松永氏は勘違いをしている
片倉景臣という男は色々と規格外な男のようだ。外形もそうだがその中身も他とは違った味を出している。
美しい花園に男はいた。
紅、瑠璃、山吹、色取り取りの花々の中心に大きな身体を窮屈そうに縮めて。
土塊のこびり付いた太く節くれだった指も、硬く厚みのある広い手のひらも、凡そ花とは無縁にも感じるが手付きは飽くまでも優しい。剣を持てばアレは酷く厄介な凶器になるだろうに。
「……はあ、」
ただ息を吐くだけで発達した肉質部は大きく膨らみ、隆起した肩が波打った。途端、花が風にさざめくよう震え色を欠く。ため息を吐いた当人には迷惑だろうが意思を持たぬ草木にまで影響を及ぼすのか、と感心もする。
――其処までを見届けてから松永は敵地だろうとお構いなしに悠々と足を進めた。
「やあ、邪魔をしているよ」
男の声にパッと顔を上げ跳ねる魚の様に景臣が立ち上がり、
「これはお久しぶりです、弾正さん」
丁寧な物言いで軽く会釈を返される。出会った当初に名乗った偽名ともつかない呼び名に、果たしてこの男は何時まで知らぬ存ぜぬを続けるつもりか、と嗤った。
「いつ来てもこの庭は見事なものだな。また少し、楽しませて貰うとしよう」
「ありがとう御座います。そう言って頂けると此方としても嬉しいですね」
周囲に目を向けながらそれとなく長居する事を告げれば景臣は二ヤリと口元を引き攣らせ松永の侵入を許した。
芝居がかったこのやり取りを松永は意外と気に入っている。程よく緊張を孕んだこの合図無しには此処には居られないからだ。
身形は商人風に整え見える所に刀を下げず、飽くまでも己は実害を加える気はないのだよと嘯く松永に男は余裕を示す。主君の居城近くに作られたこの花園に、只花を愛でる為に来たのだろう、と。
「フフッ、まったく卿は退屈させないで居てくれる」
くつくつと喉を鳴らす。
「しかし卿はとてもじゃないが武人とは言えないな。庭師の方が性に合っているのではと時に思うのだよ」
皮肉とも取れる松永の言葉に、
「ええ、私もそう思うんですけどね」
景臣は再び屈みそっと花の芽を掴み、ぶちっ、勢いよく引き千切った。まだ青い芽が無骨な掌の中で潰れるのが離れていても知れる。膝を払い近づいてきた男が大きな影となって松永を見下ろした。
「害虫か益虫か、それを判断して駆除出来るのはここでは私しかいませんので」
笑みを深くした景臣は松永の横をすり抜けると花の小道を抜けて行ってしまう。
後に残された男は「これはこれは、恐ろしい」と肩を揺らすばかりであった。
その男
知らぬ間に困者を牽制す
「なんだ、えらく楽しそうだな」
「あ、分かりますか? 今日は知人が訪ねて来て下さったものですから」
「例の花好きの商人か?」
「そうなんです。今度景綱にも紹介したいですねー、是非是非」
「(……もの好きが居たもんだな)」
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