分岐点 extra

兄弟の証しを示す


「セブのちっちゃい頃ってほんと可愛かったんだよ! 本を読んであげるとすっごい真剣な顔してさ。んで、ちょっと意地悪して読むの止めたりすると怒るの。拗ねちゃうの。それがもー可愛くて可愛くてっ…!」
「う、うん…」
「読み書きも全部僕が教えてあげたんだ。真面目で勉強熱心だから直ぐに覚えちゃってさ! 流石は僕の愛しい弟!」
「へ、へぇー…」
「入院してる間も毎日通ってくれてたんだよ。すっごく健気な子なの。ああいうのを天使って言うと思うんだよね」
「ふ、ふーん…」
「褒めるとね、照れてそっぽ向くの。それがもう、もう、かーわいくて! つい甘やかしちゃうんだよね……あ、思い出すだけで鼻血出そう」
「……」
「あれ? どうしたのロンお兄ちゃん? 何だか顔色が悪いよ? 大丈夫? 具合が悪いなら、僕、セブがお薬いっぱい持たせてくれたから持ってくるけど…」
「いい! 全然大丈夫だから!!」

セブルスと本当に兄弟なのかと聞いてきたロンに満面の笑みでちっさいセブの可愛さを説いたら、彼は青い顔をして俯いてしまった。
おや良く見たら周りのみんなも少々顔色が悪い。
聞かれたから真面目に答えてみたのにさ。
まったく、失礼しちゃうぜ!

「……言い忘れてたけどセネカは周囲に大火傷を負わせるタイプのブラコンなんだよ」

ルーピンが遠い目をしてしみじみと言った。
その言葉を聞いてロンは勢い良く顔を上げ、恨みがましい表情でルーピンを見上げた。
ブルーの瞳は若干涙目である。

もっと早く言って下さいルーピン先生! 僕…僕…!」
「ロン…自業自得だと僕は思うよ。僕らまで巻き添えくって自爆しないでよね」
「ハリーの言うとおりだな。くっ…聞いてて食欲が失せてき――いってぇ!」
「どうしたんですか? Mr.ブラック。食事中に立ち上がったらダメですよ。お行儀が悪いでしょ?」
「(くっそ、コイツ…! 今何を投げて来たのか見えなかったぞ!)」
「シリウス、折角の美味しい料理が冷めてしまうよ。ちゃんと座って」
「リーマス! だってコイツが…っ」
「僕、モリーさんのお料理、美味しくって大好きー」
「あらやだ、ありがとうセネカ。まだいっぱいあるから沢山食べてね」
「はーい!」

愛想良く笑い、良い子の返事をしてギリギリと歯軋りせんばかりのシリウスを受け流した。

ピンク髪の若い魔女、ニンファドーラ・トンクスが俺の身元を暴露してしまい――子供達が色めき立ったのが冒頭の発端であった。
俺のファミリーネームがスネイプで、双子の弟の名がセブルスとなれば…真偽のほどを確かめたくなるというのも頷ける。
しかしながら俺には俺の事情と言うものがあってだな。
申し訳ないが相手の好奇心が満足されるようガッツリと先手を打たせて頂いた。
それが先程の「俺の愛しい弟の惚気話で相手の勢いを削いじゃおう」作戦と相成ったのである。
作戦と言う程の物でも無いけどな。

「でも正直おっどろいたなー。スネイプに家族なんていたんだ…」
「ロン、貴方とても失礼よ。…まあ、全然にてないように感じるのは確かね。双子って言っても二卵性なのかしら?」
「何言ってんだか…そっくりだろ。生意気そうなとこなんて特に」
「シリウス、止めようね」
「…うっ、はいはい…」
「彼等はフレッドやジョージと同じ一卵性だ。…残念ながら卒業以来セネカに会った事が無いから今の顔は確認しようが無いけど、学生時代の彼等は見かけはそっくりだったよ」
「セネカみたいなスネイプなんて想像も出来ないよ」
「想像しなくてもいいぞ、ハリー」
「遺伝子の神秘ねー…でもまさか『あの』セネカ・スネイプがこんな子供の状態で此処にいるなんて。マッド・アイもそうならそうだって言ってくれれば良かったのに…」

トンクスがブチブチ言い、溜息を吐きながらポテトを頬張った。
おい、マッド・アイって確かアラスターの事だろ。
なんでアイツの名が此処で出てくるんだか。
みんな普通に受け入れてる様だし、もしや皆アイツの事を知ってるんだろうか?
…彼は出来れば会いたくない人物ではある。
此処へ訪ねて来なければ良いが。


先程のダメージが残っている様で、俺への直接的な質問はされなかったが彼らの間で交わされる会話は十分俺の耳まで届いて丸聞こえだ。
そして何とはなしに聞きながら観察して分かった事が一つある。
ロンとハリーの二人は「スネイプ」と口にする度に、実に嫌そうな顔をして眉が寄るのだ。
彼等は相当セブの事がお嫌いの様です。
…俺の顔をチラチラと見ながら食事をしているのでちっとも進んでいないしな。
ダンブルドアが名乗らぬ方が良い、と言ったのは面白いからって理由だけでは無かったというのが漸く分かった俺である。

ジニーに至っては俺とセブルスの顔を一致させようとしているのか、はたまた別の事を考えているのかフォークを咥えたまま「…でもあのフード姿は可愛いわ」なんてボソリと呟いていた。
なんだか女の子って色々すごい。

バタッバタッ。
いつの間にかパーカーに取りつけられていたしっぽが、魔法でも掛っていたのか俺の気分に合わせて大きく左右に揺れて椅子を叩いていた。
またも左右に俺を挟んだ双子がそれを見てクスクス笑い合っていたので犯人が割れたけどな。
…これ、フード被ったら耳まで動く仕様にされてるんじゃねーだろうなあ。
てか試しに被ったら本当に動いた。
全く…手の込んだ事をしてくれるぜ。
気になっていた事もあったので、俺は唇を極力動かさずに双子へ囁きかけた。

「…ねえ」
「「何かな? 迷子の子猫ちゃん」」

合わせる様にフレッドとジョージも声を落として返す。
彼等は何故こんなにも楽しそうなのだろうか。
てか子猫ちゃんて何だ。

「二人はあんまり驚いてないね。…その、僕がお兄ちゃん達の先生と兄弟だって」
「いやいや」
「そのような事はありませんぞ」

ガタッと音を立てて椅子から二人が立ち上がった。

「あぁ、まさか君があの陰険なスネイプ教授と双子だなんて!」
「あぁ、こんな可愛らしい恰好が似合うチビッ子があの意地悪なスネイプ教授の兄だなんて!」
「「ビックリし過ぎて悪戯したくなっちゃうよ」」
「誰に?!」
「「もちろん、愛しのスネイプ教授さ」」

陰険・意地悪という単語に俺は口元をひくりと痙攣させる。
芝居がかった仕草で大げさに驚いて見せた双子は、無邪気な悪童そのものの顔で笑うのであった。
…俺の愛しい弟の今後の教師生活が本気で心配です。
十代と三十代の体力差を考えると、この二人をとっ捕まえるのって相当大変じゃなかろうか。
もの凄い形相で追いかけるセブルスと生き生きとした表情で逃げるフレッド&ジョージという光景を想像して、俺は思わず噴き出していた。
笑ってごめんね、セブルス。
でも本当に面白かったんだから仕方ないよね。うん。


「――思い出したわ!」

ハーマイオニーが突然声を張り上げたのに、双子に絡まれていた俺はビクリと肩を跳ね上がらせた。

「私、あぁ…なんで忘れていたのかしら。絶対に見た事があるって、引っ掛かっていたのよ!」
「どうしたの突然」
「セネカ・スネイプよ! 私、かなり前に本で読んだ事があるわ。
それに、いつもセネカの飲んでいた薬のマークもどこか見覚えがある様な気がして…ずっと考えてたの。確か…魔法薬の本よ。ねえ、ルーピン先生、シリウス」

一気に言って、少し自信無さげに二人の大人を窺うハーマイオニー。

「流石はハーマイオニーだね」

ルーピンがにこやかに返し俺へと視線を流した途端、視線の集中砲火に晒される。
俺は咄嗟に右手に居たジョージの手を掴んで右耳に当て、左手は左耳を塞いだ。
未来の俺の事なんて知りたく無いよ! という無言の意思表示である。
俺の様子に苦笑するルーピンに向かって唇を尖らせた。

「やっぱり聞きたくは無い?」

唇を読んだ俺は思いっきり頷く。
試す様な口振りはやめて欲しい。
シリウスが顔を背けて頬杖付いたのを視界の端に入れながら、俺は淀みなく言葉を紡いだ。少々の嘘を交えて。

「デザートは美味しいけど何が出てくるのか分かんない方が楽しいし、最後にとって置く方がもっと美味しいと思うんだ。僕の言いたい事、分かる?」
「うん。…そうか」
「それに僕が望まない事だってアルバスは知っている。セブルスも」
「真っ先に美味いデザートを食う奴も此処に居るけどな」
「誰の事だい? シリウス」
「……」
「ごめんね。少し意地悪な質問だった。ハーマイオニー、また後ほど…彼が居ない時にこっそり教えてあげるね」
「…てか、本人目の前にして何言ってるのさ」

呆れたように言って苦く笑う。
次いでパッと口元を押さえた。
やべー完全に今の俺、お子様じゃなくて素だったぜ。油断した。
ついルーピンの口調に合わせてしまったよ。
チラリと周囲の様子を窺うと…まー子供達ったら!
なにそんなキョトンとした顔で俺の事を見てるんでしょうか。
おいそこルーピンすげえ嬉しそうに笑ってんなって。

「ご、ごちそうさまでしたー…」

空になった皿にフォークを置いて俺はまたもや懲りずに逃げ出そうとした。
背中に刺さる痛い位の鋭い視線は恐らくシリウスのモノだろうが無視だ、無視。
俺はこれから空気になるのだ、と自分に言い聞かせた。が、

―――ボッ、

突然、空中が赤々と燃え上がる。
揺らめく金と赤の炎が居合わせた者達の顔を照らし、瞳の中に尾羽から降り注ぐ炎と同じ光をキラキラと反射させた。
不思議と熱くも無い。
手を伸ばせば不敬と捉えられ、その身を業火で焼かれてしまうのだという錯覚すら覚える幻想の鳥。
息をするのも躊躇われる様な――、美しい情景だった。

ゆらゆら踊る再生の炎から形を成したのは不死鳥。
言わずと知れたダンブルドアのペット、フォークスだ。

「「フォークス!」」

シリウスと同時に叫んで、見合わせた顔を同時に逸らす。
寄りによって被ったのが彼とか。
お互いに水面下での蟠りを募らせたままの俺達は、不死鳥が急降下してくる姿を黙って見上げた。
…ん? 急降下、だと?
なんとフォークスは暗い天井スレスレで旋回すると翼をたたみ、一直線に下りて来たのである。
何故か俺目掛けて。

「ちょ、まっ、ぅえ、おおん?!」

アレが頭にでも直撃したらシャレになんねーって!
言葉にならない珍妙な叫び声を上げる俺を尻目に、ぐんぐん距離が狭まり――、嘴が鼻先まで迫ったかと思うと突然フォークスは翼を大きく広げて急停止した。
ドサッガシャン!
…………。
衝突は何とか免れたが、運んできた荷物を俺の目と鼻の先で投げ落としたフォークスはまたもや俺の頭に腹を乗せ羽を休めていた。
俺にとっては慣れた事だけど周りの視線が痛い。

食器の上を着地点と定め、重たげな音を立てて到着した荷物はとても大きな本だった。とても見覚えのある。
表紙に金が箔押しされた黒革製のハードカバー。
細かな装飾が施された年季の入った古書はどう言い訳しても子供向けには見えない。てかこれフランス語だしさ。

「だ、大丈夫?」
「うん…なんとか」
「これ、貴方宛に届いたのよね?」
「多分そう。前に読みたがったのを覚えててくれてたみたい」
「ダンブルドアがお前に? …一体なんだそれは」

シリウスが胡散臭いなとでも言いたげな顔をするものだから、俺は一先ず本の事は横に置いて一緒に贈られてきた手紙の方を開く事にした。
白い封筒の宛名を確認すれば、そこには予想通り「アルバス・ダンブルドア」の文字。

「なになに……『そろそろ寂しい思いで枕を濡らしておるんじゃないかと思い、君に贈りものを届けます』……ん? もう一枚なんか入って、あー…落としちゃった」

枕を濡らして云々の方をポイッとフォークスへ投げ、灰も残さずに消し去ってもらう。
機密文書では無いと分かってはいたが、此方で貰った手紙はそうする事が慣例となっているのだ。
落ちてしまった方を拾う。
ソレが何であるかを理解すると俺の思考が一瞬停止した。

「セ、ブ…」

あまりの事に、胸がギュッと締め付けられる。


ダンブルドアから贈られてきたのは一枚の写真だった。
魔法界の動く写真には、嬉しそうに微笑む自分と照れてるのかそっぽ向くセブルスが手を繋いで映っている。
今の自分とそう変わらない姿形。
そわそわと落ち着き無く寄り添うセブルスに話しかける、幸せそうな表情。
すると突然ダンブルドアが二人の間に割って入り、繋がれた手に良い笑顔でチョップを入れたかと思うと――二人の肩をしっかりと抱き寄せた。
口を開けて笑いだす俺と、僅かに微笑む愛しい俺の弟。

――延々とその繰り返しを続ける。

刻印された日付は1968年。
俺の歳は7歳。
この写真に写る俺は8歳という事だ。
つまり、それって……、

「……セネカ?!」

名を呼ばれゆっくりと顔を上げると、ぽとり、雫が頬を伝って写真へ落ちた。

涙が溢れていた事にさえ気付かずに。
俺は戸惑う一同を不思議そうな顔で見回した。

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