分岐点 extra

Reencounter not to expect.


「セネカ、貴方…実はとても頭が良いのね」

ハーマイオニーの言葉に、パラパラと捲っていた本から顔を上げて首をひねった。
何故彼女は突然そんな事を言い出したのだろうか。
…しかも疑問系では無く言い切ったよこの子。


不死鳥のなんちゃら団本部、グリモールド・プレイスにあるブラック家へやってきて二日経った。
(正確には三日目だが、一日目は寝込んでいたのでカウントしてない)
此方での過ごし方もホグワーツと余り変わらなかった。
ダンブルドアの計らいかモリーの意向か、俺はブラック家お掃除大作戦の一員に頭数にも入っていなかったのである。
頑張ってる子供達には大変申し訳ないが。

時代は違えど子供達の順応性には目を見張るものがある。
名前しか明かさない、過去から来た…なんていう胡散臭い理由付きの正体不明な俺を直ぐに受け入れてくれた。
ダンブルドアというビッグネームの威力ハンパないな。
あんなに狸爺なのに。

一番の年少であるジニーなんて自分より年下が来たのを大層喜び「まるでお姉ちゃんになった気分だわ」なんて、何かと気にかけてくれている。
ハーマイオニーも然り。
うん。女の子組はやはり華があって良いね。
しかし彼女達は俺が着ていた猫耳パーカーを甚くお気に召した様で…出来る限りそれを着て欲しいとお願いされてしまった。解せぬ。
しかも次の日には、付いてなかった筈のしっぽがパーカーに追加されていた。
誰だよ、こんな事をしたのは…。

男子組のハリーとロンもそれ程問題無く接してくれてるとは思う。

問題はフレッドとジョージ。
赤毛一家の双子だ。

この二人ときたらいきなり背後に姿現しして俺を驚かせるわ、悪戯グッツの試供品を渡して試させようとするわで…事あるごとにちょっかいを掛けてきて非常に困っている。
いや、面白い奴らなんだけどさ。
寝室が近いのを良い事に寝込みを襲い、朝起きたら髪型がツインテールに変わっていた! …なんてのは可愛いもんだ。
恐らくたった一人で来た俺が心細い思いをしてるんじゃないかと思った彼らなりの気遣いだろう。多分。
(このお茶目さを時折浮かない顔をするハリーにも分けてあげて欲しいものだな)

俺同様、彼らも外へ出る事が出来ないから鬱憤だって溜まってるんだろうから…大目に見てやらねば。


シリウスの態度は此方が驚くほど普通になっていた。
表面上は。
挨拶すればちゃんと返ってくるし、話しかければ答えだって返ってくる。
でもアイツったら俺が「小さい」という単語に非常に敏感だという事を誰かから聞いたらしく――まあ十中八九フレッドとジョージだろうが――、上から俺を見下ろして「ハンッ」と鼻で笑ったりするんだぜ。
すげえムカつく…。
なので、そんなシリウスの足へ誰も見ていない隙に蹴りを入れる事が条件反射と化してしまったのは俺の所為じゃない。
不意を突く上に人体の急所を狙うから相当痛いと思うけど。
痛がって飛び上がるシリウスを見るとスッと胸が空くのでこれからも続けようと思う。
ふふん、ざまあみろ!

素知らぬ顔で空っとぼける俺とギリギリ睨むシリウス。
この水面下での大人気ない攻防をアーサーだけが知っていた。


――日中は時折訪れる客人が鳴らすベルによってけたたましい金切り声が響き渡るブラック家。
血族の肖像画を黙らせに走るシリウスとモリー。
あの怨嗟の声がセブルスにも向けられた事があるのでは? と思うと…無性に苛々して仕方がない。
魔力を込めた『声』を行使すれば永遠に黙らせる事など容易いが、迂闊な行動は控えるべきだと自身を抑えるしかない。
愛しい俺の弟が迎えに来る日を、指折り数えて俺は此処で待つしか無いのだ。


閑話休題。
そして話は冒頭へと戻る。

夕食前のひと時の事だ。
彼らだって掃除ばかりをしていて良い訳が無い。
本業は学生なのだから夏季休暇中にこなさなければならない課題も山ほどある訳だ。
そこでハーマイオニーの提案により、全員仲良く夕食が出来るまで勉強タイムとなった。
男子組はみな嫌そうな顔をしていたけどな。
話を聞いたモリーが「まあ、是非そうしなさい」と喜んだため、厨房の広いテーブルで揃って勉強をしている。
そんな中での彼女によるあの発言は子供達の注意を引いた。

「…なんでそう思うの? ハーマイオニーおねえちゃん」

俺なりに精いっぱいの子供らしい問いかけ。
不思議そうな顔が引きつってなきゃいいが…。
彼女から借りた魔法薬学の本をパタリと閉じて話を聞く体勢に入った。

「だって貴方――その本の内容をちゃんと理解しているわよね? …変ね、如何してそう思ったのかしら。でも、きっとそうなんでしょ?」
「…えーっと」

ハーマイオ二ーの指摘に頬を掻いて視線を明後日の方向へ。
豊かな栗色の髪が視界の隅で揺れていた。
今年5年生になる、O.W.L(通称ふくろう、普通魔法レベル試験)を控えた彼女が所蔵するなかなかの読み応えのありそうな厚さの本。
『俺』の死後に執筆されたモノらしいので、興味を引かれてちょっとだけ拝見させて貰っていたのが目に止まったらしい。
内容はまあ…俺にとっては特に目新しいものは無かったが。
まとめとして一冊にした、という感じがするので何冊も所持して嵩張るよりはマシというだけの代物だった。
レポート等を書く際には中々重宝しそうだが。
眺めていた時間はそう長いものでは無かった筈なんだけどなあ……だーいしっぱーい。ははっ…はー…。

「だとしたら凄いよ、君」
「ロン、感心してないで貴方もっと見習うべきよ。さっきからちっとも進んでないじゃない。ハリーも」
「魔法薬学の事なんて考えるだけで憂鬱だよ」
「残念ながら必修科目です」

俺が頷くかどうか迷っている間にも、彼らの間では肯定されたものとして進んで行ってるし。
てか何、君達魔法薬学がお嫌いですか?
おやそういえばセブルスは魔法薬学担当だっけか。
……ん? つまり彼等全員セブルスの教え子という事じゃないか!
わー……子供に好かれなさそう。
自分にも他人にも厳しいからなあセブったら。
彼なら子供にだって容赦しないだろうね…。

眉間に思いっきり皺を刻み教卓前で腕を組むセブルスを想像して一人ムフフと現実逃避していると、両肩に重みが掛った。

「「なに一人で百面相しているんだい?」」
「え? 顔に出てた?」
「ニヤニヤしてた」
「何を考えてたのかなあ?」
「…弟の事」
「「弟?弟がいるの?」」
「うん」

答える時、セブルスの顔を思い浮かべてたら双子が俺の頭上で顔を見合わせていた。
そしたら突然左右から頭をよしよしされた。
なんでいきなりされたのか分からなくて二人を交互に見上げると、今度は頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜられてしまう。
ちょ、まてお前ら。脳味噌がシェイクされるって!

「もう! 何すんのさ!」
「「べっつにー」」

ニヤニヤ笑いで頬杖をついてる双子。
だらけきった様子から悟るに、この二人にも課題を進める気が全く無いのだろう。
黙々とこなす妹のジニーを見習いたまえよ君達。
なんと言うべきか考えていると、厨房の扉が開かれる音でテーブル中の視線が其方の方へ集中した。

「やあ、皆お揃いだね。こんばんは」
「ルーピン先生!」

ハリーが立ち上がって、嬉しそうに顔を覗かせた人物の名を呼んだ。
リーマス・ルーピン。
ホグワーツで一度だけ会った男。
セブルスに「近づくな」と言われていたのを瞬時に思い出した。
彼の顔を確認して、俺だけがひっそりと冷や汗をかいて椅子の上で及び腰になっていたのである。


「やあ、セネカ。久しぶりだね」
「…お久しぶりです。Mr.ルーピン」

ルーピンと一緒にシリウスも厨房に入ってきた。
一通り子供達からの歓迎の挨拶を受けたルーピンは、一人だけ立ち上がりもせず俯いて縮こまっていた俺の傍まで寄ってきて声を掛けた。
相変わらずローブは継ぎ接ぎだらけで、鳶色の髪には白髪が交じり、顔色は不健康そうな彼。
にこにこと俺を見つめるルーピンの視線に居心地を悪くした俺は、毛を逆立てた猫の様にフレッドの方まで後ずさった。
その様子に彼は、おやっと方眉を上げ首を傾けた。

「…もしかして、彼に何か言われてる?」

内緒話をするような囁き声。
どうやらハリーと話をしているシリウスを気にしてるみたいだ。
アイツに聞かれたら拙い事でもあるのか?
少し躊躇しつつも小さく頷くと、ルーピンは困った様な顔をして頬の傷をするりと何度も撫でた。
まだ新しく、瘡蓋状態の傷が痒いのだろう。
(あと、彼は俺が着てるのが猫耳パーカーと気付いてくすくす笑いながら「可愛いね」なんて言っても来た。なんか凄くせつねー気分になるぜ…)

「ルーピン先生、あの…セネカの事、ご存じなんですか?」
「ん? …あぁ、一度ホグワーツで会っているんだよ。…それに」

チラリと彼はシリウスの方を窺う。
シリウスはもうハリーと話してはおらず、じっと此方の成り行きを黙って見ていた。
そしてルーピンは俺にとって思いもよらぬ爆弾を落としたのだった。

「――それに、セネカと私とシリウスは同期だからね」
「…………は?」

たっぷりと間を置き、俺は間抜けにも口をあんぐりと開けて見上げてしまった。
フレッドとジョージは頬杖をついた状態からずるりと滑り、ロン、ジニー、ハーマイオニーは驚いて目を丸くしている。
ハリーは確認するように振り向いてシリウスを仰いでいた。
シリウスは苦虫を噛み潰したような顔をしていたがハリーに名を呼ばれ、無理やり微笑みに変換しようと努力し…失敗していた。

いやいやいや待てよルーピン。
何を言いやがりました? 初耳だぞおい。
固まる俺にルーピンは「あれ? これはもしかして聞かされてなかったのかい?」なんて、にこにこ笑いながら言ってくれたのである。
なかったのかい? じゃねーよ。
態とらしい言い方に、ふと、脳内にお茶目じじいダンブルドアがカットインされてきた。

…あ、分かった。
この人は食わせ者だ。
狸はダンブルドア一人で間に合ってるぜ!

心の中でめちゃくちゃ叫んでいると――バタッ! という何かを倒す音と劈く様なけたたましい金切り声が上階から地下まで響いた。

「きっとトンクスだ!」
「またか!」

シリウスが吠えて玄関ホールまで飛んで行った。
ルーピンもそれに続く。
二人が扉から出て行くのを見て俺はハッと我に返り、あたふたと椅子から下り立った。
「どうしたの?」とか「どこ行くの? もう直ぐ夕食だよ」と口々に言う子供達に顔だけで振り返り、シーっと人差し指を唇に当てた。
これ以上ルーピンと居たら何を聞かされるか分からない。
彼は俺とダンブルドアの間で交わされた会話など知らぬのだろう。
それにセブルスと約束した手前、彼との接触は最小限にしておかなければ。
非常に勘の鋭いセブルスには直ぐにバレそうで後が怖い…というのが一番の理由。

しかし無情にも、扉に到着した俺は下りてくる複数の気配を捉えてしまった。
ノブに手を掛けると同時に扉が開く。

「――あ、ねえ! あのセネカ・スネイプが居るって聞いたんだけど!」

あっと思った時には既に遅く…威勢良く入ってきた女性にドアごと押し返され、コロリと床に投げ出されてしまったのであった。
おおおおい…ちょ、また何か問題発言してる奴がいるぞ…。

***

Reencounter not to expect.(予想しない再会)

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