分岐点 extra

決意


「僕が"不本意ながら"あの男に目を付けられてしまったのは御二人にも理解頂けたかと思います。しかしですね…、僕はそんな脅しに従うなんて真っ平御免な訳です」

「出来る限り抗うつもりだけど、何事も絶対というものはありませんよね? あ! いや、別に僕は闇の魔法使いになりたいとかそういう進路希望もありませんから! ……ま、今の段階で僕が言っても信用ならないと思いますけど。僕の唯一の弱点突かれる可能性大ですしね…」

「だから、そのいつかの保険に僕は”約束”が欲しい」

いっそ清々しいまでの笑顔で言い切ってやる俺に、ダンブルドアは言うべき言葉が見つからなかったようだ。
苦しそうにも、悲しそうにも見える。
彼には分かるのだ。
俺に敷かれた道はあまりにも少なく、同時に険しいという事が。
ちょっと冗談交じりに話した俺が滑稽に思えるじゃないか。
…こういう空気は得意じゃないんだよ、正直。

「なぜ…そう思うのか聞いても良いかね」
「もちろんです。でも、貴方が信頼を寄せるに値する人物である…という僕の判断だからこそ打ち明けることですからね? セブルスには…内緒ですよ?」
「無論じゃ」
「ありがとうございます。……えーと、なんでそう思う、でしたっけ。いやだって、」

――だって、この呪いは解けないものでしょう?

受けた本人だからこそ分かる事もある。
俺も初め、時間はかかるが完治するものとばかり思っていた。しかし、呪いの念は奥底まで複雑に絡みつき過ぎてるっぽい。
術者本人の力量も影響しているが、呪いの威力も強力だ。
ゆくゆくこの右手は完全に自由になるだろうが、傷は残る。
残るという事はいずれまた開くという事だ。
開くという事はこの右腕は術者の意を汲み、最悪の事態が訪れるという事だ。
恐らく…この予想は外れる事は無い。

ダンブルドアやムーディにはまだ知らされていない事実は、意外にも二人を驚かせたみたいだ。
患者本人による素人判断と一笑するには、俺の言葉は揺ぎ無い自信に満ちている。
ムーディへと視線を向けると、義眼がギョロリと一回転をしては俺では無い何処かを見ていた。
まったく、用心深い人だ。
この男が一番呪いを…いや、呪いをかけられた俺自身を警戒しているのだろう。
何も完全に納得させるまではいかなくても、頷かせなければならないか。

「Mr.ムーディ」
「…なんだ」
「知っているのでしょう? …この呪いをかけた男の名を。教えてください」

この二人がこれ程危険人物と見なし、俺の様な奴からでも情報を欲している相手の名だ。
余程力のある闇の魔法使いなのだろう。
察するに性格や思想もかなり危険視するべき男?
平気で子供を嬲るような相手が歪んでいない訳がないな…。
どちらにしろ余計に俺は相手の事を知らなければならない。

第一、今の魔法界の事に疎いのだ俺は。
生前の俺が生きていた時代は今から100年も過去の時代なのだ。
世代だって変わっているだろうし、名の通っていた闇の魔法使いだとて今は墓の中だろう。
手札を引っくり返して貰わなければ何も見えないし、何の対策も出来ないじゃないか。

「あの男は俺が欲しい。目印を付けるほどお仲間に欲しいと思うなら、今は手出しをされないという事――ちょ、待って! 今は遮らないで、僕の話を聞いて! …アイツの言葉を全て信じるという訳ではないけど、分かるのは今の弱った俺になんて用は無いってこと!」

ムーディが魔法の目を俺へと睨みつけてきたが、負けじと俺も一歩も引かない。
暫く無言で睨み合いが続き、やがて先に手を引いたのはムーディの方からだった。不承不承といった体がなんとも彼らしい。

「よかろう。あの男がこれ以上力を付ける事は我々も望まぬのは確かだ」
「…感謝します」
「これから確実に名を聞く機会が増える事だろう。今はまだ表立って派手な活動はしてはいないがな。良いか、心してその名を刻め!
奴の名は『 ヴ ォ ル デ モ ー ト 』」

聞いた事の無い響きにやはりと思う。
随分偉そうな名じゃあないか。
名を胸に刻みつけて瞳に火を灯した俺を、ダンブルドアがどこか遠い目で見つめていたのに気付く。

「して、セネカ。君は何を望むのじゃ?」
「…本当に良いので? アルバス。僕が言うのもなんですが、貴方に必ずしもメリットがあるお話では無いかも知れないんですよ?」
「わしに出来る事であれば、じゃがのう」

悪戯っぽくウィンクされて目を丸くする。
おお、吃驚した。今ここでする? それ。

「(あー、なんか…うん)」

笑ったら、俺の心は少し軽くなっていた。
俺がお願いする事は今はまだ、ただの口約束に過ぎない。
約束だから俺と相手の信頼によって初めて成り立つ。
大丈夫、大丈夫。
俺はきっと、貴方達の事は裏切らない。
だから俺の事も信用して。裏切らないで。

「もし、もしも仮に、僕がこの呪い…いや、あの男に屈する様な事態が最悪な形で訪れた時は…」

続く言葉にダンブルドアは深く頷いて俺の手を優しく握り締めた。
二人が病室を退室した後で、また一つセブルスに言えない秘密が増えたな、と自嘲気味に笑う。
ぐしゃぐしゃになったシーツが俺の心を表しているかの様だった。

***


「だって、この呪いは解けないものでしょう?」

声が聞こえた瞬間、僕は凍りついてしまった様に動けなくなった。

本を探すのに予定より手こずって遅くなってしまい、急いで戻って病室の扉に近づくと中から男の人の話し声が聞こえてきた。
迷ったのは一瞬。
この病室に来る男の客なんてダンブルドア校長くらいだ。
そう思って踏み出した一歩と、同時に聞こえた言葉に、扉へ手を掛けようとした所で息をするのも忘れそうな程驚いた。

「(…うそだ)」

セネカは僕に暫くは入院しなきゃいけないだけだって。
「早く家に帰れるように頑張るね」って、言ったじゃないか。
セネカは僕に嘘は吐かない…!

どうしようもない衝撃に僕は震え、心の中でセネカを責めていた。
そこでハッとある事に気が付き、そっと足音を忍ばせて病室から離れて歩きだした。

「(そうだ……セネカは一度も『必ず治る』なんて僕には言っていない)」

毎日強い薬を飲んでいて、その所為で身体が弱くなっている。
辛いなんて弱音を吐いた事もない。
でも毎日顔を合わせているから僕には分かる。
どんどん顔色は青白くなって、前より痩せて、病室にずっと閉じこもり切りで…僕が来ると本当に嬉しそうに笑う。
知識を付けてセネカにかけられた呪いに対して、僕自身でも何か出来ないかと思った。
少しでも力になりたくて努力してたつもりだった。
大切な片割れに傷を付けた奴が憎くて闇の魔術にも興味を持った。
いつか僕が仕返しをしてやるんだって。

でも、

「(こんなのはあんまりだ。どうしてセネカばかりが辛い思いをしなきゃいけないんだ。なんで、なんで…っ、なんで解けないなんて――セネカはそんな事を言うんだ!)」

僕は諦めたくない。諦めきれない。

頭が良いのにどこか抜けてるセネカ。僕の片割れ。
いつも守られていた。
姿が見えなくて絶望を覚えたあの日の事を、僕は一生忘れないだろう。


叶う事なら僕があの呪いを受ければよかったんだと、そう思う。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -