分岐点 extra

因果は皿の縁


昔話をしよう。

ある所に男がいた。
男は純血主義を掲げる名家に生まれ、その優れた頭脳と容姿で掌中の珠とされ一族の期待を受けた。

彼は所謂、後落胤だったにも拘らず。

父も母も純血名家の魔法使いだった為、父親の子を己の子として養父母は引き取り、自身の息子と歳の離れた兄弟として優遇した。
それはもう当人が引くほどの入れ込みようで。
だが、彼は成長に伴い家風を押し付ける家を疎み、ホグワーツ卒業を区切りに一族から離れる決意をする。
これに猛反対したのは勿論、血統の近しい者達。
彼等は男の血と才能を惜しんだ。
そんな一族に辟易していた彼は、自ら編み出した呪(まじない)を掛け「付き合い切れるか!」と捨て台詞を残し、人里離れた屋敷に引き籠ってしまいましたとさ。以下略。

…かなり省いて話したが御察し頂けただろうか。
この男の名はカストル・シリウス・ブラック。
何を隠そう、享年50で病没した「やんちゃ時代の俺」である。



「あぁ……ブラック家の者か」

フィ二アス・ナイジェラス・ブラックは生前の俺と――血の繋がる者。
これで腑に落ちた。と、俺は顔を歪めた。
なんて厄介な。
しつこ過ぎるぞブラック家。
生まれ変わった俺を猟犬並みに嗅ぎつけて来るとかどんな嗅覚だよ!
生前俺が折角頑張って考えて「一族全員邪魔避け呪い〜超弾いちゃうぜ!〜」を掛けたのに。結構大変だったんだぞ。
……ん? てか、このまま何事も無かったふりして逃げればいんじゃね?

「じゃ、そういうことで」

面倒事の匂いを感じ取った俺はくるりと身を反転させシュバッと手を上げ、セブルスの部屋に帰ろうとした。が、しかしフィ二アスが大きな声で呼び止めた為にそれは叶わなかった。
おいこら何考えてんだ。ダンブルドアが来ちゃうだろ。
苛立たしげに舌打ちをし、ふと、浮かんだ疑問を早口でフィニアスに問うた。

「聞くけど何故僕がアレだと分かった。少々鼻が利き過ぎやしない?まさか…肖像画になれば『魂』を判別出来るとか」
「いや滅相も無いことで…ただ私は、生前の貴方と血統が近くありましてね……あぁ、私の父はシグナス・ブラックです」

シグナス・ブラック。
これは義弟の名だ。
ならばこの男は生前、呪いが十分に効力を発揮出来る位置にいたという事。
そういう理由なら怯えた様子を見せるフィ二アスにも納得がいく。
しかし中々に根性があるぞこの男。
俺に接近するだけで「無意識的に恐怖が湧き上がり逃げたくなる」という呪いなのに。
義弟なんて足をガクガク小鹿の様に震わせて一目散に逃げたんだぞおい。

「……で?」 
「此方の貴方には既に顔を通してあるのですがね…何分彼は…その、私の話を聞いてもくれず…」
「いや、当り前だし。だから僕の様子を窺っていたのか…」

しかし、これならば言うべき事は決まったようなものだ。

「フィ二アス。分かってるとは思うけどこの事を他の誰かに一言たりとも漏らさぬ事だ。…あの男はもう既に死した者。……二度とその名で僕を呼ぶな」

『僕』は『セネカ・スネイプ』だ。

「それに…ブラックは純血主義の家柄。混血である僕になど用は無いでしょ」
「! しかし伯父上! 「その呼び方もやめて。今の僕にも同じことを言われなかったの?」…ぐっ…しかしですな、貴方が我がブラック家に掛けた『呪い』は余りにも複雑で誰にも解けず…」
「なんだ話ってその事? なら心配は無用だよ。アレは僕に限定して作用するだけの代物だし…血が薄まれば効力も弱まる。だから今頃は大して害も無いかなー。なんて。…まあ、それも血が続いてればだけどね」

冷たく醒めた眼差しのままフィ二アスを切り捨てる。
尚言い募ろうとするのを遮って額縁から一歩遠ざかった。

「今更、あの家に係わる気は無いよ」

***


次の日の朝、目覚めは最悪だった。

「お早いお目覚めですな! セネカ殿」
「…………」

おいなんで待ち伏せしてんだフィニアス。

セブルスの部屋から出てダンブルドアの元へ行く途中、額縁から声が掛った。
勿論、寄こされた迎えフォークスにより宙吊り状態だった俺に。
不機嫌を隠さず接すると、やはりフィ二アスはビクッと怯えた様子を見せた。
が、逃げる事はせず(それでも額縁から顔を半分覗かせた状態ではあったが)絵画を移動しながら何故か俺に追従した。
明らかな開き直りである。

おかしいな…どうやら変な懐かれ方をしてしまった様だ。
これだからブラック一族には係わりたくなかったんだよ!
てか盟約はどうした歴代校長! 仕事して!
生前、追い払っても冷たくしても犬の様に寄って来た血縁者達。
血が濃ければ濃い程それは顕著だった…一族に邪魔避け呪いを掛けたくなるほどには。
俺が思うに、あの血統はマゾなんでは無いか?
声なんて掛けるんじゃなかったと、後悔しても遅い。

…ホグワーツに入学した暁には徹底的に避けまくってやる。
そう俺は心に硬く誓った。


「おはようございまーす…アルバス…」
「おはようセネカ。おや、どうしたんじゃ? その様にゲッソリとして。元気が無いのう」
「…もうほっといて下さい。朝から疲れたんで」
「それはいかん。さあ、今日は此処でわしと共に朝食を食べようぞ! 君には元気に出発してもらわねばならんのでな」
「はーい……」
「これこれ、人参を除けてはダメじゃよ」
「……」
「わしの皿に乗せれば良いという訳でもないんじゃがのう…」

薬を飲んで食後の紅茶を楽しむ頃には気分をやっとこ持ち直していた。
硬い樫の扉がノックされる音でカップを置く。

「開いておるよ」
「失礼します…おはよう御座います、ダンブルドア」
「おはようアーサー。よく来てくれた。急な頼み事をしてしまってすまんのう。よろしく頼む」
「いえいえ…ああ、彼ですね」
「そうじゃ。彼がセネカ・スネイプじゃよ」

背の高い細身の赤毛。
アーサーと呼ばれた四十絡みの男性はアーサー・ウィーズリーと名乗った。
柔らかな笑みで彼は握手を求めてきた。
初めましてと此方も返し、手を握ろうとして俺はちょっと困ってしまう。
肘まで自由になってはいたが、俺の右手はまだ握手するには到らない。
でも直ぐに彼は察したようで慌てて左手を差し出し、大きな手で俺の手を包み込んだ。
どうやら既に事情は説明済みの様である。
少し湿った掌は骨ばっていてとても温かく、セブルスとは全く違う印象を覚えた。
なんとゆうか、彼には「父親」という雰囲気がある。
きっと良いお父さんなんだろうな…いいなあ…。

「いやあ、うっかりしていたよ。すまないね。気遣いが足りなくて」
「そんな…気にしないで下さい。Mr.ウィーズリー」
「そう畏まらずとも良いんだよ。何せ君は、えー、実際はその…スネイプ教授と兄弟な訳であって、あー…」
「アーサー」
「…僕よりも貴方の方が硬いように見えるますけど? Mr.ウィーズリー」
「ははっ、その様だ。情けない事に私も昨夜聞かされたばかりで…理解はしているんだが…。
そうそう、あちらには私の家族も居る。大勢居てね。紛らわしいから私の事はアーサーでもアーサーおじさんでもウィーズリーおじさんとでも好きに呼んでくれ」

三択かよ。
彼は未来の俺ともそう年は変わらないだろうから…無難なとこで「アーサーおじさん?」と呼んでみた。
呼ばれた名にしっくりきたのか、彼は小さく頷くと俺の頭をくしゃっと撫でた。

「じゃあ僕の事は名前で呼んでください。だってスネイプが二人じゃ紛らわしいでしょ。ね? アルバスだってそう思いますよねー」
「その方がよいじゃろう。おお、そうじゃ! 言い忘れたがこれから行く場所では姓を名乗らぬ方が良い。…あちらが混乱してしまうでのう」
「…その本心は?」
「その方がおもしろいじゃろ?」

そう言ってダンブルドアはニコッと笑って俺にウィンクした。
そんなダンブルドアを見て俺は悟りを開いたような心境になる。
俺で遊びたいのか?それともセブルスで遊びたいのか?
…程々にしとけよ狸爺。

「あー……了解しました。って、アルバス…これなにさ」
「お菓子の詰合せじゃ」
「これはどうも、ありがとうございます。てか持たせ過ぎ……どんだけ僕にお菓子中心の生活して欲しいんですか」
「そうは言っておらんじゃろ」
「…バレた時、アルバスがセブに怒られても僕は知らないから」
「おや、それは困った。セブルスの怒りは激しいからのう…」
「先に言っときますがとばっちりは御免ですからね」

呆れると同時に笑い声が漏れる。
荷造り済みの例のリュックに大量のお菓子を詰め込んでいると、アーサーがポカンとした顔で俺達を見つめている事に気付いた。
特別変な事はしてないし、言ったつもりも無い。
ただのじじいと子供の戯れ程度だと思うんだけどなー。
ダンブルドアがくれたお菓子にしても「検知不可能拡大呪文」で大量の荷物が入る仕様な為、リュックについては問題無いと思うんだけど。

「……こりゃまいった」
「? 何がです?」
「いやいや、何でも無い…………聞いた印象とかなり違うね…」

くしゃっと薄い頭髪を彼は掻く。
アーサーの言葉はとても小さくて、最後の方は俺には聞きとる事が出来なかった。


「じゃ、行ってきまーす」

アーサーに手を引かれホグワーツの門の外に出た。
内にダンブルドア、外に俺と彼。
手を振って別れを告げると、おやっと首を傾けた。
そういえば、俺達は此処からどうやて移動するんだろう。
箒か? まさか箒なのか?
てかその前にどこ行くんだっけ?
やべー聞いてなかった、と思いながらアーサーを見上げる。
すると彼は一枚のメモを取り出すと俺に渡してきた。
何だこれ? と眺める俺に「それを声に出さずに読んで、覚えておくんだ」と彼が言った。
取りあえず言われた通りにメモを開き…俺は眼を丸くして固まった。


『 不死鳥の騎士団の本部は、
ロンドン グリモールド・プレイス 十二番地に存在する。 』


はあ?!
心中で俺が一体どれだけ叫びたかった事か、お分かり頂けるだろうか。
硬直した俺に構わず、メモは掌の中でメラメラと燃え上がって灰も残さずに消えた。

「さあ、もう行こう。ちょっと急がないといけないね」

アーサーの声にノロノロと反応を示す。
気付けば俺は彼と共に付き添い姿現しをした後で…目的地へと来てしまっていた。

ロンドン、グリモールド・プレイス。
そこは生前の生家、ブラック家がある場所だ。

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