「やめろ下さい」


ガタ、と椅子を引いて立ち上がる。
長めの溜息を態とらしく吐いて、膝に敷いていたナプキンを軽くたたんで置いた俺は腕を組んで一歩前へと進み出ていた。

「――ギネス、ハイネケン。二人とも止めなさい。別に熱くなるような事でも無いでしょ? お二人は僕をからかっているだけさ」
「っ、でもさァ!」
「ハイネケン『おすわり』」
「んがっ!!」

ホグワーツでのルームメイトである彼にとっては最早お馴染みの「おすわりの刑」。
言葉に魔力を乗せた強制力のあるお仕置きだ。
カウンターの前に腰掛けていた青年は、その際にイスでしたたかに顎を強打してしまったらしい。
…やべ、嬉しそうだ。仕置きの意味が無い。
おいおっさん、そんな羨ましそうな顔でこっち見んな。

「まったく、仕様のない人達だね。――僕がどこへ行って何をしようが決めるのは僕自身だ。流されることはあっても、『彼』以外が僕を縛り付けることも叶わない。…君たちの気持ちは嬉しいけどね。僕だっていつまでもここに留まっていられる訳じゃない。
前からそう言ってるでしょ?」

こてりと首を傾げて腕を解いた。
めんどくさそうな顔をして頬に掛かった髪を払う。
俺達がマーサおばさんのパブに入って行くのを見ていた団員たちが、さっきから外をウロウロしていて非常に鬱陶しい。野次馬め。
元が海賊なだけあって彼らは喧嘩っ早くて困る。

「――ギネス」
「…は、」
「店の前が騒がしい。彼らを散らしてもう港に戻りなよ」
「……(こくり)」
「そっちのお馬鹿さんはそこで暫く反省してなさい…めっ!」

にっこり笑って命ずると青年の顔色がさっと曇る。
白ひげ海賊団が屯するパブに置いてけぼりにされるのは屈辱以外の何物でもないだろう。
素直に喜べよ。

不満そうな顔をしつつもギネスは素直に店を後にした。
また大きく肩を上下させて溜息を吐いたあと、イゾウとハルタを振り返って、何とも言えない顔をした二人に申し訳なさそうな顔を作る。
こんな子供が大人を叱りつけた場面を目撃した後ですもんねー。
どういう上下関係だ、と聞きたそうな彼らに質問を受ける前にさっさと退散だ。俺は逃げるぞ。
知りたければそこに居る大型犬に聞けばいいんじゃない?

「イゾウお兄さん、ハルタお兄ちゃん。二人が失礼をしてごめんね? あんまり気を悪くしないでくれると助かります。…じゃあ、僕はそろそろ戻るよ。薬を飲まなきゃいけない時間だしさ」
「え、もう行っちゃうの?」
「うん。ごめんね、ハルタお兄ちゃん。ふたりとお話出来てとっても楽しかったです。…あ、僕に御用の際は高台にある図書館へどーぞ。寝込んでいない限り大体そこにいるからさ。キッチンはないけどお茶くらいは御馳走できますよ」

マーサおばさんに軽く手を上げて暇を告げる合図を送る。
ふくよかな頬の女性がそれに頷いて、歩きだす俺にフォークスが乗っかった。
便利な足も無いことだし、歩いて帰るのが億劫になっていた俺は、くるりと身体を反転させて姿暗ましでその場から姿を消す。

その時、パブに響いた銃声のような大きな音を聞きつけた白ひげのクルーがそこいら中からわらわらと集合してしまったのは、まあ不可抗力でしょう。俺わるくない。

「なんだあいつ、おもしれェな」
「わ、イゾウが悪い顔してる。こわーい。セネカ逃げてー」
「酒以外の土産がオヤジに出来そうで嬉しいねェ」
「イゾウにも目を付けられたセネカにはもう御愁傷さまとしか言いようがない」
「――ハルタ、オヤジにはおれが報告しとく。…あの様子を見た限りじゃ、無法地帯だったここを短期間で平定した噂の『不死鳥』はあいつで間違いねェだろ」
「あーそうだね。まあ、まさかの本物の鳥だとは思わなかったけどさ。セネカも能力者っぽいし」
「…マルコと見合いさせるしかねェな」
「ブハッ…ちょ、腹いたい…っ」
「く、…親父も孫の顔が見れると喜ぶだろうなァ」

残されたイゾウとハルタの会話も俺は知らない。

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