05



人に見られていないと思っている時程、意外と人に見られているものである。



「アイツ、どこに行きやがったんだ」

ギシ、と男が踏み出した一歩は肌寒い朝の空気に溶け込む。その面はつり上がり気味の眉を片方眇めたまま、頬に斜めに奔る傷も相俟って厳めしい印象を周囲に与えていた。

途中すれ違った女中が静かに頭を下げ、男を見送るのにもその表情を崩さずに、きょろりと視線を庭に向けて人を探す姿は歩みを止めない。


――すれ違った女中はのちに同じ女中仲間にほんのり頬を染めて噂を囁く。
本来なら客人として扱われている彼の人が身につけていた、割烹着のその白さについて…、



「……? あれは」


一段と広い庭。恐らく其処から離れへと続くと思われる庭に辿りついた時、男は、片倉小十郎は目当ての人物とは違うが見知った姿を捉えていた。

今朝方こちらへ着いたばかりではあったが、小十郎はその足を休めることなく世話になるこの館の主達と、己が主君が為に自慢の野菜で味噌汁を作り終わったのがつい先ほど。


そういう経緯で今ここにいる彼は、自分の主と共に昨夜到着したと聞き及んでいる長身の男に挨拶位は構わねえだろという真面目な思考で声を掛けようとし、

――その対角線上にある物体に目を留め、首を捻った。


(子供、か?)


小さなその身を更に縮こめる様に、庭石に隠れる後姿。ひょこひょこと癖っ毛の髪が揺れる度に短いしっぽも一緒に動いている。

赤を基調としたその着物が妙に誰かを連想させたが、その誰かを思い出すまではいかなかった。

おろおろと、その子供がうろたえた様にきょろきょろし始めたからである。それも泣き出しそうな顔で、


距離にして、大人の足で三十歩程。

たとえその距離で主君政宗の睫毛が顔に付いていても見極めることの出来るその眼がその様子を具(つぶさ)に捉えていた。


(……なにかあったのか)


目の前で年端もいかぬ子供が困っている、恐らく二歳程度であろうその子が一人で出歩いている事は考えられなかったが、万が一という事がある。
迷子かもしれない、そう考えに行き着いた小十郎はそおっと怖がらせないよう近づこうと一歩踏み出し、

「ぶぇっくしゅんっ!!」

という豪快なくしゃみにより止まった。
びくっ、と子供の肩が全身を使って跳ねる。


終いにはぶるぶると震えだし、小さく蹲ってしまったその後姿を見て小十郎は、


(ぼ、梵天丸様……)



疱瘡を幼い頃患った主君は、当時はこうして蹲る様に身を縮こませている姿を見せていた。

己の殻に閉じこもっていた梵天丸は今は立派に竜の道を歩み…当時の塞いだ様子は微塵も感じさせぬ程立派に成長し、己の手に余るほどの奔放振りを見せているのだが…、

――とにかく、その小さな後姿は小十郎の心に多大な衝撃をあたえた。


効果音にするならばそれは「きゅんっ」である。


その「きゅんっ」という状態の彼はふらりとまた一歩子供に近づき、またまた止まる事を余儀なくされた。


「けい――ん!!」


突然叫んで走りだした姿を追うように表情が動く。
真っ直ぐ男に、長曾我部に駆け寄る姿に転ぶのではと、一瞬危ぶんだ彼の心は当時に帰っていた。

だが、その心配も無く通り過ぎ…引き返した子供が何かを長曾我部に手渡し、くるりと身を翻したのを見てほっと胸を撫で下ろす。


(は、俺はいったい何をッ)


知らず手をぎゅっと握りはらはらと見つめていた己に狼狽え、そんな自分に驚く小十郎。

しかし視界の端に映った光景に制止の声を張り上げようと口を開いた瞬間、

忽然と消えた子供。


「な、に……」


捕まえていた長曾我部も辺りを慌てて探すのに倣うが見当たらず、首を捻る。
すると、此方に気付いた男が声を掛けて来た。


「あんた、来てたのか」


戸惑い気味に掛けられた声は言外に見ていたか、と含みを持たせそれに頷いた小十郎は考えた。もしかしてと、


「座敷わらし……か?」


(ああ! そうかぁ!!)
(その前にテメェ、子供の扱いってもんが為ってねぇみたいだなぁ……)

(お、おい! なんで怒ってんだよっ!?)

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