分岐点 extra

僕の秘密、俺の因縁


あれからセブルスが帰宅したのは二日経ってからだった。
真っ黒な影がのっそりと顔を出した時、丁度ベッドで横になっていた俺は慌てて身を起こした。

「そのまま寝ていろ」

飛び付く寸前で首根っこを捕まえられポンと枕に着地。
大きな掌が視界を覆うように額に当てられるのに、肩の力を抜いて瞼を閉じた。
伝わる低めの体温が心地良い。
優しい重みが退き、ギシッとスプリングが軋んだ音で目を開くとセブルスがベッドサイドに腰を掛け見下ろしていた。

「熱は無いようだな」
「やだな、マダムが心配し過ぎなだけだよ」
「お前には心配し過ぎで丁度良い」
「…過保護」
「ほーう…それは一体誰の所為ですかな?」
「……僕です」
「分かっているのなら文句など言わぬ事だ。…顔色が悪いな。ポンフリーからは食欲が落ちていると聞いたが、他に何か自覚症状はあるか」
「うーん…」
「何でもいい。兎に角、気づいた事を先ずは口にしてみろ」

そうは言われましても。
調子が悪いという事くらいしか言えないよなあ、と言葉を探して視線がうろうろ。
一番の原因なんて本人に言える筈もないし。
第一、俺にはそれを口にする覚悟がまだ備わっていないのだ。
そんな俺を見て溜息を吐いたセブルスは張り付いていた俺の前髪を払い、そのまま一束髪を指で掬い上げた。
俯いて僅かに瞼を伏せる。

「…何故ポンフリーの元に居なかった。戻り次第直ぐ様向かったのだぞ」

ぽつりと呟かれた一言に彷徨っていた視線がセブルスの顔に集中する。
しかし互いの瞳が重なる前にふいっとセブルスが目を逸らす。
そこまでの流れで気が付いた俺は、口元を上げてニヤリと笑った。

「……拗ねてる?」
「何故そうなる」
「馬鹿だなあセブったら、逸らした時点でバレバ、レ……」
「……」
「うん、ごめん。ちょ、ごめんってばー睨まない!」
「変な顔で私を笑うからだ。早く言え」
「…あー…僕が此処に居るのはすごく個人的な理由なんだけど」
「だけどなんだ」
「だってセブの匂いがするし」
「……にお…」

さらりと指の間から逃げた髪は枕に落ちて同じ黒に混ざった。
見上げた顔は何やら複雑そうな表情だ。
そんな顔をされて俺は言いようの無い不安に駆られる。

「落ち着くし、セブルスが帰ってきたら直ぐに気が付けるし…。ダメかな? 此処に居ちゃ」
「駄目では無いが…私の部屋では不便も多いだろう」
「フォークスが居てくれるから。具合が悪くなったらマダムのとこに知らせに飛んでくれるってさ。ね?」

本棚の上にいたフォークスに声を掛けると、同意するように高い鳴き声が一つ返る。
明り取りから降り注ぐ僅かな光でも十分美しく輝く赤と金色。
この二日間、御世話になりっぱなしな俺である。
主に移動とか、移動とか、移動だ。
微妙に複雑そうな顔をする俺から何やら感じ取ったセブルスは宥める為か労わりか、いつになく優しい手付きで頭を撫でてくれた。
俺を包む空気にぎゅっと胸の奥が甘く痛む。
波打つ胸に手をやると、それは瞬く間に何事も無かった様に治まっていた。

「セブ」

指の動きに合わせてゆっくりと瞼を下ろす。

「おかえりなさい」
「…ああ、ただいま」

手探りでローブを引くと瞼の裏に影が被さった。

***


置き手紙が残されたあの日から四日経った、その日の夜。
ダンブルドアから校長室に呼び出された。

「こんばんは、アルバス。なんだか久しぶりな気がしますね」
「突然呼び出してすまんのう」
「いえいえ、忙しい中なのにさあ寝るぞと準備万端だった僕を態々呼び付けるほどの大事があるのでしょう? さて、用向きはなんでしょう」
「…随分棘があるのう」
「僕の格好を見たらその理由も直ぐに理解頂けると思いますけどね」

枕を抱えた俺をフォークスが咥えて宙ぶらりん。
誰も見てはいないとはいえ、こんな情けない恰好で急に連れられて来た俺の身にもなってみろよ!
生身の人間には見られて無いけど歴代校長の肖像画達にジロジロ見られまくってる今現在。
住人達は一見眠りこけている様に見えるが、良く良く見ると薄目を開けたり寝惚けた振りしてちろちろ此方を窺っている。
不機嫌にもなるってもんだ。
彼らは何時もこうなのだ。どんなに時が経っても変わらない。
長い長い時を過ごす肖像画の住人達の退屈凌ぎにされて堪るものか。
パジャマパーティーへのご招待なら間に合ってます。

「話があるのは他でもない、セブルスの事についてじゃ」

ソファに下ろしてもらい腰を落ち着けた所でダンブルドアが前置き無く切り出してきた。
セブルスの名に反応し俺の気が引き締まる。
口を挟まずに話の続きを促す。

「今彼には大変重要な仕事を頼んでおる――危険も勿論伴う――しかしセブルスにしか出来ぬ事じゃ。暫くの間、此方へ顔を出す事も困難になろう」

「わしも暫くは忙しく飛び回る事となる。…さて、そこでじゃ。セネカには暫しの間ホグワーツから移動してもらう事になる」
「…移動?」
「そうじゃ。マダム・ポンフリーも急用で帰宅する事が決まってのう。君を一人にする訳にもいかん。体調が優れぬとも聞いておる故尚更の。
…明日の朝には迎えを寄こそう。
おお、そう悲しそうな顔をするで無い。心配は無用じゃ。セブルスが戻ってくるまでの間だけじゃよ」
「……そうですか、わかりました」
「すまんのう」
「別に謝らなくても結構ですよ、アルバス。初めに言ったでしょ? 貴方の指示に従うと。僕はそれを曲げないだけ」

長い髭を撫でてすまなそうに眉を下げるダンブルドアに努めて明るく言う。
――セブルスと離れる。
そう考えるだけで身体の半分が失われる様な気さえした。だけど、不満なんて言ったら困らせるだけ。
俺は其処まで恩知らずではない気でいる。
どうしてだとか、何をしているのだとか、そんなもの…聞く事はしない。
未来を知る事を拒否し、決意した手前…何も出来ないでいるのは歯痒いが。
お荷物なりにせめて彼らの邪魔にだけはなるまい。

「セネカや。君はもう少し我儘を覚えると良い」

自分に呆れて笑う様を見て、ダンブルドアが口を開いた。
キラキラと輝く青い瞳を柔和に細め、俺の心を切り開こうとする。

「望む事は罪では無いのじゃよ。特に、君達二人はのう…」
「さて何の事やら」
「おや、心当たりは無いのかね?」
「……」
「ほっほっほ、自分に素直が一番じゃよ」

ウィンクしてにっこり含みある笑顔で笑ったダンブルドアに思わず手が伸び、長い髭を引っ張っていた。
痛いと口で言うくせにその声は嬉しげだ。


校長室を出ると小さなカンテラを掲げて、地下への道を自分の足で歩いた。
フォークスは俺の両肩に足を掛け頭に腹を乗せている。
…俺の頭を卵か何かと勘違いしてるんじゃなかろうか。
いや、不死鳥は卵は産まないんだっけ。
まあ兎に角、少しだけ歩きたい気分だったし俺には今夜の内にどうしても済ませておきたい事があった。

真っ暗な廊下に一人分の足音が響く。
歩いて歩いて、突き当たりに差し掛かった所でピタリと足を止め、

「――出てきなよ。付いて来てるんでしょ」

くるりと身を反転させ壁に掛った静物画に向けて口を開いた。
灰色の背景にテーブルと椅子、それに果物。
何の変哲もない一枚の絵。
その中で動くものといえば、開け放たれた窓に付けられたカーテンが風に吹かれてゆらゆらと踊っていた。
変化が無い事に焦れて、再び口を開こうとするのに遅れて小さな咳ばらいが俺の耳に届く。
灰色の背景に混じった緑と銀。
此方を窺うように尖った山羊髭の男が顔をそろりと出した。
ギョロリとした眼が、陰険そうな顔の真ん中で落ち着き無く動いて彷徨う。

「先程も校長室でお会いしましたよね、Mr。――そして僕が此方へ来た時から何度かこそこそ影で覗き見てもいましたね。
おや、まさか僕が気付いてないとでも思っていたんですか?」

仄かに照らす灯りが口元だけの笑みを浮かびあがらせる。
じっと此方を窺う視線にいい加減ウンザリしていた俺は、かなり御立腹。
先ほども言ったが住人達の退屈凌ぎになどされるのは御免なのだ。
まあ、ダンブルドアが命じた事では無いだろう。
害は無いと判断した為泳がせてはいたが、今夜は丁度良い機会に恵まれたと思っている。
もし好奇による行動であればここで覗き見は止めろと言えばいい。
…今はセブルスが居なくて良かった。
こんな脅しめいた行為など…余り見せたくないというのが本音なのだ。

「歴代校長の肖像画は盟約により縛られている筈ですよ。何の目的があるか知らないがこんな子供の所で油を売っていて、良い訳が無い」
「あー…私は、その…」
「さっさと用向きを告げて自分の額縁に戻られたらいい」

ピシャリと撥ね退ける強い声に、男は怯えたように首を竦めた。
その様子に俺は眉を顰めた。
一体、なんだというのか。
男の態度は余りにも不可解だ。
何故そんなにも怯える必要がある?
そこで俺は漸く、男の名を知らない事を思い出した。

「Mr.――貴方の名は?」

ギクリと男が肩を震わせる。
灰色の背景の中で老獪な紳士然とした男がみるみる色を無くしていく様は、かなり滑稽だ。

「私の名はフィ二アス・ナイジェラス……ブラック」

男が躊躇いがちに名乗ると俺の眉がピクリと跳ね上がった。
そこまではいい。
男は名乗るだけで留めておけば良いのに、呼んではならない名で…俺を呼んでしまったのだ。

「…不快な思いをさせた事を御詫び致す――カストル・ブラック殿」

その瞬間、俺の顔から表情という表情が全て抜け落ちていた。
もう二度と呼ぶ者など居ないと思っていたその名は、俺の中に違和感しか生み出さない。

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