分岐点 extra

引っくり返されたおもちゃ箱


Sideセブルス

「――は? …今、なんと仰いましたか?」
「じゃからのう…実はセネカを騎士団の本部に預けてあるのじゃよ」
「…………確か帰省したポンフリーに預けてあるのだと私に貴方は仰っていた筈ですが」
「いや、それがついうっかりその事をお主に伝えるのを忘れておってのう」

怒らんで聞いてくれるか? との文句で始まった告白に、セブルスは青筋を立てながら唇を捲れあがらせていた。
なんの事は無い、ダンブルドアのいつもの手だ。
この御方は肝心な事を隠してタイミング良く切り出す。
二重スパイとしてデスイーターと騎士団を行き来するセブルスに、余計な気掛かりを抱かせないようにという配慮だと思えば腑に落ちる…事も無い。
セネカが騎士団の本部に、あのシリウス・ブラックとハリー・ポッターと共に居ると思うだけで拭い切れない不安が残るのは確かなのだ。
そう、命さえも危ぶむ任務に着くセブルスに――失敗は許されない。

改めて無言で礼をし、さっと身を翻して退出する。
土気色に近い顔色のその表情は生徒が見たら一目散に逃げ出す程厳めしいものへと変わっていた。
ダンルドアはただ笑みを深くするだけで引き止めず、ゆるりと不死鳥の喉元を撫で上げていた。
何処へ行くのかと問うなど野暮のする事だ。


名を口にするだけで酷い嫌悪感の湧きあがる男の元から幼い半身を連れ戻すべく、常よりも荒々しい足取でグリモールド・プレイスに向かう。
些か乱れた呼吸は玄関を潜りぬける手前で強靭な意志の力によって整え、無表情を張り付ける。
(意志の力というのは非常に便利な言葉だ)
逸る心のままに急ぐ歩調。
陰気な雰囲気を漂わせたホールを抜け地下へ下りて、開け放たれた扉から洩れる光に佇む影に気付き、セブルスはほんの少しだけ唇を持ち上がらせた。

「――せぶ、るす」

手前で立ち止ると首を痛めそうな程仰け反って見上げてくるセネカが夢幻(ゆめまぼろし)を目の前にしたような声で名を呟いた。
瞳など、今にも零れ落ちてしまいそうだ。
それも直ぐにくしゃりと歪められて、今にも泣くのではないかと思いセブルスは無表情の仮面の下で非常に焦った。

「…ああ」

なんの飾り気もない応え。
もっと他に掛けるべき言葉があったはずだが目にした瞬間に全てが意味の無い言葉にしか思えなかったのだ。
薄暗い最中でも分かるほど赤くさせた瞳を見咎めてセブルスの眉根が寄る。

泣いたのだろうか?
泣かせてしまったのか。
この家でたった一人で。

大人と子供の体感時間が違うのは先を行ったセブルスにも覚えがある。
出来る限り傍に居ろと言ったのは自分の筈なのに、現実は思うようにいかない。今も、昔も。
寄る辺ない寂しさを味わった幼い身体を抱き上げ、ここに居るのだと熱を分け合いたい。
存在を確かめて腕に閉じ込めてしまえばいいのだという思いが突き上げるが、セネカの背後で様子を窺う男達が些か邪魔だ。
彼奴等にそんな姿を見られるなどセブルスには堪え難い事だった。

常ならば先に動けぬセブルスの変わりに飛び込んでくるセネカはその場に留まったまま。
もどかしく思いながらじっと佇んでいると…あろう事かセネカに因って強制的に移動をさせられていたのである。

一体誰がこの展開を予想出来ただろうか?

あまりに無謀なその行動に血相を変え怒るが、有無を言わさず強引に顔中へ降らせる可愛らしいキスの嵐と言い訳に……決して絆された訳ではないのだと自身に言い訳しつつ許してしまった。
昔からこのパターンで誤魔化され続けている気がしなくもない。

あまり可愛らしい事ばかりされ続けては此方の身が持たないな、と。
セネカを腕に閉じ込めながらセブルスは悩ましげな溜息を吐きだした。

***


「セブルス、セネカ、無事かい? マッド・アイは心配無いと言っていたんだけどやっぱ、り、……あー…」

言葉と同時に扉を開けて飛び込んできたルーピン。
しかしその勢いは長く続かず。
部屋の中心で仁王立ちして押し殺し損ねてる怒気を漂わせたセブルスと、ベッドの上で正座して俯き加減で顔を背ける俺という状況に彼は言葉を詰まらせた。
あちゃーなんて顔でこっち見んなルーピンよ。
これでもお前が飛び込んでくる少し前までは良い雰囲気だった筈なんだぜ。
あっはっは。…一体何故こうなったし。
やっぱり嬉しいからって匂いを嗅ぎまくってしまったのがいけなかったのかね。
セブルスが徐に組んでいた腕を解き、部屋の隅を指差した。

「貴様は、アレが何か答えられるな」

重々しく開かれた唇からは底冷えするバリトン。
俺は内心こんな時なのに「セブルスすげえ良い声」なんて聞き惚れそうになっていた。
今そんな事口にしたら火に油どころでないので言わないけど。

「えーっと…大鍋とか銀のナイフとか量りとか…その他道具類、ですね…」

しどろもどろに答え、俺の視線が指差された方向へ一瞬向く。
やばい。セブルスが俺に貴様って言ってる。
これだけで俺の弟が今、相当おかんむりなのが理解出来た。

「ほう、おかしいですな。貴様にはそういった道具には一切触れてはならんと約束させていた筈だが? 散々念を押して言い含めていた筈なのだがその小さな素晴らしい脳では最早忘れさられてしまったようですな」
「う……はい、約束しちゃってました。確かに…」

滑らかに言葉を紡ぐ薄い唇、ローブの裾、色褪せた絨毯、道具類、また唇へと視線が一周して戻って来た。
俺の視線は今やうろうろと彷徨いっ放しである。

「では覚えていると仮定して聞くとしよう。それが何故この部屋に有り、尚且つ大鍋が火に掛り―――今まさに完成間近と見られる魔法薬を並々と湛えているのか。この状況に納得のいく説明をしてみたまえ!」
「そこに材料があったからですんぎゃあっいだたたたたたごめんなさいセブルス! 鷲掴みとか! 頭割れちゃうよっだだだだぃ!」
こ、の、愚、か、者!!

ぐわし! と頭部を片手で掴みギリギリと締め上げるセブルスに顔色を青褪めさせて悲鳴を上げた。
そんな一言一言区切って力の限り言わなくてもっ!
てかホント力強くないか?!
多少、いやかなり手加減してくれてるとは思うんだけど。
思うんだけど、減り込んでる減り込んでる!

セブルスは左手で俺の頭を掴み、右手に杖を構え俺のリュックに向けて振った。
パッと口が開いた所へ更に杖を振る。
するとまあ…瓶に詰まった魔法薬の材料がゴロゴロと出てくるわ飛び出してくるわで直ぐ様ベッドの上は怪しげなモノで半分は埋まってしまったのである。

テラリと光る玉虫色の昆虫豆や時を止めて鮮度を保ったドラゴンの血と逆鱗、くすんだ銀色に輝く柊の葉の粉末など希少で高価な物から生徒でも手に入れられる安価な物まで詰まった瓶は実にバラエティーに富んでいた。
やばいやばいやばい。
セブルスの目付きが一層鋭くなり、背筋をナイフで撫で下ろされる様な錯覚を覚えた。
俺の弟は視線で人呪い殺せそうです。はい。

「何処で手に入れたか等、聞くまでも無い。このラベルには見覚えが有り過ぎるな」

ここでパタンとドアの閉まる軽い音が無情にも室内に響いた。
ちょ、ルーピンお前見捨てたのかよ。
今まさに俺は心の底からヘルプミーなんだぜ?!
わなわなと震えるセブルスの気が一層膨らんだ。

――何を勝手に研究室から持ち出しているのだ!
あだだだごめんなさいってばー! ゆるして! もうしない! せぶごめんなざーい!

俺の情けない謝罪の声は廊下まで響き渡っていたと、そう思う。


感動の再会と抱擁を交わした筈の俺が何故怒られているのかというと、これには深く単純で自業自得の理由がある。
…ええ、セブに禁止されていた魔法薬の調合がバレマシテ。
お互い落ち着いた頃、ふと顔を上げたセブルスが堂々と置かれもくもくと煙を上げる大鍋を見つけたのが全ての始まりです。
いやだってまさか今日セブが来るとか思わなくて。
分かってたら絶対証拠隠滅して何食わぬ顔でまだくっ付いていられたのに…失敗しちゃったなあ。
嘘を付けば良かったとか、そういう考えは俺には無い。
誤魔化しはぐらかしならするけど俺は基本的に愛しい弟には嘘なんて吐かねえよ。
てか無理だね。

バタバタと廊下から人の慌ただしい足音がお説教の合間に聞こえる。

「ルーピン先生!? いま、なんか凄い悲鳴みたいな声が?!」
「あ、あの…今聞こえた声ってスネイプ先生の声じゃ…」
「ああ、君達、今はこの先に行かない方が賢明だよ」

先程の声が届いたらしく駆けつけたハリー達にルーピンが答えたようだ。
なんかアイツ若干声に笑いが混じって無いか?
相変わらず目の前では頭に血を上らせたセブルスが、俺が行う調合の危険性を解いていた。
貴重な材料を遠慮なく使いおって、相性の悪い材料をあえて選ぶな、調合する際お前は注ぎ込む魔力がうんたらかんたら、学生時代何度も寮の部屋を爆破したか教えて欲しいのか、何度謝りに行っては苦い思いをさせられた事か等など。
おい途中違う事も混じってるぜセブルス……って、ああっ!

「ちょ、セブ?! なんで薬エバネスコしちゃおうとしてんの?! もうちょっとで完成なんだよ?!」
「喚くな。反省の色が全く見えんと言ったそばから何を言うか」
「僕の『ムキムキマッチョ薬』が風前の灯…!!」
「なんだそのふざけた名前は! …………いや、待て。セネカ、この薬は本当に一人で仕上げた物か?」
「ぎくっ」
「……ふむ、」

セブルスが俺の頭からやっと手を離し、検分するように泡立つ薄紫の液体をじっと見つめた。
すんっと鼻を鳴らして匂いを確かめる後ろ姿。
慣れた手つきでかき回す繊細な手付き、骨ばった細い指先。
肩越しに立ち込める煙が陽炎を生み、まるで今此処で彼が調合をしている風景を垣間見てるような気がしてドキッと胸が高鳴った。
だからさあ…こんな状況じゃなかったらずっと見ていたいっての!
急に治まった静かな声が逆に恐ろしい…。

「この調合表はお前の筆跡だな。成程成程…無駄に見事な出来だが…この妙なネーミングから察するに悪戯目的の薬ではないのかね」
「ぎくぎくっ」
「……」
「……」
「ウィーズリーの双子か」
「ぎっくーん!」
「……」
「…え、えへ…だって、右手の変わりをしてくれるって言ってくれたんだもん」

フレッドとジョージ、超逃げてっ!
やだセブルスったら顔が悪鬼の様だぜ、トロールも吃驚だ!

瞬く間に薬を消失呪文で消し去ったセブルスは俺をもの凄い勢いで小脇に抱えると荒々しく扉を開けて部屋から出た。
廊下で立ち竦んで引き攣った顔を青ざめさせていたハリー、ロン、ハーマイオニーがさっと左右に避け、通り抜ける際にセブルスは眼光鋭く睨み付けるのを忘れない。

ズンズンと勢いのままに進むセブの肩越しに、俺に向かってひらひらと手を振ったルーピンの口が「Good luck !」と動いたのが確認できた。
この野郎…!

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