分岐点 extra

※)前サイトのネタ帳から派生して拗れたお話。「宝石の国」が分からなくとも読める仕様、のはず…。セブ→リリ前提。名前もお話の一部なので固定です。原作前軸で主人公は「魍魎の匣」状態。箱詰めです。
※2)灰色のエメリーとは何か? コランダムの中でクロムが5%を越えた灰色の鉱石。用途は研磨剤。



灰色のエメリー


私がそれに出会ったのは単なる偶然だった――。


当時の私は闇の印をこの身に授けらればかりで。
これから命ぜられるであろう華々しい任務と使命に浅はかな若い心をおどらせていた。
しかし。現実は私の望む通りに運ばなかった。
来る日も来る日も、コソコソと他人の影を踏むように後をつけ回し動向を窺う日々。
目星を付けてある魔法使いを日がな見張り、報告を終えるとまた、薄暗い路地の隅で息を殺してただ待った。
張り合いの無い、無味乾燥な任務だ。
闇祓いや反対勢力との交戦がある訳でも無い、誰にでもこなせる仕事。
それが、私に初めて申し付けられたお勤めだった。

ホグワーツを卒業したばかりの駆け出しの魔法使いに任せられる事など、そうは無く。
私のような者は彼らから見れば雑用係と同等であったのだ。
ひどく、落胆した。
同じ頃に入った同卒が襲撃に参加させてもらう傍ら、私は歯を食いしばりながら悔しさに呻く。
どんな風にマグル生まれを追い詰めたのかと詳細を興奮気味に語り聞かせる同胞を…私は心底妬ましく思っていたのだ。
己の身を不遇に思い。
望む通りに名を上げる機会さえ与えられないのかと燻っていた。


私がそれに出会ったのは――そうした思いが膨らみきり、飲み慣れない酒を過ごしてしまった、月の綺麗な夜のこと。


闇の帝王が所有する屋敷の一つではその夜、宴が開かれていた。
確か。マグル狩りを終えて尚、興奮冷めやらぬ同胞達に気前良く帝王が提案されたのだったか。
参加できなかった者たちにも振舞われたことから、相当にご機嫌麗しかったのであろう。
あまり騒がしい場を好まない私を置いて宴の準備は滞りなく進んだ。
私は迷った。
場を辞する為にはどうすれば良いのかと。
とてもじゃないがそんな気分になれそうも無かったから。
折り悪くもその頃は、リリー・エヴァンズとジェームズ・ポッターが結婚したのだとデイリー・プロフェットを読んで知った後だった…。

しかし、広間のあちこちで傾けられる酒の匂いと立ち込める仄暗い雰囲気に流されて、いつの間にか勧められるままにゴブレットを満たし、戸惑いながらも口を付けていた。
酒を嗜んだのはそれが初めてだ。
途中から自棄酒になっていたかどうかはお察し頂きたい。
それほどに希望と現実の落差は私を落ち込ませていたのだった。

初めて飲んだワインは渋く、舌に残った痺れは甘く脳を溶かして段々と目の前を虚ろにさせる。
美味いか不味いかも分からないままふわふわと漂い、ただ器を空にした。
その内に宴の空気は変質し妖しく翳り始め、物陰でからみあう。
湿った吐息とこもる熱。
衣の擦れ合う忙しない音。
仮面を付けた名も知らぬ同胞たちは、いつの間にか淫らな行為を交わす雰囲気を醸し出してもつれ込んでいた。
男も女も。乱されたローブを滑らせて。
気付けば傍らにあえかな嬌声。
私は慌てて…その場を抜け出していた。


リリー・エヴァンズを一途に想い続けた結果、当時の私は性に関してひどく不慣れで、まったく免疫が無かったのだ。


薄暗い廊下へ飛び出した私は途方に暮れた。
広間にはもう戻れない。
黙って出て行った私を誰も引き止めなかった。
しかし家に帰ろうにも足はふらついて覚束無い。
その上姿暗ましをするためには屋敷から出なければならず、出たとしても、酔いの回った頭ではバラけずに辿り着ける自信が無かった。

「…少し醒ましてから帰るべきなんだろうな…ここは、」

誰もいない部屋で独りになりたかった。
だが、主の許可を得て出入りをしている立場上、適当な部屋を探す為とはいえ勝手に歩き回ることも躊躇われる。
かと言って廊下でこのまま夜を明かすのは…。
悩んだ私はふと、身を潜めるに適した場所の存在を思い出していた。

「(あそこなら…)」

ふらつく足が向かった先は、使われなくなって久しい物置き部屋。
整理も殆どされていない様子に眉をひそめ、乱雑に積まれた家具や木箱が寄せられている一室に私は身を滑り込ませた。
やっと通れるほど狭い合間を抜けて窓枠に近寄ると、小さな出窓作りの格子には灰色の埃。
話に聞く通りの放置具合だ。
ここならと、私はやっと一息つけたのだった。

「それにしても、凄い埃だな…吸いこむだけで咽そうだ」

夜空に浮かぶ月だけが咎める事もなく見下ろす中、見渡した物置きは白くけぶって映る。
動くだけで埃が舞い上がる始末。
鼻と口をローブの裾で覆っていなければ息をするのも躊躇われた。
十年、或いは数十年の時を忘れられて汚れた、灰色の部屋。
私は思わず嗤っていた。
昨夜は雨が降り、尾行中だった為に傘も差せず顔に跳ねた泥を拭っていた事を思い出す。
泥を被った次は埃に塗れた物置きで身を潜めている。

嗤わずにはいられなかった。
私はいったい、何をやっているのだろうと。
希望に燃えていた少し前の自分がひどく滑稽でならない。
(嗚呼、リリー…今の僕を見て、君は何を思うだろう)
恋焦がれ、些細なプライドを守るために手を跳ね退けてしまった愛しいひと。
目を閉じても記憶の中に居るリリーは、決して私に笑顔を返してはくれなかった。
あの美しいエメラルドの瞳は私を選んではくれなかった…。
何故だ。何故だ。何故選りによってあの忌々しい男と…結婚など。


私がそれを見付けたのは、そんな時だった。


いくつも積まれた木箱の中にそれは埋もれるように積まれていた。
上蓋と側面に埃を被った、継ぎ目もない漆黒の箱。
漏れ落ちる月の光だけという頼り無い灯りのもと、何故か私の瞳にはそれが確かに漆黒だという事が分かった。
開けてみたいと考えた私をゆり動かしたのは小さな好奇心。
主の屋敷に打ち捨てられたように積まれていた箱は、酔いの効果もあってか、開けることへの罪の意識は不思議と緩和されていた。

「…意外と軽いな、」

杖を振るって埃を拭い、窓辺近くに移動させた箱は存外軽く、逞しいとはお世辞にも言えない私の腕でも容易に抱えられた。
スライド式で開く仕掛けも直ぐに理解する。
くらりとする頭をかぶり、汚れる事も忘れて膝を着いた私は…決して開いてはならぬパンドラの箱をその手で。


私は震えた――あまりの美しさに。輝かしい宝石に射止められて息を呑んだ。


箱には人形が納められていた。
(人形と呼ぶには些か精巧過ぎるそれを、他に例えられる言葉を私は持っていなかった)
それは、少女とも少年ともつかぬ容姿をした美しい子どもの成りをしていた。

透明な釉薬に浸されたような白磁の肌。
あどけないフェイスライン。
それを支える優美な首元も白く、ほっそりとしたしなやかな身体は脆いガラス細工のようだ。
小さな鼻の下では、たった今色をのせたばかりの様に潤った唇が結ばれていた。
それらを縁取るうねる長い髪は灰色。
月光を浴びて光沢をます灰色は淡い銀色に輝き、平らかな胸や首筋に同じ輝きを落とす。

生憎と伏せられた睫毛に隠されて瞳の色は窺えなかったが。
それを差し引いても人形は美しく、生々しいほどである。
惜しむらくは人形の手足が欠けていた事だ。
両の腕は肩から失くし、足も大腿部の根元から忽然と絶えている。
感嘆の吐息を知らず零した私は、長い事それを月の光に透かして見つめていた。
こんな箱に閉じ込めておくにはあまりにも惜しい。
まるで生きているみたいだと、私は喉を震わせる。
そして、目を瞠る。
信じられない事に人形だとばかり思っていたそれがほうと息を溶かしたのだ。


私は震えた――先程とは違う意味で。宝石のような瞳が瞬く様に呼吸を忘れた。


眼球が瞼の裏でヒクヒクと動き、扇状に広がる睫毛が小さく震える。
ゆっくりと…何度も瞬きを重ねて開かれた瞳の奥に、私は宝石を見た。
血のようでもあり、鋼のようでもありながら、光の加減によってはくすんだ灰色にも見えたそれ。
きらきらくるくると輝きを変える瞳は一粒の宝石だった。
生きている。
人形の瞳は生きていた。
私の背筋に戦慄が走る。
光沢を放つ肌も先程より血色を増し、一層、人間らしくなった人形。
瞬いて巡らせた視線が私を捉えた時。
私の心臓が握りつぶされた。

「おはよう。僕はエメリー。あなたは、誰ですか?」

高く澄んだ声はやはり少女とも少年ともつかぬものだった。
性別不明の人形だったそれは、眠りから目覚めたばかりの子どものようなあどけない笑みを浮かべて私の名を問うてきたのだ。
今思い出しても私はあの時何と答えたのかが今一つ思い出せない。
驚きと驚愕に呑まれていた私は乱暴に蓋を閉め、元あった場所に戻し、裾を絡げるように物置から飛び出していた。
現実ではない。酔いの回った脳が見せた幻覚だったのだと思い込もうともする。
しかし、数日経っても私は人形を忘れることが出来ず。
再び夜を縫って訪れていた。


私はそれと出会ってから変わった。誰も知らない、恐らくは闇の帝王でさえあずかり知らぬ宝石を見出した事で、浮かれていたのだと今なら分かる。


宝石の子どもは、結論から言って子どもでは無かった。
100年余りの年月を生きてきた宝石だった。
実に意外だ。見かけを裏切る。
本人が言うには「めんどくさいから途中で数えるのをやめた」とのこと。
性別も不明。
成長の有り無しも当人でさえ分からない。
生じた時から既にこの形だったのだと告げられて私は妙に納得していた。
こういう生き物なのだと。
そうでなければ説明のつかない事柄が多く有り過ぎて、失われて久しい手足の事も「君が見つけて組み立ててくれれば、僕はまた歩けるから」ケロッとした顔で言う。

「…組み立てる、だと?」
「うん。そうだよ? ちょっと細かく砕けちゃったんだけど…手足を反対に取り付けたりしなければ普通に直るよ」
「そんな事でお前は動けるようになれるのか、」
「ん、…もしかしてセブルスは違うの? 僕たち宝石はそれが普通なんだけど」
「僕がお前と同じような目に遭えば…生涯ベットの中で過ごすことになる。…普通じゃ、ない」
「そっか。でもまあ、面倒で無ければ僕はセブルスにお願いしたいなあ」
「で、どこにあるんだ」
「さあ? 多分、この部屋のどこかにあると思うんだけど…」
「…容易な事では無いぞ。似たような箱がいくつあると思っている」

私と宝石は…エメリーは、会うたびに疑問を解消していった。
何故箱の中に納められていたのかと聞けば「悪い人に閉じ込められた? らしい?」と首を傾げ、何故手足をもがれたと眉を寄せると「入れる為には邪魔だったみたい」また、何でもない事のように語る。
いつから閉じ込められていたのかさえ曖昧なのだから始末が悪い。

自身の事を宝石だと断言するエメリーは不老不死の類の生き物らしかった。
緑の光を受けても(恐らくは死の呪いだ)死なずにいたエメリーは、撃たれた瞬間に衝撃を感じたらしいが痛みは感じなかったのだと言う。
触れられる感覚は分かるのに、宝石は痛みを知らない。
ありえるのか? そんな生き物の存在は。
だが目の前で語るエメリーの存在が確かな証しでもあった。

「ねえセブルス。もうちょっと箱の位置を変えてくれるかな。僕、なんだか眠くなってきちゃった。光が足りないよ」
「…これでいいか?」
「うん。ありがとう、セブルス」

エメリーが息を吹き返した原因は月の光にあった。
宝石は光を受ける事で体内にエネルギーが生まれるのだそうだ。低燃費すぎる。

「ダイヤモンドの髪はとっても綺麗なんだ。虹が掛ったみたいでさ、」
「フォスは薄荷色。月人好みで狙われやすいってのに…アイツ、危機感がまったくないんだ。頭もゆるいしね…――あ、月人ってのは、僕ら宝石を装飾品にしようと襲ってくる悪いやつらの事だよ」
「僕、こう見えても結構強いんだよ? …その顔は信じて無いねセブルス。失礼だなあ。同じ属石のパートナーも居ないから余り者だったけど、硬度9だから頑丈だし、昔は結構無茶やってた」
「セブルスはボルツに少し似てるね。髪も真っ黒だし。後、いっつもむっつりしてて目付きが悪いとこなんて特に!」

食物も水も必要としない宝石は太陽の光をひどく恋しがっていた。
美しい緑の原。白く眩しい太陽の空。
宝石で出来たひとが住まう宝石の国。
エメリーが語る故郷のそれは初めて聞くお伽話のようで、私は宝石の言葉にしばしば耳を傾けた。


私は宝石と出会い、語らいながらも更なる闇へ身を落としていく。宝石に語らなければと任務にも精を出した私は段々と認められ始め、外の世界を宝石に教えることが私にとって何よりもの楽しみとなった。


私の事だけを瞳に映すエメリーに若い私は自尊心を大いに擽られて満たされた気持ちになっていたのだ。
美しい宝石を自分だけが知っている。
所有欲に似た感情はリリー・エヴァンズを得られなかった私の拠り所となった。

日増しに色艶を増して輝く、灰色のエメリー。
どこか儚い印象とあどけない無垢な魂を持った、私だけの宝石。
「見かけだけならばリリーよりもずっと綺麗だ」という私の中で最大にして最高の賛辞は宝石へとうとう告げられなかったが。
仰々しく納められている漆黒塗りの箱と向き合う時を日々待ち遠しく思う。
いつしか私は宝石の虜となり、不器用な口元を必死に動かして宝石と自分を慰めていたのだ。
……あの日までは。


私はダンブルドアに全てを投げ出し――リリーを失った。永遠に。己の間違いに気付く頃には全てが…遅すぎたのだ。


それから五年。
私は忙しさに身を置く事で日々を埋めた。
死にたくても生きなければならなかった。
彼女の死を悔やみ、罪深い己を苛み、疲れ切った身体に鞭を打って働き泥のように眠りに就く。
そうする事でしか私は己を保てずにいた。
宝石の事を忘れて。
過去に囚われた私は…長いことエメリーを独りにしてしまった。
そんな私を動かしたのはダンブルドアの一言だ。

「セブルス――君はなにか、忘れ物をしているようじゃな」
「…思い当たるものなど何もありはしませんが、」
「いや、いや。必ず有るはずじゃよ。思い出してみるが良い。答えは――君の内にある」

「迎えに行っておやりなさい。ひとりは…寂しいものじゃよ」


私がそれに気付くまでそう時間は掛らなかった。何故、今まで忘れられていたのか。またひとつ私は己の罪を増やしていたのだ。そうとは気付かずに。


闇の帝王が所有していたその屋敷はひどくうらぶれていた。
荒れ放題の総図。
昼の光に照らされた廃墟は陰鬱な空気を醸し出し、錆びの浮いた鉄門が不気味な音を奏でた。
物置部屋へと足は自然と進む。
通い慣れた場所だ。
何も考えずとも勝手に身体が動いていた。
内部も荒れ果てガランとしたエントランスホールが迎え入れる。

足を進める間、私は、心を騒がせた。
今更会って自分はどうしたいのだろう。
今更…どんな顔をして会えばいいのか。
分からない…。
色褪せた記憶の中に居るエメリーはどんな顔をしている?
五年もの間エメリーを忘れておいて。都合良く会いに来たなどと一体、どの口が言うのか。

錆び付いて軋んだノブがゆっくりと回る。
――当時の記憶が蘇った。
変わらない。あの日のままだ。
相変わらず埃の積もった灰色の部屋は、光の差し込む窓辺に照らされて白く浮き上がっていた。


私はそれに手を掛け、キツク抱きしめた。汚れるのも構わず埃を被った漆黒の箱を愛おしそうに胸へ納めた。


「おはよう、セブルス。今日はとても明るいね。まるで昼みたいに明るいや。今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」

あどけない笑顔で私に挨拶をする宝石は、時を重ねたことも分からずに、ただ、私の名を呼んで眠たそうに宝石を瞬かせていた。
陽の光の中で初めて見たエメリーはやはり美しいままで。
嗚咽をこらえる私の頬へなめらかな冷たい頬をするりと寄せ、泣かないで、とささやいた。
君を抱きしめて慰める腕がほしいよと。
愛らしい唇がねだる。


私がそれと出会ったのは単なる偶然だったが、宝石は運命だったのだと今でも語る。


強くて脆い、私の宝石。
灰色のエメリー。
きらきらと色を変える瞳は私だけを見ていれば良い。
もう、忘れない。独りにはしない。
手足を取り戻した愛しい宝石を私はやっと…抱きしめることが出来たのだった。

「ねえセブルス。ホグワーツってどんな所?」
「学校だ」
「がっこう? がっこうって、何?」
「子供の集まる場所だ。いつも騒がしくてかなわん」
「ふうん。でも、面白そうな所だね。それだけは分かるよ」
「言っておくがお前は外には出せんぞ」
「えー?! ちょ、なんで?!」
「歳の差を考えろ。お前はもういい年なのだから、大人しく私の傍に居ろ」
「…箱の中でなんて言わないでね」
「……あたり前だ。お前はもう…私の宝石だ。その自覚が芽生えるまで閉じこめてやろう、エメリー」
「……」
「何を照れている」


私の愛しい宝石はとても美しく、かなりの泣き虫で。今も騒がしく文句を言いながらも腕の中に納まったまま私に身を任せている。

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