分岐点 extra

長い夜


目覚めた時間帯が真夜中だという事は何となく分かってた。
それなのにダンブルドアに呼び出され文句も言わず(不機嫌そうだったけど…)駆け付けたセブルスの顔色には、少々疲れが見てとれた。
スーパー狸爺ダンブルドアは良く分からなかったが。
でも確実に二人とも休憩は必要だろう。

今後の事を大体纏められこの場は一先ずお開きとなり、大きな欠伸をした俺はセブルスと共に退出するべく席を立った。
…別に俺の質問がスル―され続けた事に不貞腐れてねえし。

「で、僕はどこ行くの?」
「私の部屋に決まっているだろう」

いや聞いてないからね。
でも内心「やった! セブルスの部屋にお泊り!」と喜んだ俺は重くなった瞼を擦って欠伸した。そしてそのまま、

―――ガチャンッ

よろめいて膝をしこたまテーブルに打ちつけた。
あっ、と思った時には華奢なカップはテーブルから落ち、重力に従い落下しようとしていた。
スピナーズ・エンドであまり豊かとは言えない生活を送っていた俺は「やば、高そうなカップが!」と植えつけられた貧乏根性を発揮させ気がつけば…指先をティーカップへ照準を定めていたのである。

さてここで思い出してほしい。
俺が指一本で出来る事といえば?
…全ては一瞬のことだった。

一時停止したカップとソーサー、飲みかけの紅茶は何事もなかったように元の位置に戻る。
零れた部分は指を振り無言呪文でさっと消す。
一連の動作をとろんとした表情で成し遂げ、無事死守出来た事に満足気に息を吐いた。が、次いでハッと目を瞬かせ恐る恐る前方を見上げた。
…ははっ、ダンブルドアとセブルスが此方を凝視しているぜドウシマシタ―? んー?

誤魔化すようへらっとダンブルドアに笑いかけるとあちらもにっこり。
同じようにセブルスへも向けると…世にも恐ろしい笑みで左肩をガシリと掴んできた。
例えるならば蛇や猛禽のよう。
やだなセブルスったら顔がこわい!

「ズバリ魔力の暴走に違いない」
「誤魔化すならもっと上手い言い訳を言え馬鹿者」
「セ、セブ…顔がひどいことに…」
余計なお世話だ!
「う、いだっ! デコピンとか!」
「喧しい。私にはお前が魔法を使った様にしか見えなかったのだが、これは一体どういう事でしょうなあ……」
「…言わなきゃ…だめ?」
「お前は昔から私に嘘は言わないが秘密主義だ。つべこべ言わず隠している事をさっさと吐け」
「…ふぇーい」

赤くなったであろう額を撫でながら、俺は涙目で「魔法が超使えます…」とボソボソ話し始めたのである。
何もデコピンとかしなくてもいいじゃないか。

「…なるほどのう」
「セネカの非常識は今に始まった事ではないが此処までとは。杖も無しとは常識も無いな」
「しかも無言呪文じゃ…うーむ」
「自分の体調の事をもっと考慮しろ。その弱った体で魔力を消費する際の影響がどう働くかも分かってはいないのだぞ、馬鹿者」

散々な言われようである。
特にセブルス。容赦無いぜ。
…心配してくれてるのは分かってんだけどさ。
自分でもこれについては(これ以外も、ではあるが…)非常識極まりないと思ってはいるのに。
記憶云々は省いて説明すればこの言われよう。


さて。まずいなあとは思うがどこか余裕の俺。
残すところ最後の砦は記憶である。
どの道魔法に関しては緊急事態で行使することに躊躇いは無い。
この様子では今までちゃんと秘密を死守出来ていたらしいが。

「セネカや。魔力の目覚めはいつ頃からか覚えてはおるのかね」
「ん、三歳」
「魔法を使い始めたのは?」
「…五歳」

あちゃー…と冷や汗をかきながら答えると、二人は瞬時に目配せし合う。
御二人さん随分と息が合ってらっしゃいますね嫉妬するぞちくしょう。
直感的に「ああ、バレた」と悟った俺は最早どうにでもなれーと投げ遣りに「お陰で厄介なのに目を付けられた」と続けた。

そういえば未来の俺はアイツの手から逃れられたのだろうか?
あのヴォルデモートとかいう男から。
ダンブルドアと交わした『約束』は?
ふと、気にしてはいけない事と思いつつも頭に次々浮かぶ。

…やめだやめだ。
こんなこと、考えては駄目だ。

未来の情報など得て俺はどうしたいと言うのか。
最善の選択? 理想的な形で進む未来?
今ここで先の事を知ろうとも、どうせ決めるのは自分自身だ。
悩む事だって沢山あるだろうし間違う事だってあるだろう。
過ちだって犯すだろうし後悔もするだろう。
でも、それでいい。
それでいいと納得しなければならない。
一つ知れば欲は益々膨れ上がるから。

考えを振り払うように俺は頭を思い切り振った。
鎌首を擡げた傲慢が自嘲の笑みでなりを潜める。

「僕は後悔してない」

嘘つき、と心がざわめく。

「これのお陰で命は失わずに済んだ」
「……っ」
「未来の自分が何をして、結果どうなったかなんて言わないでね。
それに初めから僕に此方の世情も情勢も一切教えるつもりないでしょ? アルバス。貴方は言うべき事があるならこの場で既に言ってる筈だ」
「そのとおりじゃ」
「ならば結構。僕は僕で治療に専念するしセブルスと戯れたいと思います。…って、ことでセブルス抱っこ」
「……」
「眠くて、もうまともに歩けなさそうなんだ。ね? 連れてってー」

ずっと苦虫を噛み潰したような顔で沈黙していたセブルスに甘えた声で頼む。
何を考えているのかなんて、分かり切っている。
君は俺の愛しい片割れ。
だから敢えてこの空気を払拭するように笑う。
間を置いて、無言でセブルスは俺を抱き上げ腕に乗せた。
ぐらつかない様しっかりと左手をセブルスの首に絡ませ「じゃ、おやすみなさいアルバス」と言って校長室から共に退室した。

去り際、振り返った先のダンブルドアは悲しそうで、見なければ良かったと後悔した。
彼の慧眼はきっと全てお見通しだ。

***


「ルーモス」

杖先に光を灯らせ、真っ暗なホグワーツを歩く。
光に照らされ眠っていた絵画の住人たちが抗議の声を上げるのを、俺は懐かしい思いで眺めていた。
夜のホグワーツなんて生前の卒業以来だな。
カツカツと足音を誰もいない校内に響かせ俺を抱えたセブルスは、地下へと降りて行く。
長い長い階段を下り地下牢へと続く廊下でピタリと足が止まった。

「ここ?」
「……」

重厚な扉の前で声をかけるがそれに答える事無く、セブルスは扉を開けて室内へと身を滑らせた。
部屋に光が灯ると俺は思わず「わお…」と感嘆の声を漏らしていた。
棚に並んだ沢山のホルマリン漬けや瓶に詰まった薬。
本棚には専門書なのか茶色や黒の背表紙がずらりと並び、入りきらなかった本が床にも山となっている。
わかる。すごくその気持ち分かるよ。
入らないなら積むしかないよね…。
机の上にも羊皮紙や羽ペンやらがごちゃごちゃ。
想像外で、想像通り。

「まさかここで寝てるの?」
「…いや、ここは研究室だ。奥に私室がある」

ずっと無言だったセブルスが漸く言葉を返してくれて、俺はホッとする。
そのまま研究室を突っ切って奥の扉を開け、続き廊下を進み……寝室に入って直ぐにこれまた目の前に本棚がどーん。
思わず苦笑すると漸くセブルスは俺を下ろし、ベッドへと座らせた。
薄暗い寝室。天井付近にある明り取りからの僅かな光はあまり意味をなさない。
ローブを脱ぐセブルスをなんとか確認出来るくらいだ。

ギシッとスプリングが軋む音と沈み込んだ感覚で、隣に座ったのが分かった。

「……」
「……」

おいちょっとお互い無言とか。
気まずいったらありゃしないぜ。

沈黙が続き、次第に暗さに目が慣れてくると隣のセブルスの顔を見上げ…、じっとあの黒い瞳で見つめられていたという事にギクリと身を強張らせた。
無機質な黒は奥に感情を燻らせ、僅かな光さえも吸いこんで閉じ込めていた。
その表情は暗さで、上手く読めない。

「セネカ」

豊かなバリトンが俺の名を紡ぐ。
校長室に居た間はずっと不機嫌そうな声だったのに、急に甘さを増したそれに鼓動が跳ねた。
これは驚きの吸引りょ…違った、破壊力だ…!
いやいやいや、想像以上、予想以上!
ぶつぶつと口の中で呟く間に、気がつけば俺の頭はセブルスの腕に抱き寄せられていた。
ふわりと香った薬草の匂いと混じった体臭に包まれ、違う意味で鼓動が鳴る。

「セブ、ちょ、くるし…」
「お前が悪いのだ、少しくらい我慢しろ」
「……ごめん」
「謝罪も求めてはいない」
「……」
「此処にいる間は出来るだけ傍に居ろ」
「…うん」
「お前は――私がどれ程心配しているかを知らんのだ……過去も。そして今も」
「……セ、」
「セネカに言っても仕方ない事だとは分かってはいるのだが、な」

もう寝ろ、子供はとっくに寝ている時間だ。
盛大な溜息を俺の頭上に降らせ、言いたい事だけ言ったセブルスは上掛けを捲って俺を抱いたまま寝る体勢に入ってしまった。
たぶん、答えなんていらないのだろう。
でも顔まで被せられて息だってし辛いという抗議の声を丸無視だとか酷いぜ。
仕方ない…もう今日は大人しく寝るか。
日付なんてとっくに変わってるだろうがな。

「セブルス」
「……」
「おやすみ」
「…ああ、…っ!」

小さなセブルスへ恒例となっているおやすみのキスを顎に(頬は届かなかった)贈ると、瞬く間に俺は夢の中に誘われていった。
大きな腕の中は暖かくて、胸に瞼を押し付けると少しだけ湿っていった。

***

You don't know how anxious I am about.
「君は私がどんなに心配しているかを知らない」

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