分岐点 extra

ギャングエイジと呼ぶにはあまりにも


結局の所、俺は一晩中眠り続けてしまった様だ。
朝も早いうちから様子を見に来てくれたモリーから本来の予定ならば夕食の席で俺を紹介するつもりだったのだ、と聞かされ…まーかなり申し訳ない気持ちになった。
薬のお陰で十分な睡眠を取れた俺が起きて一番に「ごめんなさい」したのは言うまでもない。

や、めちゃくちゃ寝ぼけていたけどさ。

寝癖でボサボサの頭をベッドに擦りつけ尻を高くしつつ謝ったけど。(所謂『土下座』っていう謝罪のスタイルだ)
そんな俺を彼女がどう思ったか…まあ、語らずとも分かるよな。うん。何とも面目ない有様だ。
家主シリウスとの会話も、まあ…おぼろげながら覚えている様な気がしなくもない気もする。
…いやどっちだよ俺。別にどっちでもいいけどさ。


モリー・ウィーズリーは世話好きなお母さんといった感じのふっくらとしたご婦人だ。
片手が利かない俺を思いやってか、はたまた余りの低血圧っぷりに閉口したのか、慣れた様子でテキパキと俺の着替えを手伝ってから朝食の準備の為に階下へと降りて行った。
もうほんと、お手数掛けます。
しかし何故寄りによってこの黒い猫耳パーカーを選んで着せたんですかモリーさん。
アレですか。可愛かったんですかこのパーカーが。

奥底に仕舞い込んでたのにリュックの中でアクシオでもかましちゃった気がしてならん。
俺なんかが着たって中身が残念なんだから居た堪れないだろうに。
てかなんで未来の俺はこんなの選んで送って寄こしたんだ?
俺的にはちっさなセブルスに着せたいですゲフゴフ。
…これ、過去に持って帰れねえかなあ。

持って帰れなくても帰ったらダンブルドアに強請ってみようと思う。


さて、身支度が終わると手持ち無沙汰な俺だ。
少し気を抜くと再び寝そうになるのを我慢しつつ、ボケーっとベッドの縁に腰かけてその時を待っていた。
コンコン、と軽快なノック音が待ち人の登場を告げる。
開かれたドアから顔を出した赤毛にふにゃふにゃっと気の抜けた笑顔を浮かべた。

「やあ、おはようセネカ」
「おはようございます、アーサーおじさん」

細身の身体に緑のローブを纏ったアーサーは俺の元まで来ると、額に手を置いて熱を測るような仕草をし、小さく頷いてから顔を覗きこんできた。
起きぬけに彼の妻からも同じ事をされていた俺は、照れくささから心持下を向く。

「大分顔色が良くなったし熱も無いようだね。だが無理は禁物だよセネカ。さあ、一緒に下へ降りようか。昨日から殆ど口にしてないんだ、お腹も空いたろう?」
「うん、すっごく…ぐぅ…」

会話の途中で寝始めた俺を、さわやか笑顔かーらーの慌てたアーサーが受け止めてくれた。
こしこしと瞼を擦って、大きな欠伸を一つ。

「……朝は苦手のようだね」
「ぅあい…いつも、セブが持ち運びします」
「……な、なるほど…」

何が成程なんだよアーサー。
若干顔が引き気味に見えるのは気の所為だろ? アーサー。
セブルスが過保護過ぎるって指摘したいんだろ、そうだろ?
良いのだよ。だってセブルスだから。

俺も最初は抱っこされるのが多いのは、俺が体力無さ過ぎだからと思ってはいた。
いやそれも理由の一つではあるが…主に懸念されている事は「迷子」と「突然の体調不良」である。
迷子に関しては記憶があるから大丈夫だ等と言えないので仕方ないが…体調不良はな…。
てか、そもそも俺が初めに「セブルス抱っこ」を言いだしたんですよね。
忘れてたわ。

アーサーは少し考える素振りを見せ、受け止めた俺を抱え直して抱き上げると部屋を出た。
俺が完全覚醒するのを待っていたら食いっぱぐれると判断したのだろうと見当を付ける。
移動中、ギシギシと音の鳴る階段を慎重に下りる間も、アーサーの話す事はこれから会う家族の話題が大半だった。

彼はやはり良いお父さんの様だと再確認。
子供の事を話す雰囲気でそれがよく分かる。
が、しかしながら話の途中でちょいちょいマグル用品の事を挿むのはどうしてだろうか。
もう目がキラッキラとして彼がその事について語りたくてうずうずしているのが丸分かりなんだけど。
突っ込んで欲しいのか?
でも俺は絶対今のタイミングで「…で、そのボタン電池がどうしたんです?」なんて相槌打たねえからな。
一応自分の事を律しているらしい彼を微笑ましく思いながら、俺はそっと目を伏せた。
そんな期待の眼差しでチラチラ見ないでほしい。

玄関ホールに差し掛かるとアーサーは口を噤み、無言で扉を開けて更に下を目指した。
地下へと続く狭い石造りの階段は寒々とした印象を与え、見上げた天井付近に掛ったクモの巣では小さな虫が網を揺らしている。
記憶の通りなら、確かこの先には居間と厨房へ行ける扉があったはず。
未だ完全な覚醒に至らない脳内でブラック家の見取り図を開いていると、最後の段を下りたアーサーが厨房へ続く扉を開いた。
――その先で俺へと集中した視線に、思わず彼の腕の中で小さくなる。
同時に脳も一気に覚醒へと導かれた。

おい君達ちょっと見過ぎじゃね?

「黒いね」
「うん、真っ黒だ」
「「パパ、その子が昨日言ってた子?」」
「え? 魔法事故で過去から来たって子? 本当だったの?!」
「あらロン、貴方昨日の説明をちゃんと聞いてなかったのかしら。ちゃんとそう言ってたじゃない」
「「坊やだからさ、ハーマイオニー」」
「どういう意味なの?!」
「おはようパパ。どうして抱っこしてるの? まだ具合が悪いのかしら」
「おじさん、おはようございます」

おい君達一片に喋り過ぎじゃね?!

「こらお前達よしなさい。自己紹介が先だ、いいね。あぁジニー、ハリー、おはよう。この子は、あー、ちょっとまだ寝ぼけてて足元が覚束無くてだね…」

赤毛の集団と黒と栗色。
暗いはずの厨房には、予想よりも多くの子供たちが朝食を作るモリーの手伝いをしていたのである。
俺とアーサーの登場でちょっと疎かにされてるはいるが。
ぽんぽんと飛び交う会話に唖然とする俺。
流石のアーサーお父さんは手際良く会話のキャッチボールを返していた。
手慣れているなあ。
素直に感心しているとそっと床に下ろされ、背を押されて一歩前に出た。

「この子がセネカだよ。セネカ…左からフレッド、ジョージ、ロン、ハーマイオ二ー、ジニー、ハリーだ」
「…全員、おじさんのこどもなの?」
「いや赤毛の子だけさ。ハリーとハーマイオ二ーは息子のロンと同級生なんだよ。今は居ないが…私の子供はフレッド達の上にもまだいてね」

ウィーズリー家の子沢山っぷり凄いな!
「まだいる」と言ったアーサーの声が少しだけ硬くなったのに気が付いたけど、そんな素振りを見せずに紹介されたこども達の名を頭の中で幾度か反芻した。
うーん、覚えられるけど双子の子達が余りにもそっくり過ぎて…見分けられるかが問題だぜ。
そっくりさで競うならば俺達だって負けないが。
まあ表情で見分けられてしまうけどな。

はにかみ笑顔で俺も自己紹介すると、パンの焼ける良い匂いが厨房を満たしていた。

***


みなそれぞれ席に着くと、目の前にオートミールが出されたのでそっちを有難く頂くことにする。
ちょっとパンの方を食べてみたかったけど。
だってすごく良い匂いがしてたからさ。
蓋の開いていたマーマレードジャムを掬ってボトボト投下していると「え?!」という声が目の前から上がった。
驚かれて俺の方が逆に驚いたぞ。

「きみ…入れ過ぎじゃない? そんなに入れたらジャムの味しかしないんじゃ…」
「そうかな? まだ、んー…四回しか入れてないよ?」

背が高くひょろっとした印象の彼は…確かロンと呼ばれた子だったろうか?と、そばかすの浮いた顔を見上げながらもう一投ぼちゃん。
うむ、せめて後二回は投入したい所だ。
しかし話していた為にスプーンをオートミールに突っ込んでしまったのでしぶしぶ諦める事にした。
ちょっと物足りないが…美味いから、まあいいか。

「…そういえばダンブルドアがかなりの量のお菓子を持たせていたね」

アーサーが遠い目をして呟いた。
日刊預言者新聞を広げながら紅茶を啜る姿にモリーが早く食べないと遅れるんじゃ、と気を揉んでいる。

「アルバスは面白がってるだけですよ…」
「君、ダンブルドアと親しいの?」
「どうしてそう思うんですか?」
「だってファーストネームで呼んでるから…」
「ああ、えーと…5歳の時からたまにお世話になってました。…おじいちゃんみたいなもんですよ」

黒いくしゃくしゃ髪の眼鏡を掛けた子が首を傾げながら聞いてきた。
彼は確か、ハリーと呼ばれた子だな。
隣に座るロンと比べると小柄で痩せていて少し親近感を覚えた。
大丈夫だ少年よ。
俺と君にも必ず伸びる時期が訪れるはずさ!

心の中で彼にエールを送っていると、俺の隣に座るハーマイオ二ーが「だからダンブルドア先生に保護されていたのね」と俺に都合の良い様に納得してくれていた。
それに便乗して頷いておく。

「ねえ、ホグワーツに今まで居たんでしょ? 休暇中のホグワーツってどんな感じかしら」

これは赤毛一家の末っ子ジニーの発言である。

「人の沢山いるあそこを僕は知らないけど…静かで、ちょっとさびしいとこ」
「入学すれば直ぐに分かるさ。なあ、相棒!」
「ああそうさ! 絶対に楽しいぜ!」
「「ところでセネカの歳っていくつ?」」
「…今の? 未来の?」
「「勿論どちらも!」」

綺麗なユニゾン、同じ表情、同じポーズ。
驚き戸惑いつつもフレッドとジョージの調子に合わせ「今僕は7歳で、こっちにいる僕は35歳ですよ」と答えた。
途端に双子はまた声を揃えて「ええっ!」と腰を浮かして叫んだ。
周りの子供達もみな同じような反応をしている。
そんな意外な事か?
ハリーが小さな声で「シリウスおじさんと同じ歳だ…」と呟いていたのが俺の耳に届いた。

「なんてこった、ジョージ」
「フレッド、僕は信じられないよ」
「「まさかこんな小さなおじさんがいるとは!」」
小さいは余計だよ!
「あ、怒った!」
「気にしてたんだ!」
「…むぅ」
「「拗ねない拗ねない」」
「…すねてないもん」

「――貴方達…いい加減になさい! 食事中ですよ!

とうとうモリー母さんからの雷が落ち、ニヤニヤしながら双子は立ち上がっていた席に再び座り直した。

まったく! 俺が将来どれくらい身長が伸びるか、彼らの隣にセブルスを並べてやりたい気分だぜ!
セブルスのカッコ良さを目の当たりにして腰を抜かすがいいさ!

怒りながらも、俺の表情はひどく穏やかなものだった。

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