分岐点 extra

未来生活 1


朝が来た。

ベッドの中でまどろむこの幸せは何ものにも代えがたい。
常なら二度寝を貪り半覚醒と行ったり来たりするのだが、本日はそうも言ってはいられないのだ。
重たい瞼をこじ開けようと身を捩る。
そこでふと、頬にあたるものがセブルスの胸板だと朦朧としながらも悟り、普段より二倍速で目を開く。
自他共に認める低血圧である俺にとって記録的な早さだ。
…馬鹿にすんな! ほんと凄い事なんだぞ!

そのまま夢見心地の俺は特に深く考えず「シャツからのぞく胸元しぇくしー」なんて、うっとり言って左手でぺたぺた触りまくってしまったのだった。
ふっ…寝起きというものは時に人を大胆にさせるのさ。
なんてな。
触り心地は硬めの平均的な男の胸板。
あまり筋肉の付き易い体質じゃないらしく、それなりに逞しいがムキムキでも無かった。
残念。体質ならば仕方無いね。
それにしてもセブルスったら着痩せするタイプなのな。

「……おい」
「…おー、セブ、おあよ…」

そうこうする内に胸板の持ち主も目を覚ましたようだ。
此方も同じく低血圧なセブルス。
ぼーっとした視点の合わない黒い瞳にへらへらっと笑い、呂律の回らない朝の挨拶をした。
途端にセブルスは何かに耐えるよう目を瞑る。
ちょ、セブ。それはアレだよな…笑顔が眩しかったとかそういう反応だよな。
無垢な笑顔が尊い的な…なっ!
何せ小さなセブルスの「セネカの寝起きは普段の三割増しで締まりが無い」というお墨付きの顔だ。
きっと他人には絶対見せられないくらい酷いのだろうが…流石の俺も傷付くぜ。

「…いつまで触っている」

いやだって、目の前にあったし。つい。
何度か瞬き覚醒したセブルスは漸く自分の状況に気がついたらしい。
眉間に皺を作って若干呆れたような声だった。
止められて名残惜しく手を引っ込め、セブルスに手伝ってもらい起こしてもらう。
ついでと言っては失礼だが、身を離される前に素早く朝のキスを贈ると溜息を吐かれてしまった。
…何故に我が弟は溜息ばかり吐く。
不思議に思い首を傾げつつ「ねえ、今はしないの?」と聞くと、

「知らん」

言ってそっぽを向かれたので俺はクスクスと忍び笑いを殺すのに苦労をさせられた。
そんな反応されたら分かっちゃうじゃないか。

「…あ、セブ」
「なんだ」
「寝起きの声が擦れてせくしぃー」
「……」
「うん、ごめんなさい。お願いだから睨まないでください」

朝一で怒られた。

***


顔を洗い身形を整えたセブルスに見守られる中、俺も顔を洗う。
あっちこち自由に跳ねている後ろ髪を撫でつけて鏡で最終確認。
長い黒髪は肩を優に超し、背の中ほどまである。
後ろ姿だけ見れば女の子みたいだ。
いっその事バッサリ切ってしまいたい…後で提案してみるべきか。

清潔なタオルを渡されて、此処で当面の問題を思い出した。

「あ、僕着替えない」

身一つで此方に来たのだからあたり前だが。
ついでに足も裸足なのだが。
困ったなと思いながら俺を監督していたセブルスに訴えると、なんともあっさり「問題無い」と言われてしまった。
どういうことだ?
首を傾げながら再び抱き上げられ研究室に行くと、そのまま暖炉の前のソファに着地、着席。
目の前のテーブルには段ボールが一箱。
どうにも説明不足である。

「これは?」
「昨夜のうちに『セネカ宛に』届いた荷物だ」
「僕に? 誰が?」
「お前に、お前が」

…ああ、そういうことか。
って、おいちょっと俺。いやお前、いや俺……ああもう! ややこしい!
準備良過ぎだろう!

開けてみると中には着替え一式や靴、包帯セットと薬、その他諸々の生活用品。
そして、何故かリュックが入っていた。
可愛らしい緑のチェック地に銀糸でスリザリンのシンボルマークが縫い取られている。
あはは…流石は俺…楽しんでやがる。
既に俺の愛しい弟の職業が魔法薬学の教授で、スリザリンの寮監も兼任していると聞いていたので態とだとしか思えない。
ていうか狙ってるだろ。

「ピクニックに行けって事なのかな……ん? …手紙が、二通?」

段ボールの底から白い封筒にシーリングワックスで封を施された手紙を発見。
宛名は俺とセブルスだ。
片方をセブルスに手渡し、自分宛を開けて読むと…何とも俺らしい文面に頭を抱えたくなった。


『拝啓 過去から来た俺へ、
いやいや…何か改めて書くとすげえ笑えるな。
まあ心配はするな。特に問題無く過ごせると思う。
精々大人の色気たっぷりの俺の愛しいセブルスでも堪能していけよ、以上』



おい…これだけか。
態々手紙を書いてこれだけか。
しかもお前、いや俺の本題は最後の一文だろう絶対に。

溜息を吐いて顔を上げると、同じく手紙を読み終わったセブルスとバッチリ目が合う。
視線で問われ、脱力していた俺は面倒になってそのまま手紙を渡した。
さっと内容に目を通したセブルスも、俺と同じように脱力していた。
ああ、うん。ほんとごめん。俺がごめん。
朝から疲れさせて申し訳無さ過ぎる…。

「変わり無い様子に安心したか」
「変わらな過ぎて僕…セブルスに申し訳ないよ」
「全くだな」
「セブの方は、なんて?」
「…あー…いや、…まあ似たような事だ」
「ふーん?」

言い辛そうに口籠ったセブルスを特に不審に思わず、俺は早速パジャマを脱いで服に袖を通した。
…あ、その前に包帯を替えて貰わないとな。
毎日の日課を忘れそうになるなんてまだ寝ぼけているみたいだ。

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