パブロフの竜


「政宗様、いったいどちらへ行かれるおつもりですか?」

奥州筆頭、伊達政宗は固まった。比喩では無く言葉のままに。

彼の脳内には一瞬で「振り向いちゃ駄目だ振り向いちゃならねえ」という言葉が呪文のようにグルグルと巡り踊る。政宗は額がしっとりと汗ばんでいる様な気がして、無意識の内に額を拭っていた。

「その様子ではまたさぼって何処ぞへ行かれるおつもりでしたか…、景綱が見たら泣きますぞ」

答えなかった所為か相手の気配が段々近づく。それに気付くと馬を引く手に力が入り過ぎ、ぎゅうっと白く筋を浮かせ震え始めた。それはまるで叱られる寸前の子供…というより、実際叱られる寸前なのだから当たり前なのだが彼の顔は真剣そのもの。

隻眼が妙に乾く。緊張で張りついた喉がごきゅりと変な音を立てて鳴り、――そこで漸く政宗は余裕の笑顔を取りつくろって…振り向いた。

例えそれが引き攣っていようと余裕の笑顔であったと言っておこう。だって主君だもん。


「――…景臣」

「何でしょう政宗様。もし口にしようとしているのが言い訳ならばそれは私ではなく景綱へ…ですが、直ぐに御戻りになるというのなら景綱には黙りますが」

「NO! それは出来ねえ相談だな」


冗談じゃねえ、苦労して折角ここまで抜け出して来たんだ。今ここを乗り切れば、景臣の追及を乗り越えれば自由が…!

そう思う政宗だが、

……。

あ、やっぱ無理だ。


チラリと上げた顔をさりげなく逸らして、政宗は固まった表情筋をべちっと叩いた。
そこだけを見て誰かに頭が可笑しくなったのか、と今は勘違いされたって構わねえっ!


どんなに虚勢を張っても景臣の顔は怖い。


政宗がNO! と叫んだ途端、景臣の身体が何倍にも膨れ上がった。

それは視覚的なモノでは無く、感覚的とか雰囲気とかそんな感じのモノであったが政宗にはそれだけで十分。例え景臣本人が「困った人だなーもー」と思って溜め息を吐いただけであっても。
通訳不在の現在、政宗の勘違いを正しく改められる者はいない。

(やばい、逃げよう。
何アレ何だアレ冗談じゃねえ!)

――政宗さんの短くてタイムリーな情報を受信致しました。現代風に言ってみるとこんな感じだろう。
そんなガクブル状態の所に景臣が腕を伸ばすと、ピクリと政宗の肩が揺れた。


――ここで政宗が怯えた訳を一つ説明をしよう。


景臣の身体は有体に言ってしまえば巨漢、可愛く言って熊さん。

重そうに見えるその身体の大部分は見た目通り筋肉で覆われている――筋肉は脂肪より重い、よって誰もが彼を重鈍な動きしか出来ないと思いがちだがそれは大きな間違いだ。

彼はその身体からは想像も出来ないほど俊敏に動き、忍顔負けとはいかないが足音を殺し気配を絶つ事が出来る。
(それは幼い頃から兄景綱によって鍛えられた賜物と思われがちだが、実際は過酷な庭仕事によるものだとは政宗は知らない)

そんな重戦車並みのド迫力で景臣が腕を伸ばした故、本人もビックリするほど肩が揺れたのだ。


咄嗟に両腕を交差し身構えた政宗、が、それよりも早い動きで突破した景臣の素早さ――、

「…ッ! shit!」

気が付けば視界は反転。
腹部には丸太の様な腕が食い込んで息苦しい。

「まったく…、あまり景綱を困らせてはいけませんよ政宗様」

かくして、政宗はあっさりと景臣に捕らえられ、荷物の様に担がれたまま元来た道を引き返す事となった。


その男
時に俊敏にして豪傑



「おろせ!」
「政宗様も重くなりましたねー、よいしょっ」
「お前より軽、い、なッ…、走る、な――ッ!」
「……(乙女の体重を話題にしちゃだめですよー)あ、景綱」

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