分岐点 extra

未来生活 3


人気の無いホグワーツでの生活は順調に進む。
セブルスはしょっちゅう出かけるが、居ない間、俺は読書等して大人しく過ごしていた。
居る間は勿論、ウザいくらいにべったりだがな!
忙しいのに俺を抱える事になってしまったセブルスには大変申し訳なく感じる。
でもさ。それを言うと怒られる事は確実なので感謝の念を「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」に過分に注ぎ込んだ。
…この前はやり過ぎて動揺させてしまい怒られたけど。
別にそんなセブルスで遊んだりなんてしてねーぜ。

疲れてる癖に、そんな素振りを見せないセブルス。
これ以上の負担は絶対掛けないぞ、と思いながら日々を過ごしていた。
まあそんな事も感の良いセブルスには見透かされてそうだが。
…たまに感が良すぎてあのこ開心術使ってんじゃないかと勘ぐってしまうんだけど。いや信じてるけど。
あのヴォルデモートとかいう男には覗く事が出来なかったのに。
…セブルスに対してオープンハート過ぎるからなあ俺は。


二週間もすれば驚く事に、右の掌は感覚が戻っていた。
これは驚異的な回復である。
体調も聖マンゴで過ごしていた時より大分良い。
俺の体調が優れなかったのも環境が変わったばかりの頃、少しだけ。
感嘆すべきは此方で服用する薬だ。
以前飲んでいた副作用有りの強力な薬は、飲めば眩暈はするはで辛いものがあったというのに…コレにはそれが無い。

「凄いね」
「何がだ?」
「この薬だよ。効果は…前に飲んでいたのより効き目があるのに副作用が少ない。飲みやすいし、匂いもいい」
「…煎じている者の腕が良いからな」
「きっと凄く優秀な人なんだね。だって、セブルスが褒めてるじゃん」
「……」
「…なんで黙るのさ」

こんなやり取りも記憶に新しい。

澄んだ青色をした鈴蘭の香りのする薬。
よくよく見ると薬瓶の目立たない箇所には二匹の蛇が互いの尾を噛みあい、円を描いていた。

『二匹で廻るウロボロス』

何の意味があるかは不明だが、恐らくは煎じた者が施した印だろう。
この薬も何れ開発されるだろうが、是非とも成分を調べてあちらでも服用したい。
…ムクムクと膨らんだ欲は捨てるべきだろうに。
分かってはいてもこの誘惑は余りにも魅力的で甘く、同時に辛い。
そんな思いが顔に現れていたのだろう。
セブルスは俺の頭に手を置いて「何れわかる」と言ってくれた。
――俺に優しいセブルスの存在も、同じくらい魅力的で甘いものなのに。

無条件で受け入れてくれるからこそ込み上げる複雑な感情も、また厄介だ。


そんな中…事件というか、出会いは突然訪れた。

すっかり習慣となった俺の過剰なまでの「いってらっしゃい」を受けたセブルスはマダム・ポンフリーの元へ俺を預けた。
一人で留守番させるには心配で、一人で居たら何をしでかすか分からない俺に目を光らせる為の処置。
…なにさ、ちょっとくらい実験器具で調合しようとした位で。
ぶーぶー不満を垂れる俺にしっかりと釘を刺したセブルス。
マダム・ポンフリーにそれを慰められて、俺は医務室で本を読んでいた。

セブルスの蔵書から勝手に漁って持ち出した分厚い魔法薬関連の本は、大変興味深い。
夢中になって読書に勤しんでいた俺は廊下から届く足音にも気が付かず、扉を開けられても顔を上げる事さえしなかった。

「失礼、マダム・ポンフリー…」
「あら、どうしたんですか? 貴方が此方に来るなんて…ダンブルドア校長ならいらっしゃらない筈ですが」
「いえ、実は――…」

会話が突然途切れ、此処で漸く俺は訪問者がいた事に気付いた。
文字を追う事に専念していた目線を上げ、顔を開かれたままの扉に向けてポンフリーと話していた人物に首を傾げた。

継ぎ接ぎだらけのローブに白髪交じりの鳶色の髪。
顔色は青白く俺といい勝負だが、背筋はすっと伸びていて病人の様には思えない。
なんともみすぼらしさを感じさせる出で立ちだが、本人はそれを全く意に介してなさそう。
彼は俺を見つけると一瞬驚きに目を見開いて直ぐに微笑んだ。
なんと、手まで振っているぜ。
改めて言うまでも無いが見た事の無い人物、である。
しかしその表情に俺は直ぐにピンときた。
この人、俺もしくはセブルスを知っている可能性大、だな。

彼は俺には聞こえない程度の音量で何事か話すと、苦笑しながら奥の事務室に戻っていくポンフリ―を見送った。
ややあって、窓辺の椅子に腰かける俺に近づいてきた。
数歩距離を置いて立ち止った事で、彼の顔には無数の傷跡がある事に気付く。

「やあ、こんにちは」
「…こんにちは。おじさんは、だれ?」
「お、じ…」

にこやかに挨拶をされ、子供らしい笑顔で小首を傾げる俺。
彼はマダム・ポンフリーも面識のある人物だ。
別段怪しい…見た目もそうだがそう感じるモノは無い。
ホグワーツに出入り出来る程なら教員という可能性もあるが、それならばポンフリ―の紹介があっても良い筈。
てかマダム俺に丸投げしたでしょう。…そうでしょう。

「私はリーマス・ルーピンというんだ」

おじさん発言に一瞬目をパチクリさせたルーピンは声を立てずに笑い、穏やかな声で名乗った。
優しそうな笑顔は好印象といった所。
読んでいたページにブックマークを挟みこみパタリと閉じ「僕はセネカです。初めまして、Mr.ルーピン」と俺も返す。
名を口にした瞬間、懐かしそうに細める目を見て、予測は確信に変わった。
此方に来て何度か向けられたモノと同質の眼差しだ。
ルーピンは楽しげに肩を揺らすと、そのまま向かいに椅子を引いて座り指を組んだ。
どうやら彼は少しばかり長居する予定のようです。

「君と話がしたくて。少しだけ時間をくれないかな」
「別にいいですけど…」

いや、既に座っておいて何言ってんの。
遠慮がちに請う姿に仕方ねえなと内心、溜息を吐いた。
ルーピンは嬉しそうに眉を下げ、ふと俺の手元にある本に視線を落とし驚きに瞬いた。

「随分、難しい専門書を読んでいるんだね。その歳でもう全部理解出来るのかい?」

しまった、と思うが表には出さず小さく頷く。
まあ、普通はこんな難しそうな本を熱心に読む七歳児なんていないよなあ…俺とかセブを除いて。
左手で重たい本を大事そうに抱え、少し眉を寄せて口を尖らせ、俺は拗ねたような顔をする。
…いや、実際拗ねていますけど?
静かな読書の時間を邪魔されたからとかそんな、些細な理由ですけどね…。

「……まだ途中だけど」
「あぁ…すまないね。中断させてしまったのは私の所為だった。お詫びといっては何だけど。ほら、チョコレートでもどうだい? これは特別美味しいよ」
「え、チョコレ――…あー、だめ、僕貰えない」
「おや、どうしてだい? 遠慮しなくても良いんだよ」
「……セブルスが『甘いものばかり食べては駄目だ』って、今日も出かける時に言ってた。あと僕、さっきマダムにクッキー貰って食べちゃったよ」

そうなんです聞いて下さいよ、奥さん!
セブルスは出かけていく際に必ず同じ事を言う。
勝手に実験器具を触ろうとするな、という注意と同じ頻度で言う。
俺がちゃんと頷くまで毎回しつこくな!
てか余りにも真剣な表情で言っていくものだから、そんなに菓子ばかり食っているのかと実際胸に手を当てて聞いてみた事がある。
ふっ…残念ながら答えはYESだった。
セブルスは現主治医として体調管理にも気を配っているからなあ。
なのでバレた時、後が怖いので最近俺は素晴らしく良い子だ。


「――セブルスなら、言いそうな事だね。セネカには」

ぽつりと呟かれた言葉に、セブルスの部分に反応してルーピンを見上げる。
懐かしさと喜びと悲哀を混ぜて見つめ返す瞳が、一瞬だけ俺の右腕に注がれる。
瞬きにも満たない時間だったが、俺にはそれで十分過ぎる程だった。

「…ねえ、Mr.ルーピンは僕と何のお話がしたくて此処に居るの?」

思ったより硬い声が出た。
ルーピンは俺の雰囲気がガラリと変わった事に気付き、戸惑いながらも言葉を探して何度か喘ぐ。
小さく息を飲み込んだルーピンの喉。
迷った末、彼の右手は俺の頭に伸び、指で髪を梳いて撫でた。
彼は笑顔を見せたけど、一体『だれを』笑っているのやら。
自虐的に見えるのは俺の気のせいだろうか。

何の反応も見せずただただ見上げる俺の瞳を見つめ、彼は口を開こうとした。
しかし、

「セネカ…私は――」
ルーピン!
「…やあ、セブルス。早かったね」
「貴様…此処で何をしているのだ…セネカから離れたまえ」

突然、その場に漂った空気を切るような押し殺した声が医務室に響いた。
入口で立ち止ったセブルスは厳しい表情と視線でルーピンを射る。
振り向いたルーピンの横顔は困ったような表情に変わり、この状況は半ば予想していたのだと読めた。
カツカツと足音を響かせ近付いてくるセブルス。
これは非常にまずい。と、何故か背に冷たい汗が流れた。
え、てかなんでそんな掴み掛らんばかりの勢いで怒っているの?

意を決した俺は果敢にもこの雰囲気を払拭するべく立ち上がり、

「セブルスー!! おかえ、む、ぎゃっ」

愛しい弟の腰めがけて走り寄った筈なのに、気が付けばセブルスに小脇に抱えられていた。
なんとゆう俊敏な動きか。
セブルスの右手に俺、左手に本というこの状況。

…おいちょっと待てセブルス。ルーピンに尻向けてるぞこれ。
尻を向けて会話しろという計らいならば謹んでお返し致しますが。

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