分岐点 extra

良薬口に苦し(色々な意味で)


本日、俺はめでたくセブルスに回収され…もとい、撤退を余儀なく…ではなくて、えー、帰宅する事となりました。

「うぅっ…という事で、短い間でしたがおせわになりました」

ぐすぐすと鼻をすすってお別れの挨拶をする。
いや別に名残惜しいとかじゃなくて、これは背後で不機嫌な顔で腕を組んで威圧していた弟の所為だったりする。
そう、アレから俺は逃げ損なってとっ捕まったフレッドとジョージと共に怒れるセブルスにこってり絞られてしまったのだ。

憐れ双子。憐れ俺。
これが身から出たサビってやつだね。
サビというより魔法薬だけど。
説教も第2ラウンドまで縺れ込むと心折れるよなあ…。

怒鳴り散らすでもなく鉄拳を打ち下ろすでもなく、淡々と厭味ったらしくお説教されて俺は少しだけ彼の生徒になった気分を味わえた。
「休暇明けのグリフィンドールの点を楽しみにしておけ」なんて痺れるセリフも頂いちまったしな。
で、そう荷物も多くない俺は荷造りもちゃっちゃと済ませ、何やらダンブルドアと連絡を取りに行ったセブルスを待って今現在は厨房で待機中だ。
非常に待ち遠しく、俺は先程からそわそわと落ち着きが無い。

家主シリウス、ルーピン、見送りに留まる子供達。
夕食の下準備をするモリーを眺めながらそわそわチラチラ。
残念なのは此処に一番お世話になったアーサーが不在ということ。

ああ、勿論大鍋やら魔法薬の材料等は全てセブルスに没収されましたけど何か?

もうあんな風に怒られるのも懲り懲りだし、口も聞いてくれなくなったら悲しいので此方に居る間は大人しくすると思う。うん。多分。
次やるならセブと一緒に作業すればいいんじゃね?(懲りてない)
因みに開発途中だったムキムキマッチョ薬(効能:当たった部位がムキムキのマッチョになる)の調合レシピはセブルスの目を盗んで双子に譲渡しました。
悪戯グッズ専門店を開きたいのだと言う彼等。
俺には今のとこ必要無い物なので役立てて頂ければ幸いだ。
ちゃんと渡す際に「セブルスには使わないでね」って約束させたしね。
そこは抜かり有りませんから。

「ハーマイオニーお姉ちゃん」

チラリと厨房の入り口を見やり、セブルスの気配が無い事を確認してからハーマイオニーの名を呼んだ。
セブの居ぬ間になんとやら。
分かれる前にサクッと用事を済ませておかねば。

「はい、コレどうぞ」
「え……これってポリジュース薬、よね?」
「うん。『Miss.Granger』ってお姉ちゃんの事でしょ? さっき薬箱を整理してたらコレが出てきたの。『僕』が作った奴だと思うから遠慮なく受け取ってあげてね」

にっこり邪気無く笑って『Polyjuice Potion』と書かれたラベルを見えるようにして渡すと、彼女は茶色の瞳を大きく見開いた。

「『上手に使いなさい』だって」

掌に落としてあげると当惑しながらもギュッと握りしめたハーマイオニーは、ありがとうと小さく呟き顔をほころばせた。
うん、やっぱり女の子は笑顔が一番だね。しかし、何故寄りにも寄ってポリジュース薬というチョイスなのだろうか。
普通の女子なら喜ぶような代物では無いと思うが、まあ…双子宛なら躊躇するところだけど、賢い彼女になら渡しても大丈夫だろう。
さてさて次が問題だ。

「えーと…Mr.ルーピン」
「今度は私かい?」
「うん、ちょっと」

ゴソゴソとリュックに手を突っ込みながらルーピンを招く。
一つ間を開けて座っていた彼は立ち上がり、不思議そうな顔で隣に立ち首を傾げた。

「これも整理してたら出て来たやつで…どうやら貴方宛のようなんですよねー」
「…私、に?」

目的の物をやっと取り出して差し出す。
それは両手で持って余るほどの大きさの黒い箱だった。
表には間違いなく俺の筆跡で「R.J.Lupin」と。
僅かに光沢を帯びた黒は封が施され、とても軽く、振ってみるとザラザラという音がしたので恐らくタブレット状の薬なんでは無いかなと予測している。
受け取ったルーピンには矢張り覚えが無い様だ。

「…開けみてもいいかな?」
「おい止せリーマス。迂闊に開けようとするな。何か仕掛けられてるかもしれないぞ」
「悪戯なら私たちの専門だったじゃないか、シリウス。大丈夫だよ。…何となくそう思うんだ」

俺が小さく頷いて促すと、彼は緊張した面持ちで蓋に手を掛けた。
ゴクリと喉が嚥下する。
残念ながらシリウスが危惧した様な仕掛けは何も無く…蓋をテーブルに置いたルーピンは同封されていた一通の手紙を取り出し再び中を覗きこみ――息をのんだ。

「…っ、これは…」

青白い顔に衝撃と驚愕と歓喜。
次々と表情が変わって混じり合って、くしゃくしゃっといびつに歪んでいく。
穏やかな笑みを湛えている印象の強い彼の、新たな顔。
どうしたのかと問う視線を投げかけるシリウスに彼は首を振るだけで何も言えず、無言で箱を押しやって中身を見るように促した。
手紙を持つ指先が小さく震えている。

見守る俺と子供達は蚊帳の外で訳が分からずにただただ困惑するばかりだ。
いったいどうしたというのだろうか。
シリウスも箱を覗きこんで驚きに目を丸くして、ルーピンと俺を交互に見たので更に謎は深まるばかり。
泣きそうな顔で彼は手紙の封を切った。

――ポンッ、
開封と同時に間抜けにも聞こえる音で手紙が弾け銀白色の煙が立ち上る。
幾つもの視線が見守る中、それは後ろの景色を透かせながら形を成した。
……これは、蝙蝠?
パトローナス・チャーム、守護霊にしか見えないが――まあそういった呪文の応用なのだろうが――ネタばれにも程があるぜ。

蝙蝠は宙を一度旋回すると、その小さな口を開いた。
詠うように謳うように。


『 ――かつての約束を果たそう 』


高らかに宣言する、セブルスと同じで違う声。
誰に確認せずとも分かる未来の俺の声だ。
…てか、なんつーキザったらしい声の出し方してんだ俺は。
なんなの? 態となの?
セブルスの声が重みのある滑らかな質感のベルベットであると例えるなら、この声はそれよりも甘く柔らかい。
所謂モテ声だ。
現に聞いていた初な乙女組は頬を朱に染めているように見える。
自分の声なのに妙な痒さを覚えた。

複雑な気持ちで頬を掻いてると、突然目の前が真っ暗になりフガッと潰れた可笑しな声が柔らかなモノに押しつぶされた。
…おいルーピン何故俺を抱きしめてるんだ。

「ちょ、ちょちょっ、なんで?!」

もがく俺を意に介さず、それどころか益々抱擁する力を強くされて焦る。
撓る背に回された腕が震えを伝う。
耳元で何度も何度も「ありがとう」とうわ言の様に呟くルーピンに、こうなりゃ彼が満足するまで待つしかないと抵抗を放棄した。
こんな涙交じりの声で言われてしまってはね。

「ありがとう、セネカ、本当にありがとう…」
「……僕、まだ貴方に礼を言われる様な事なんてしてませんよ」
「それでも、いいんだ――ありがとう」
「…じゃあ、前払いということで」

俺の言葉に彼はクスリと笑いを漏らし「君らしいね」と少しだけ身を離してくれた。
こんなに喜ばれて感謝されているのなら、俺とて悪い気はしない。
ほんわかした空気が互いの間に流れる。
すると、役目を終えて消えるかと思われた蝙蝠が場の空気を読まずにまたもや口を開いた。

『――ジジッ、ピーンポーンパーンポーン』

ノイズ混じりで始まった声は先ほどとはまた違った…なんとも俺らしい間抜けで楽しそうな第一声で始まった。
おいやめろ。
その声でそんな残念な事を言うなって俺よ。

『えーマイクてすてす。本日は晴天、本日は晴天。所によりセブルスの襲撃があるでしょう――スパァン! いってぇ!』
『襲撃してきたのはお前の方だ。言葉は正しく使え』
『暴力反対』
『……』
『なんだよ。…ああ、コレ? 大丈夫ダイジョーブ。投薬モニターによる実験なら済んでるので。いやーたまたま子供を襲おうとしていた奴がいてさー。とっ捕まえて攫い…じゃなくて、丁寧に説明すんのも面倒で引き摺りこんでやったら快く引き受けてくれてね』
『お前のそれは脅しと言うのだ』
『なんて人聞きの悪い事を言う子なんでしょ! …なんつー名前だったっけな。フェリール・グレンバック? フェンリエッタ・グレイバクバク? だっけ? …ま、いいか名前なんて』
『……』
『ん? どうしたセブルス。頭でも痛いのか?』
『頭が痛い奴はお前の方だ』
『えー? …っとと……忘れてた。あー、時下ますますご発展のこととお慶び申し上げます。平素は我が愛する弟に格別のお引き立てを頂き、厚くお礼申し上げます。さて、改めまして本日着荷いたしました「Wolfsbane Potion+〜狼なんて怖くない。ほら、怖くない〜」ですが……おいどうしたセブルス。視線が絶対零度すぎて非常に痛いんだが』
『……』
『分かった分かった。やってみたかっただけなんだからさ、真面目にやるよ…えー、用法用量を正しく守ってお使い下さい。では、良い満月ライフを。以上! ――っと、また忘れる所だった。
追伸、犬には首輪を付けて、躾はしっかりとしておけよ。ルーピ』

不自然にプツッと音声が途切れ、蝙蝠は空気に解けるように消えていく。
沈黙が落ちる。
非常に居た堪れない気持ちが彼等と俺の間に横たわった。

「あ! い、いけない! そろそろ帰らなくちゃ! うん! じゃあ、そういう事で!」

場の空気を捻じ曲げて濁すように態と明るい声で言う。
取ってつけたような笑みを張り付けて、うっかりしてたあははっと笑う声が妙に空しく響いた。
これでも俺は頑張った方だと思う。
その甲斐もあって凍りついていた周囲もハッと我に返ったようだ。
緩んでいたルーピンの腕から逃げるように離れる。
カツカツと僅かな靴音が耳に届くのに慌ててリュックを肩に掛けながらパタパタと足音を立てて扉に向かう。
タイミングを見計らったかのようにギィィと重たげな音を立てて開かれた扉。
通りぬけて不機嫌を絵に描いたような黒に飛びついた。
俺を見下ろすセブルスの眉間に皺が一本増す。

「…ダンブルドアから指示が下りた。行くぞ」
「よし、さあ帰ろう直ぐ帰ろうぜセブルス」
「…?」

怪訝な表情をするセブルスの袖を引いて促す。
今厨房に入られては中の微妙な空気と居た堪れない眼差しの集中攻撃を受ける事は間違いなかったのでなんとか阻止しようと試みたのだ。

無言で翻されたローブが俺の視界を染め、彼等との間を別った。

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