分岐点 extra

弟の事情


Sideセブルス

夕食も済みソファで久方ぶりにゆっくりと寛いでいるとダンブルドアからの呼び出しが掛った。
役目を終え、スーっと薄く消えゆく銀白色の不死鳥。
ダンブルドアのパトローナスがもたらした情報にセブルスは渋面を作って眉間に深い皺を生んだ。
――以前から危惧していた事が起こったか。
今直ぐに此処から発ち自分の為すべき事をしなければならぬ。

「チッ、ポッターめ…」

舌打ちと共に短く悪態を吐くと、セブルスは視線を己の隣に向けた。
先程までうとうとまどろんでいたセネカは既に眠りに旅立っている。
ぷうぷうと寝息を立てて己に寄り掛かる小さな体に、セブルスの苛々とした気持ちが少しだけ萎む。

「呑気なものだな、お前は」

慎重に起こさないようそっと抱き上げ寝室へ移動しベッドへと横たえた。
眠りが深いのか鈍いのか、一向に起きる気配は無い。
丸みを帯びた頬を指の背で撫でるとくすぐったそうに首を竦め、セネカはへにゃりと口元を緩めた。
今夜はこのまま帰っては来れまい。
朝起きればきっとまた寂しい思いをさせてしまうのは容易に想像出来よう。
例えそうだとセネカが口にしなくとも。
じっと見つめる感情の揺れ幅の少ない黒は一度閉じられ、薄目を開けるとそのままセネカの顔へ近付いた。
触れるほどの距離で一瞬、躊躇う。

「…行ってくる」

囁く声を頬に降らす。
セネカに乞われて口づけたものより深く、唇を味わうように重ねる。
黒髪がさらりと流れ落ち、幼い顔の周りに帳を下した。
あたり前だが『お返し』とあの甘い声での「いってらっしゃい」が無い事に不満を感じ、同時に可笑しさを覚えたセブルスは素早く立ち上がった。
彼の行動に自分も大概毒されている。

「眠っていなければ自ら動けぬなど…呆れたものだな」

多少の自嘲を込めた想いはセネカには到底聞かせられない程弱く、覇気が無かった。

セネカは無邪気だ。
屈託のない笑顔を今も昔も変わらずセブルスへ惜しむ事無く向ける。
全幅の信頼を寄せて無防備にすり寄り、もう子供では無い弟へも子猫の様にじゃれついてスキンシップを図ろうとする。
時折、態とそう仕向けているのでは無いのかと勘繰りたくなるほど、セネカはセブルスを揺さぶる存在だ。
先日の『ちゅーして』発言が良い例である。

弁明するがセブルス・スネイプは決して少年趣味でも特殊な性癖がある訳でもない。
少々…いや、かなり独占欲が強い傾向があるものの至ってノーマルの部類。
しかしもし万が一戻れないなんて事態が起こった場合は閉じ込めてでも自分の手で、傍で育てる覚悟くらいはある。
セブルスも男だ。
自分色に染め上げる喜びを持たない筈もない。
露見した途端に「むっつりだ」等とセネカに指を指される事は間違いない故、絶対に悟られたくは無いが。


寝室から出てローブを羽織り、ダンブルドアが待つ校長室へと赴こうとしたセブルスは
「伝言くらいは残して置くべきか」と執務机へ向かう。
適当な羊皮紙を引っ張り出し羽ペンを持った所で、ポトリと落ちてきた手紙を見て苦笑を浮かべた。

白い封筒に赤い封蝋。
シーリングワックスへ型押しされた――二匹で廻るウロボロス。
それはセネカ宛には押されていなかったものだ。
他愛も無い話題で始まり、身を案じる内容で埋め尽くされた極々普通の手紙。
最後の言葉さえ無ければ。


『――所でセブルス、小さな俺にはもう手を出したか?
君の事だから何も知らない俺にあんなことやそんなこと出来る訳…何てグチグチ考えちゃってるんだろうけど。でも良く考えてみなよ。相手は幼くとも俺だぜ?
(ここで手紙と文字が不自然にブレて皺になっている。笑っていたと思われる)
てか、むしろ出せ。俺が許すし』



内容が頭を過ぎる度に、セブルスは頭を抱えたくなる。
何を言っておるのだコイツは、と。
詰まる所本人のあずかり知らぬ場所で本人のGOサインが出ている状態なのだ。
完全に遊ばれている。
故に乗せられてたまるものか、と先日まではセブルスも抵抗していた。
これまた本人に因って呆気なく崩されてしまったのだけれど。


再び手紙を仕舞い込み、伝言を書き終えたその足で今度こそ部屋を出た。
名残惜しいが時は待ってはくれない。
急がなければと滑るように廊下を走る。
杖先に灯した光に照らされたセブルスの表情は、既にいつもの無表情を張り付けていた。

幼い姿のまま時を超えてやって来た片割れ。
何故このタイミングで此方に来てしまったのだろうと考えていた。
彼は右腕に呪いを受けてまだ二年しか経っていない。
恐ろしい体験だっただろうに、その事さえ自分の落ち度だったと言う。
あの頃――セブルスはただの無力な子供だった。
過去を切り取って表れたセネカは当時の悔恨を思い出させるに十分だ。
セネカに秘密があるように、セブルスにも秘密がある。

未来に起こりうる事を告げる事が出来ないなら、全てを打ち明ける事が叶わないなら、せめて。
守りたい。
その言葉がセネカを包み守ってくれればいい。

「…愛を捧げてる等と口にして、お前は『また』私を悩ませるのだな」

呟きは闇の中へと溶けるように落ちていく。
セブルスの思考も、また。
時同じくして、寝室で頬を熱くする者がいた事を彼は知らない。

***


朝日の射しこまない地下で一人目覚めた。
ひとしきりベッドの上でゴロゴロと悶え、全く開く気配の無い瞼を擦ってベッドから転がり落ちるように起きた。
切る事を反対された長いままの髪は、鏡を見るまでも無く絡まって見るも無残な事だろう。

「…まいったなあ」

独り言ち、様々な思いを込めて大きく息を吐きだした。
昨晩から何度漏らしたかもう覚えてない。
ぐらりぐらりと心が揺れ、身体を気だるげに動かす。
時間をかけてやっとこ身支度を済ませると寝室を後にした。
顔を洗って誰もいない研究室に行けばそこには珍しい訪問者が俺を待っていた。

「やあ、フォークス。おはよう」

ダンブルドアのペット、不死鳥のフォークスだ。
赤と黄金の色彩を持った美しい不死鳥はセブルスの執務机の上でその羽を休めていた。
その足元には一枚の羊皮紙。
フォークスの喉元を指先で撫でて挨拶しながら覗き込むと、見慣れた癖のある字で「急用で留守にする。朝食後はポンフリーの元へ。S.S」と簡潔且つ素っ気ない文面。
らしいなー、なんてクスリと笑いが漏れ甘えるように俺の髪を食んだフォークスに目を細める。
「お疲れ様」とメモにキスする俺に不死鳥は首を傾げていた。


場所は変わり、大広間へ向かうべく地下から出た俺を今現在フォークスが運んでくれている最中である。
嘴で摘むように、仔猫の様に持ち上げて。
有難いけどこれはちょっと傍目からみても情けない。
あぁ…足元がブラブラ安定しなくて不安になるんですけど。
体力の無い自分の為に態々ダンブルドアが派遣してくれたんだとは思うけどさ…もっとこう、足を掴んでとか違う方法があると俺は思うんだが。
言っておくが俺の脚をフォークスが掴んで、じゃないぞ。
俺がフォークスのを、だ。

「あー……フォークス…好意は嬉しいけど、何とかなんないのかなあ…これ」
「きゅぅ?」
「咥えながら鳴くなんて器用だな」

大広間に到着して顔を出すとマダム・ポンフリーが一人俺を待っていてくれた。
ローブの襟を咥えられたまま登場した俺に彼女は眼を丸くしたが、近寄った俺の顔色を覗き込むと少し眉を寄せ校医の顔に切り替わった。
俺はそれにちょっと首を竦め、何でも無い風を装う。

「おはよーございます、マダム・ポンフリ―」
「おはよう。まあまあ…、顔色が優れませんね。余り良く眠れませんでしたか?隈が出来てますよ」
「う…ん、ちょっとだけです」
「嘘おっしゃい。そんな青い顔をしてちょっとなものですか。貴方は直ぐに誤魔化す癖があるのですから。セブルスから連絡を貰っています…今日は大人しく安静にしている事、良いですね」

「はーい」と良い子の返事をする俺に頷くと、ポンフリーは俺を座らせてから席に着いた。
ガランとした広間に空席の多い長テーブル。
寂しい朝食が済む頃には天井の空模様も夏の青い空を映していた

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