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俺の入院している病室は聖マンゴの五階にある。
呪文による損傷を負った者の為の病棟だ。
各階毎に物品性・薬剤・植物性中毒等と患者が振り分けられていて、あたり前ながら訪れる年齢も様々だ。
しかし中々同年代の子供という者に出会う機会は無かったりもする。

「……ねえ、君、大丈夫?」

魔法界では子供は貴重だ。
確か生まれた子供は名前と顔を登録され、管理されてるんだったか?
特に興味の無い事柄だったので曖昧だが。
まあ、兎に角、特に純血に拘る名家あたりなんて年々出生率が下がっているのは今も変わらんだろう。
血の濃さに拘り過ぎて近親婚を繰り返すあまり絶えてしまう、なんて俺からしたら馬鹿馬鹿しいの一言だが実際ある話だ。

「あれ? ちょっと、あの……僕の声、聞こえる?」

穢れた血――マグルの血など入れるくらいなら…! なんて公言する男がそういえば昔居たな。
生前が純血の家柄だった為、マグルに対するあからさまな差別意識を持った奴等だって周りに多くいた。
今なら純血の魂を持って混血の肉を得た俺の事を見下すのだろうか?
(あっ、混血に純血の血を注ぎ込めば血は濃くなるのだろうか、なんて実験を思いついてしまった…忘れよう。どう考えても被検体は自分じゃないか…)

――因みに押し付けてくる奴はへし折ってやりたくなるのが俺だ。
いや別に俺は純血主義を否定してるわけじゃねえから。
そこは個人の思想の自由でいいだろ。
要は押しつけがましいのは御免だって話。

…かなり話が逸れてしまったな。

という事で子供は大切に保護され守られている。
だから――今、まさに目の前にいる子供との出会いなんて貴重な事なのだ。

「えっと、どうしよう…返事もないし、こういう時って誰か大人のひとを…あ、癒者を呼んできた方がいいのかな」
「……それには及ばないよ」
「えっ? そ…ぅ………わあ、ビックリした」

目を開けると、いつの間にか鳶色の髪の少年が俺を見下ろしていた。
ギョッとした顔で瞳を大きく見開いて。
まあ当然そうなるだろうな。
何しろ俺は今、階段の隅の方で座り込んで蹲っているのだから。
自分判断によると相当顔色も悪い事だろう。

さて俺が何故階段などに居るかという最もな疑問についてだが。
悪戯心というかちょっとサプライズ的な発想を思いつき、暖炉前で待機してセブルスを驚かせてやろう! とか思ったのが発端。
ほいほいと一人で階段を移動中に体力が尽き、具合が悪くなったのが理由。
先程説明したのが現状だ、以上。
そう、これを自業自得と言います。

「ごめん。声掛けててくれてたみたいだけど、返事するのも億劫で」
「ううん。それはいいんだけど…大丈夫? 気分が良くないの?」
「問題無い…ちょっと疲れちゃって、眩暈がするだけで」
「大丈夫じゃないよね、それ。…君、此処に入院してるの?」
「うん」
「立てそう?」
「いや全く」

入院してから全く手を付けていない長い前髪をかき分けて、足に力を入れてみる。
おう、まるで生まれたての仔馬の様にプルプルしてるぜ…。

「暫く休めば何とかなると思うから。…君こそ、此処に診察を受けに来たんでしょ? 僕の事は良いから行った方がいいよ」
「あ、うん……でも、僕の方はもう終わったから」

さっと表情を翳らせ歯切れ悪く言い淀む少年。
髪と同じ鳶色の睫毛を伏せて、包帯に覆われた両手を胸の前で握りしめた。
どうやら触れられたくない話題だったらしい。
ああ、…そういえば此処は二階。
生物性傷害を負った患者が来る場所だ。
もしかしたら恐ろしい魔法生物にでも噛まれて怖い体験をし、俺の言葉によって思い出させてしまったのかも。
知らずとはいえ悪い事をしてしまったな。

「悪い」
「え?」
「いやな事を思い出させちゃったかなって」
「……」
「僕の事は放っておいて良いよ。しばらくは壁とお友達してるんで」

びたっと壁に寄り掛かる姿勢のまま言うと少年はすまなそうに眉を下げていた。
次いでクスクスと小さく笑って、なんと、俺の隣に腰かけた。

「壁と友達なんて、寂しいね」
「…そこは冗談でも本気にしないでよ」
「うん。あ、断りもなく座っちゃったけど君が動けるようになるまで僕も居てもいい?」
「構わないけど…いいの? もう帰れるんじゃない?」
「まだ時間があるから大丈夫。それに、こんな具合の悪そうな子を一人にしてはおけないよ」

ちょっと待て。なんか年下扱いされて無いか俺。
確かに俺は平均より小さい身長だし、痩せててみっともないかもしれん。
セブルスだって俺と身長の高さは同じだ。双子だし。

「……僕と君はそう歳は変わらない様な気がするんだけど」

子供に更に子供扱いされた事に不満を漏らす。
すると直ぐに彼はお互いの年齢を確認し「え、同い年?!」と驚いて、またすまなそうに眉を下げて謝った。
口元は笑っていたがな!

「周りに同じ年頃の子がいないから分かんなかったけど…そう…そんなに小さかったか」
「うーん…ごめんね」
「濁した? 今濁したよね?」
「あはは」

曖昧に笑う少年をじろりと見上げる。と、階段の上の方から聞き覚えのある足音が下りてくる事に気がついた。
耳を澄ませていると程なくして見覚えのある長いローブが裾を踏むこと無く下りて来た。
正直に凄いと思う。
俺なら今頃こけてそうだ。

「アルバス」
「おお、セネカ。此処におったのか。姿が見えんで探しておったのじゃ」
「ごめんなさい。ちょっと調子に乗ったら動けなくなっちゃって」
「ふむ…どれ」

ダンブルドアが言うなり杖を振る。
ふわりと俺の身体が浮かび上がり、そのままダンブルドアの腕の中に収まってしまった。
おっとじいさま、無理するなって。

「ほっほっほっ。まだまだ無理はしておらんよ。君はちと軽すぎるくらいじゃ」
「貴方といいセブといい…僕はまだ何も言ってませんが」
「おお、そうじゃ。その弟が首を長くしてお怒りの様じゃが?」
「げっ」

具合の悪さだけでなく明らかに違う理由で顔色を青ざめさせた俺を抱いたまま、ダンブルドアは少年に向き合って「お友達かの?」とにっこり笑った。
それに気付いて、突然の成り行きに黙って困惑したような素振りを見せていた少年に慌てて声を掛ける。
…何故そんなガチガチになってるんだ君は。
ダンブルドアの長い髭が珍しいのか?

「ありがとう、付き合ってくれて。迎えが来てくれたみたいなんで僕はもう行くね」
「う、ううん。特に何もしてないから…」
「壁と友達になる事は防げたよ」
「あはは…じゃあね、お大事に。早く良くなるといいね」
「…うん、ありがと。君こそ、お大事にね」

バイバイと手を振って病室の方へ向かう。
移動途中で何度かダンブルドアが視線を寄こしたけど、俺は具合の悪さの所為にして無視を決め込ませて頂いた。
彼の気遣いは本物なんだからいいんだよ。
あ、そういえば少年に名前を聞くのも名乗るのも忘れてたな…。失敗した。
まあ同い年と言っていたのだからいずれはホグワーツで再会する事になるだろう。

病室の扉を開いて、めちゃくちゃ怒り顔で振り向いたセブルスを見たら直ぐにそんなこと吹き飛んでしまったんだけど。

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