬鹿な事を考えた俺。
肩に頭を持たせかけ、甘えるように擦り寄るとセブルスは満足気に鼻を鳴らした。

「セブルス。僕の愛しく可愛い弟。君が例えどんなに年老いて僕の目の前に現れようともこの想いは変わらない。僕はセブルスがセブルスであればそれで良いんだよ」

好きだよ。
大好きだよ、セブルス。
此方に来て自覚した思いに因って「好き」の意味が変わっている事に君は気付いているのだろうか?
それとも…もう既に俺の心を受け取っているからこんなにも君は俺を必要としてくれるのだろうか。
意気地も無く、覚悟も無く、ただただセブルスの優しさに縋る。
自分に素直が一番、とダンブルドアが言う様に告げる勇気は無かった。
考えても考えても俺一人ではこの答えは導き出せない。
一体俺はどうしたらいいんだろうな…。

「まあそりゃあ、たまにはこの腕に収まるちっさなセブを抱きしめて可愛さを堪能したいとは思うけど…てかさ、逆に僕がこっちの僕にヤキモチ妬くとか思わないの?」
「なんだ、妬いていたのか?」
「うん。…あのさ、ルーピンに薬の届け物をしたんだよね、さっき。僕宛の荷物に紛れさせてたみたいで帰り際に渡してきた」
「……あれか」
「その時にセブルスとすっごーーーく楽しそうに会話する僕のメッセージを聞いた。なにあれ。折角のセブ似の声なのに残念な僕。…落ち込むわ」

セブルスの目が若干虚ろになった。
最早諦めの境地に至っているらしい。

「内容は、まあ置いて置くとして…みんな引いて凍りつくし、ブラックは威嚇してくるし、ルーピンは抱きしめてくるし――「なに?」

ブチブチ文句を言ってたら鋭い声が頭上から降り、続く言葉を断ち切った。
そこで俺は思い出す。
おい俺セブルスとルーピンに近づかない約束してませんでしたっけ、と。
冷や汗が背を伝い、ぎぎぎっと錆び付いたブリキの玩具の如く恐る恐るセブルスを仰ぎ見た。
いやー…セブルスったら眉間の皺が深い深い。

セブルスは険しい表情のまま、ずいっと顔を俺に近付けた。
首を竦めて顔色を青ざめさせた俺に構う事無く、高い鼻をくっ付くほど押し付けてすんすんと鼻を鳴らす。
犬か!
常なら俺がセブルスにしている匂いを嗅ぐ行動は、実際される側になると居た堪れない程恥ずかしいモノなのだと身を持って教えられた気分だ。
うん、ごめん、やめてくれ恥ずかしいから!
髪や服までなら兎も角…いやそれでも羞恥心は尋常でない程膨れ上がっているが、首に顔を埋められて変な汗が出る。

いまならさけんでもゆるされるきがする。
気がするだけで、実際したら更に機嫌が急降下しそうなのでしないけど。

「…獣くさい……あの狼め…」

地を這うような低い声が薄い唇の間から唸るように絞り出された。
やばいって、セブルスその顔やばいって。
色々な感情が交じり過ぎて最早黒に近い色合いを占めた何かを背負ったセブルスは、俺を抱き上げたかと思うと荒々しい動作で立ち上がった。

「お前のしなければならない事が早速決まったな」
「……え」
「今直ぐに風呂に叩き込んでその匂いごと消し去ってやる」
「存在を?!」
「何を馬鹿な事を言っているのだお前は」

外は真っ暗、俺の目の前もお先真っ暗。
先程のヤキモチセブルスもたまには良いな発言を早くも撤回したくなった俺である。

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