この忍、母過ぎる:片倉談


「猿飛」
「あ、右目の旦那おまたせー。旦那達ちゃんと朝餉の席つけた? 半死人状態だったから大変だったんじゃない?」
「いや、それ程でもねえ。……所で猿飛」
「はいはい、なに?」

「……三郎はどうかしたのか?」

小十郎が首を傾げるのも仕方ない。

迎えに行った筈の末っ子は現在、佐助に抱っこされていたからである。



三郎のお尻あたりで組んだ手を、うんしょと動かして抱え直した。
コアラ抱っこは身内の特権! ……とまで佐助が思っているかは定かでは無いが、その光景は実にしっくりと様になっていた。
迎えに行っただけだというのに、この甘やかしようは何事だ? と小十郎は思う。抱き癖はついたら後が大変なのだと経験者は語る。


「まあま、そんな難しい顔しないで。ちょっと見てよ〜」


ほら三郎様、右目の旦那だよー。
頬をすりあわせるよう佐助が優しくささやく。

もぞもぞと肩にもたれさせていた頭を動かし、ゆっくりと幼子が此方を見た。


「あ、……こじゅーろーさん……おはよごしゃま、しゅ……」


とろん
へにゃん


見事なまでにとろけた…眠たそうな顔に挨拶された。きゅん。小十郎の心臓が不規則に高鳴る。思わず胸を押さえてしまう。


「ね、かわいいでしょ」
「……くっ(なんだ、この胸の高鳴りは…)答えになっちゃいねえな」
「あはー、さっきまで元気に歩いてたんだけど途中でこうなっちまって。あんまり可愛くて、ついねえ」

まあ昨日はよく寝れなかっただろうし、当然だよねー。くしくしと両手で目を擦る三郎に、同意を求めるよう笑った。


――それにしても、昨日から見ていたが何とも言えない奇妙な光景である。

これが真田にこの忍ありとまで言われた猿飛佐助か。三郎に向ける視線はとろとろの弱火で。板に付き過ぎて本物の親子みてえだな、と小十郎はとても感心していた。


「しかしそんな状態で食えるのか?」
「俺様もそうは思うんだけどさ、とうの御本人が「きゅぅぅぅぅぅ〜」無言の訴えがかわいそうでさあ」

なんとも可愛らしい腹の虫が立派に主張した。これには小十郎も笑顔で納得し、溜息を漏らす。本人は心の中で「な、ななななんでおまえは空気読まねえんだよ腹の虫のバカぁああ!!!」と身悶えていたのであるが。



その時、小さな影が小十郎と佐助の間に走る。ぴょんと影は佐助を伝って登り、三郎の胸に飛び込んできた。


「キキッ!」
「……にゅ、ゆめきちぃー」
「キーキー、キキッ!」
「……きき、きぃー…?」
「キッ」

ほっぺに子猿がすりすりと。
三郎もお返しとばかりにうりうりうりうり。まるで会話が通じているかのように二人(?)は朝の挨拶を交わしていた。

なにこれかわいい…。

きゅきゅん。小十郎の心臓は再び高鳴る。
どきゅーん。佐助も打ち抜かれた。(至近距離であったから尚更)夢吉と三郎。二人の友情は確かなものだと見せつけられたのである。



腕に三郎(と夢吉)を抱え従者二人は主が待つ広間へ急ぐ。一際立派な庭に面した其処へ到着すると手の空いている小十郎が戸を引いた。


「遅くなりました」
「すいません大将、おまたせしました」
「おお、来たか佐助……? どうしたのじゃ三郎は。ぐずっておるのか?」


開けると開口一番に信玄が疑問を口にする。まあ誰もが思うよねと笑いながら、小十郎にした説明と同じことを伝えた。タイミング良く「きゅぅぅぅぅん」と腹の虫がまた主張。これには信玄もかかかと声を上げて笑った。


「(はずかしい! はずかしい! くっそぉおおおお居た堪れねぇええ!!!)」
「旦那―、大丈夫―? 顔色悪いけど」
「む、むろん……ぐぅ」
「政宗様、箸を六本お持ちになってますが」
「Ah……? 」
「我の箸がない」
「あ、俺のもだ」
「ねーねー! 俺の沢庵どこー?」


なんとも賑やかな朝の風景である。

まえもくじつぎ
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