分岐点 extra

あれかしと祈る


言い訳する事が可能ならばアレは『安堵の涙』であったのだと声を大にして言いたい。


「きっとホームシックなんだわ。セネカだってまだ子供だもの。いきなり知らない人ばかりの所に放り込まれて不安にならない訳が無いじゃない。だから、私達ももっと気を配ってあげたら良いと思うの。ねえ、そうでしょ?」

いやすみませんね、そんな気を使わせちゃって。
強ち的を得ていない訳じゃあないが。

「でもアイツ、スネイプの兄なんだろ? だったら行く行くはスリザリンに入る奴じゃないか。その内スネイプみたいな嫌な奴になって僕達の前に現れたりするかもね」

ロンにとって俺がセブの兄と言うのが相当ネックになったらしい。
まあ…スリザリンというのは否定しないぜ。前もそうだったしなあ。

「あら、そうとも限らないわよ。双子だって寮が分かれる事もあるじゃない。パチル姉妹みたいに。勤勉ならレイブンクローという可能性だってあるのよ」

へえ、そうなのか。でも俺だったらセブルスと別れるなんてゴメンだけど。

「でも、僕…スネイプと同じ顔でニコニコ接して来られたら、怖くなって逃げ出しちゃうかも。セネカっていつも笑ってるし。見せてもらった写真、ほんとにそっくりだったもん…」

ハリーの一言に皆一様に押し黙る。
こんな会話をうっかり泣いた次の日に、一階のダイニングルームを掃除していた子供達の会話から偶然聞いてしまった。

そして同日、昼。

「げ、えっ、アラスター!」
「随分な挨拶だな坊主。わしとお前の中ではないか」
「気持ち悪い事言うなって…! ぎゃー! 抱き上げないで顔近い近いちーかーいー!!」

昼食だよとルーピンに伴われた先で、ムーディに引き会わされてしまったのである。
噂をすれば影、とはよく言ったものだ。
感動の再会なんてガラでも無いくせに、嫌がらせに近い抱擁をかまそうとする男を俺は力いっぱい拒絶した。
くっくっく、なんてさも悪役しい感じで笑う男――アラスター・ムーディは、俺の知っている姿よりも更に歴戦の戦士っぷりの上がった顔で俺の前に現れやがった。
みんなこの奇妙な光景に度肝を抜かれてるって悟れよなこの野郎!
だから彼とは会いたくなかったんだよ。
てか、通りでルーピンの笑顔に嫌なものを感じた訳だ。

「いつからそんな泣き虫になったんだお前は。ん? まるで兎だな」
「そっちこそ、いつからそんな僕に馴れ馴れしくなったんですかアラスター。お歳を召してちょっとは丸くなったんですか。…やめふぇほっぺふぁつねんないで」
「小癪な奴め、…お前は変わらんな」
「僕にとってはついこの間の事だもの」

近くに居たルーピンを盾にしての会話。
おいそこ間抜けだなんて言うなよ、俺が一番分かってる事なんだから。
魔法の目がぐりんと俺の上を滑る。
相変わらず進退窮まったままの右腕を捉えてムーディが苦く笑った。

「ソレも相変わらずか…いや、むしろ後退しているのだな」

沈黙で以って返すとムーディは顎を擦って食卓に着いた。
子供達は俺とムーディの関係と会話に甚く興味をそそられているらしい。が、質問を許す空気を敢えて作らせないまま揃ってモリーの料理に舌鼓を打った。
この場に居る全員にこの腕の事情を話している訳じゃない。
だが彼ならズケズケと遠慮なく言ってのけると思っていた。
余計な同情などこれ以上は御免だね。
何度でも言う。だから俺はこの男に会いたくなかったんだ。


さて、いつもなら食後のお茶を楽しんで部屋に引っ込む所だが…本日は珍客が居た為に早々に退散しようと腰を上げた俺。
しかしそれを押し留めたのが因りによって原因となる男だった。

「待て、待て、待て。お前はまだ此処に居ろ」
「えー…」
「座らんとお前は後悔する事になるぞ」

そうまで言われて俺は渋々元居た席に座る。
子供達はモリーに急かされて名残惜しげに一階へ戻って行った。
ふむ、これで先程よりは話しやすくなったな。

「で、なにさアラスター。くだんない用事や余計な情報提供ならやめてよね。僕の意思は既にアルバスに伝えてある。二度、同じ事を今此処で貴方に告げるつもりは無いよ。…聞いてるんでしょ?」
「無論だ」
「そう、良かった。何度も言って薄っぺらいものにするつもりは無いからね、僕も」

鷹揚に頷くとムーディは満足そうに鼻を鳴らした。
肘を付き足をブラブラさせてその様子を眺めていると、目の前に湯気の立つカップが置かれる。
指を辿って視線を動かすと穏やかに笑うルーピンが俺の傍に立っていた。

「やっと普通に喋ってくれたね。やっぱりセネカはそうでなくちゃね」
「…僕、別に猫を被っている訳じゃないよ」
「フン、それのどこが被っていないって言うんだよ」
「あのねMr.ブラック。言葉使いってのは洋服と同じでその場に合わせるのが普通じゃない? 僕にとってはあたり前の事ですよ」

言い返すとシリウスが牙を剥いた犬の様に喉の奥で低く唸る。
ハハン、と馬鹿にするように笑うとルーピンに喧嘩を売らないのと窘められた。
いや別に喧嘩なんて売ってねえよ。
ただ彼が俺に突っかかってくるから往なしてるだけだ。
温かな紅茶を啜って吠えるシリウスを軽く受け流しながら、ふと、昼分の薬をまだ飲んでいなかった事に気付く。
やばいやばい、忘れちゃならん事なのに。
立ち上がって部屋に薬を取りに行く旨を告げ彼らに背を向けた。

ノブを回して扉を開ける。
すると一階の玄関ホールから錆び付いた蝶番が立てるギーッという不快な音が聞こえた事に気付き、立ち止った。
誰かが、この家にまた訪れたのか。
背後でムーディの義眼がギョロンと回転して一点を注視した事など、背を向けていた俺には分からずに、カツカツと急ぎ足で奏でられる靴音に己は身を隠すべきかどうかと判断に迷った。

普段なら訪れる客には係わらない様に身を潜める俺。
しかしこの度ばかりはそうしても本当に良いのか、と俺の直感が訴えるのだ。

何故?
どうして?

自分の感覚を疑うなど有り得ない。
階段を見上げたまま硬直し、徐々に濃くなる覚えのある気配に――まさかまさかと足下から歓喜の波が押し上げて来た。
地下へと続く扉が開かれ埃っぽい湿った空気が流れ込む。
黒い靴と脚が見え、引き摺りそうなローブをふわりと流して迷い無く下りてくる人影に、嗚呼、と我知らず吐息が零れた。

「――せぶ、るす」

目の前に聳え立った黒を見て、泣きそうな程顔が歪むのが分かった。

「…ああ」

短い応えだったが俺にはそれで十分だった。

セブルスだ。
待ちわびていた俺の愛しい弟だ。

なんとこの数歩の距離が恨めしい事か。
抱きついて思う存分その顔にキスしてやりたい衝動に駆られたが思うだけで、足は地に縫い付けられたように動かず役に立たず、お互い今一歩を踏み出せずにいる。
頭の芯が痺れるような衝撃の中、セブルスの考えを読む事に俺は必死になった。
会えて嬉しい、それは同じ気持ち。
触れて抱きしめてその存在を確かめたい、それも同じ。
でも出来ない、それは何故?
見下ろす黒曜石と額に刻まれてるのは苦悩の証し。
ああそうか。君はとても照れ屋で恥ずかしがり屋で、そんな醜態を晒す事が、見られる事が厭わしいんだね。
背後で此方の様子を窺う彼らが邪魔だと言うなら。

「セブルス」
「…どうした」
「先に謝っとく、ごめんね」
「何?」

パッと扉から手を離して数歩の距離を埋めると手を取り、ゆっくりとその重みで閉まる扉の影で――俺は姿暗ましをした。

***


バシッ、姿現しをする際に伴うラップ音。
移動場所を宛がわれた俺の部屋に指定したのはいいが、着地地点を少し見誤ったのか軋んだ音を立ててベッドの上に投げ出された。
咄嗟に身体の位置をずらしたセブルスの気転に因って、なんとかセブルスの下敷きになる事は免れたようだが。
つか、腹の上に落ちちゃってごめんな。
いくら常日頃軽いと言われる俺であろうとも重いよね流石に。

「お、前は…! 何をしたか分かっているのだろうな!」
「うおー! セブルスだー!!」
「…っ、話をき、け…っ! おい、待たん、っか…!」
「無理、駄目、もうちょっと待って」

抗議する声を丸っと無視して先程の衝動を友好活動リサイクル、いや違うな、そういう事を言いたいんじゃない。
まあ兎に角、俺は上に乗ってるのを良い事に思う存分セブルスの顔中にキスの雨を降らせていた。
額、目尻、頬、鼻、調子に乗って唇にまで軽いリップ音を立てて啄んでいく。
何せ一週間近く俺の愛しい弟とはご無沙汰だったのだ。
ん? なんか言い方がいやらしいが、まあいっか。
据え膳食わずは男が廃るってもんだろ?
初めは抵抗していたセブルスも案外満更でもないんだと思う。
だって跳ね退けようと思えば彼は俺を引きはがす事など容易い事。

片腕で自身の体重を支えていた俺は、その内ぷるぷると震え出し支えきれなくなり、くたりとセブルスの首に顔を埋める形で突っ伏した。
溜息が耳の直ぐ傍で聞こえる。
ぐんっと腹筋の力で起き上がったセブルスは力無い俺を支えて膝に乗せた。

「この、馬鹿者」
「え、へへ…ごめんね」
「未成年の身体で姿現しをするなど、お前は…自殺行為に等しいのだぞ。分かっているのか。もしバラけていたら…」
「うん、だから、先に謝ったじゃんか」
「…お前に何かあったらどうするのだ」
「うん、ごめんねセブ」
「反省の色が全く見えんな」
「…だって、あの場には他の人が居たし、居たらセブはこうやって触れてくれなさそうだし、手段なんて選んでられるほど僕にも色々余裕は無かったし?」
「はあ…本当にお前は……セネカの様な者が魔法に長けていると、達が悪い」

しかめっ面で怒るセブルスは、矢張り最終的には諦めたのか溜息を付いてへらへら笑う俺をぎゅっと抱き寄せた。

胸に顔を寄せ息を吸う。
肺いっぱいにセブルスの匂いを沁み渡らせこの幸せな瞬間を噛みしめた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -