分岐点 extra

嵐の夜・異変


消灯時間も過ぎた真夜中、病室内は防音魔法でもかかっているのか窓の外の嵐も何のそので、静かだった。
そう嵐。
叩きつけるような雨が窓を濡らしていた。

「眠れん…」

妙に落ちつかなく、幾度もベッドの中で寝返りをうつ。

「(なんだろう。胸のあたりが、ざわつく)」

胸騒ぎというには穏やかで心躍ると表現する方があっている。
期待?
何に?
何故?
どうして?

ぎゅっと身を縮込ませ頭まで上掛けを被っていると、瞼がとろんと落ちてきた。
ああ、やっと睡魔がやって来たのかと逆らう事無く従う。
意識が、霧散する。
目を閉じていた俺には分からなかったが、まるで空気中に溶けるようにその場から忽然と――消失していた。

誰も見ていない春の夜。
退院まであと少しという最中の出来事だった。

***


ふわふわと漂う意識を捕まえて、目を覚ました。
オレンジの灯りが完全に覚醒を誘う前に二度寝を決め込もうと寝返りを打って、広いはずのベッドから墜落した。

「いっ……い? い、いい?!」

痛いと叫ぶつもりがみょうちきりんな奇声しか出なかった俺を誰が責められようか!
目を開けた先は見慣れた病室などでは無い全く違う部屋の中だったのだから。
おいこれベッドじゃなくてソファだし。

「…………」

訳の分からん事態に唖然とし周囲を見渡す。
絶句。正にそれが俺の心情を現す一言だろう。
壁に掛る沢山の額縁には絵画の住人。(皆、今は寝ている。絵の住人に睡眠なんて必要なのか否か甚だ疑問だ)
大小の天体模型と戸棚に飾られた魔法具。
よたよたと立ち上がり覚束無い足取りで部屋の奥に進む。
そこは壁一面にギッシリと書物が収められ、中央には年代物の執務机と椅子。
裸足の足裏からは床の冷たさが這い上がってきて、これが現実なのだと嫌でも思い知らされた。

――どこか懐かしい石造りの室内と動く絵画。
内装は違えど何度か訪れた覚えのある場所に似ている。それに…、

物思いに沈みかけた俺を、背後から聞こえた開閉音が引き戻す。
警戒に身を引き締めてさっと振り返ると、なんとそこに居たのは俺の見知った人物だった。

「…アル、バス?」
「おお、セネカ、目覚めたようじゃな」

急ぎ足で声を掛けながら歩くダンブルドアは俺の傍まで来て「さあ、先ずはそこのソファに掛けると良いじゃろう。立ち話では君の身体に差し障ろう」と背を押し、初めに目覚めたソファまで導いた。

戸惑った声を上げようとする俺をダンブルドアはにこやかに制した。無言で。
もう何がなにやら…頭の中は質問したい事でいっぱいだ。
取りあえずその紫色のローブ、凄いセンスだな!
心の底では思いっきり叫ぶが吉。

柔らかな座り心地の良いそこに身を収めると、向かいに腰かけたダンブルドアが杖を振って二人分のティーセットを用意した。
注がれた鮮やかな濃い赤色にこれまた自動で砂糖とミルク投入。
これでも飲んで落ちつけよという事だろうと理解。
礼を言って口に運ぶと、何故だか味は俺好みピッタリだった。

「君の好みは確か、角砂糖が二つにミルクたっぷり、で良かったかのう」
「良くご存じで…言った覚えは無いんですけどね」
「そこは企業秘密じゃ☆」
「とうとう星を捻じ込んできやがりましたか」
「…ふむ、やはり君はセネカで間違いないようじゃのう」
「……間違いないも何も、僕は僕でしか無いですけど」

一体どこら辺でそういう確認をしたかなんて聞きたくもないんですが、

「聞きたい事なら沢山ある」

真っ直ぐにダンブルドアを見つめると半月形の眼鏡の奥で思慮深い青い瞳が細められ、ゆっくりと頷いた。
眼差しの奥は衰えぬ鋭さが確かにあるが、それを温かみが覆い尽くしていた。
此方がむず痒くなる程の温度を持っていた。
まるで信頼する者を前にしたようなダンブルドアの態度。

目の縁に深い皺を刻み笑んだ彼が一気に年老いたと、そう感じる。

違う。感じるだけじゃない。
実際に近くで見て俺はそうだと確信しているんじゃないのか?
おかしいな。
俺からの距離で無く、ダンブルドアからの距離が以前よりも近しい気がする。
例えあの『約束』の事があろうとも、俺は未だここまでの信頼を示される覚えがない。
ふと、有り得ない可能性が過ぎったが…硬い表情のまま重い口を開いた。

「此処はどこで、俺は何故ここに、今は…いつ?」

簡潔に、聞きたい事を、正確に。
ダンブルドアが口を開くまでの間がとても長く感じられ、空になったカップを左手で弄んだ。

「此処はホグワーツの校長室。つまり今はわしの部屋じゃ」

やはりと思う。
あの懐かしさは記憶によるものなのだ。

「何故セネカが此処に居るかというとのう…すまんが、わしにも良く分からんのじゃ」
「分からない? 僕は目が覚めるまでは聖マンゴの病室に居たはずなのに」
「それはもう突然現れてのう。ほれ、今君が座っとるソファに。気持ち良さそうに寝ておっては起こすのも忍びなく感じての…」

いやそこは起こそうぜ。
しかし微笑ましげな顔で語られては苦笑するしかない。
キラキラと輝く瞳が少年の様な輝きに満ちていたとかもう別に気にしない。
態とだろ、なんて話の腰を折らない空気の読み方を選んだ俺は正しい。

「そして、これは君が一番知りたいことじゃろう。今は、」

――君の予想通り、君にとって此処は未来にあたる。

予感的中。
当たって欲しくない事態ワースト一位が目の前に転がり込んできて、唇がひくひくと引き攣って歪んだまま固まっている。

何度でも主張するが、退院まであと少しという最中の出来事だった。
誰か俺に恨みでもあるのかよ…。

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