分岐点 extra

未来生活 4


「ルーピンには近づくな」

部屋に戻って開口一番にコレである。

小脇に抱えた俺をそのままに、セブルスはマダム・ポンフリーに引き取る旨と謝辞を告げて医務室から足取荒く退室した。
去り際にルーピンへ嫌味を言う事も確りと忘れずに。
どこ吹く風といったルーピンと厳しい表情を崩さないセブルス。
その二人の間に、尻を向けたままの俺。
…ここはやはり「やめて! 僕の事で争そわないで!」なんて言ってみるべきだったか否か。
ルーピンにバイバイと手を振られそれに応えて振り返して、気付いたセブルスに二人して睨まれてしまったけど。
鼻先で閉まった扉にめちゃくちゃビビったけど。

「――いだっ! またか! 額がヘコんじゃうよ!」
「くだらない事を考えているからだ」
「言わなかったからセーフなんです――ぎゃおっ、待った! 連続は流石に勘弁してよね!」
「フン、思った時点でアウトだ馬鹿め」
「…ねえセブ、何でそんなに怒ってるのさ。あの人の何がダメなの?」
「……」

セブルスはソファに座らせられた俺の前を何度か行ったり来たり。
イライラしているのか眉間の皺がくっきり刻まれている。
そんなんじゃ見てるこっちまでしかめっ面になっちゃうぜ。
暫く歩きまわって、気持ちを落ち着ける為か大きく深呼吸してから漸く俺の隣に座った。
そしてむっつりと押し黙った。
…いやいや、ここでだんまりですかセブったら。

ちらりと顔を窺ってからセブルスの膝に乗り上げる。
ぴくっと眉が動いたが気にせず続行。
足を跨いで向き合って、腕を組むセブルスと同じ様に組もうとして…動かない事を思い出し左手をセブルスの肩に置いた。
ゆっくりと思い出すように語りかける。
さて、納得のいく説明をしてもらおうじゃあないか、セブルス君。

「あの人、僕が此処に居る事を知っていたね」
「……」
「セブルスはMr.ルーピンの事、嫌い? 近づけたくないのはそういう理由?」
「……違う」
「じゃあ、何? あ、もしかして嫉妬だったりし……セブ、なんでそこで顔を逸らすのさ。冗談だよ。え? 図星ふがふふ」
「黙れ」
「もふだふぁってまふ、くふしいぃ…」

俺の口封じとして頭を胸に押しつけたセブルス。
構ってもらえて嬉しいけど、ちょ、息が…!
もぞもぞと動いてなんとか顔を出すと、腕が緩められて解放された。
見上げて確認した顔は、先ほどよりも穏やかなものになっていて安堵の息を漏らす。

「ルーピンが何故セネカの事を知っていたかは…恐らく、ダンブルドアが係わっているだろうな」
「ああ、うん。なんかそんな気はする」
「私は…お前にあの男が接触する事を望ましく思っていない」
「今日みたいに会ってしまった場合は?」
「……」
「セブルス。僕はね、セブルスのお願いにすっごく弱いんだ」
「…知っている」
「うん。だからね、お願いしてくれればすっごく善処する」
「…確約してはくれないのだな」
「緊急事態の場合にはその限りでは無い…て感じ」

へらっと笑う。
善処するって言ってるじゃないか。
また会うなんてのはもう早々無いとは思うし。
後でダンブルドアには抗議しないとな!
セブルスは俺の答えに満足してはいなかったみたいだけど、最終的には頷いた。
残念ながら「お願い」って言ってはもらえなかったけど。
それよりもむすっとした顔が可愛いんですけど…。
なんなの? 俺の弟はかっこいいくせに可愛いの?
なんでそんな欲張りな容姿に成長してしまったの?
俺が育てるとこうなるの?

「流石は俺の愛しく可愛い弟!」
「何だ唐突に…相変わらずその恥ずかしい文句は健在だな」
「いやだって真実だし」
「セネカだけだぞ、そんな事を言うのは…」
「俺だけの特権にしておいてよ。それに、僕がこうして愛を捧げてるのなんてセブルスだけだし」
「……」

いやだからなんでそこで黙るのさ。
ふいっと顔を逸らして額に手を当ててるセブルスに首を傾げた。
妙に気だるげである。
おいそこ溜息吐くなって。幸せが逃げる。
暫くそんな様子を観察していたが、そこで俺はある事にハッと気が付いて名前を呼んだ。

「セブルス」
「…今度はなんっ」

顔を此方に向けたセブルスの頬に手を添え、ちゅっと可愛らしいリップ音を立てて左右両方にキスを贈る。
身長差があるから膝立ちになるので、これがかなり密着する効果がある。
眼を見開いて固まる姿に「おかえりなさい」とまた頬にぶちゅっとかます。
そう、これが俺なりの「おかえりなさい」を込めた挨拶なのだ。
見よ! 眩しい位のこの笑顔を。
てかいい加減に慣れようぜセブ。
そんな反応されるとまた調子に乗ってやり過ぎますぞ!
顔中にキスの嵐がお望みならね。

「お前は…いい加減普通に言っては貰えないものですかな」
「動揺するセブ面白いね」
「私で遊ぶな」
「暇だし、相手してもらえると思うと嬉しいし。そう思うと伝えるならコレしかないなって」
「……セネカ」
「ん?」

歯切れ悪く言い淀むセブルスと、急かすでもなく待つ姿勢の俺。
睫毛なげえな、なんて思っていると薄い唇が僅かに動いた。

「…寂しいか」
「……」
「過去の私が恋しいか」
「……」

感の良い弟はこれだからもう。
まあ正直に言うと寂しいですよね。
向こうでは常にセブルスが傍に居た訳だから。
しかし、俺にとっての当然を今のセブルスに押し付けるというのは我儘でしか無い。
出来る限り傍に居てくれてるのは知ってる。
こうして構ってくれる温かさも嬉しい。
てか寧ろ俺の方がガンガン望む事を叶えてあげたい位なんだけどね。

曖昧に笑った俺にセブルスは眉を顰めた。

「言霊って知ってる? セブルス。言ったらその言葉は現実になって影響を及ぼすの」
「…だから私には言わないという事か」
「伝えたい相手に言うのは本当になってしまうからね。だから無闇に死ねとか嫌な言葉は口にしない事にしてる」

言葉には力がある。
魔力を込めればそれは人を物理的に傷つける事も可能だ。
一般に魔法使いとは呪文によって杖を媒介に増幅させ魔法を放つとされているため、使いこなす者は滅多にいない。
俺が杖無しに魔法を行使する原理も、コレの応用なのだが。
…今度セブルスにも杖無し魔法の極意を伝授するべきかねえ。
覚えておいて損は無い。
手取り足取り教える想像に浸っていると、セブルスは想定外の切り返しをしてきた。

「ならばその逆もまた然り、ではないのか?」
「?」
「…望む事をちゃんと口にしろという事だ」

驚いた。
そういう風に言ってくれるとは思っていなかった。
予想外といった顔で目を丸くした俺にセブルスは鼻を鳴らして「早くしろ」と目で急かした。
急にそんな事を言われて、視線が右斜め上を目指す。
やばい、思いつかない。

「早くしろ、そんなに待たないぞ」
「え、ちょ、待って考えてる途中だよ! うーん……あ、そうだ。セブ」
「なんだ」
「ちゅーして」
「……は?」
「お返し。おかえりのチュウのお返しして。僕からばっかりだからセブルスからも欲しい。ちっちゃいセブはしてくれたでしょ?」

未だ乗り上げたままの膝上で更ににじり寄る。
うっと若干身を引いたセブルスは、背もたれが邪魔をしてこれ以上下がれない事に気が付いた。
ニヤリ、と俺の唇が持ち上がる。
それを見て諦めたのか、セブルスは難しい顔を作り顎に手を当て考えるよう目を閉じた。
ブツブツと薄い唇から洩れる呟きに、なんだか必死さが垣間見えて非常に可笑しい。
いやいやいや、なんでそんなに考え込むの。
たっぷり間を置いてセブルスはむすっとした顔でこう言い放った。

「私は、その…セネカの言動に乗せられる訳でもない…今まではセネカの『手紙』に乗せられるのも癪だっただけなのだからな」
「はい? …『手紙』ってなんのこと?」

言われた意味が上手く咀嚼できずにいると、顎を細長い指にすくわれた。
反対の腕は逃がさないように腰へと回されていた。

唇に柔らかな感触。
耳に届いた、軽いリップ音。

えっと思う間もなくまたもう一度。

「これでいいか」

顎に添えられたままの親指が下唇を優しくなぞった。
その動きが妙にエロチックで、顔に熱が集まる。
俺が固まったまま停止していると、セブルスは怪訝そうな表情で覗き込んできた。

「なんだ、まだ足りないと言うのか」
「いや、そう言う事じゃなくてね…」
「自分で望んだ癖に不満があるのですかな」
「…! 分かっていて!」
「フン…先程まで私をからかっていた罰だ」

クツクツと肩を揺らして楽しげに瞳を細める姿を、俺は恨めしげに見上げた。
実のところ先ほど一瞬、またされるかと胸が期待に妖しく騒いだのを気づかれないようにするのに、俺は精一杯だったのだが。

『精々大人の色気たっぷりの俺の愛しいセブルスでも堪能していけよ』

混乱する脳裏を掠めたのは手紙の一文。
成程と思うと同時に俺は猛烈に未来の自分に抗議したくなった。
同じ道を通ったというなら、裏の意図など読ませるな。

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