海賊があらわれた


マーサおばさんのパブで出される食事はうまい。
朝昼晩の食事を俺はここでお世話になっていたが、俺が持ち込んだミカサレシピのお陰か来店する度に味が洗練されていく気がする。

いつ訪れてもこの店はひとで溢れていた。
本日は白ひげ海賊団御一行が席を埋めているようで、相席するイゾウとハルタにあちこちから声が掛けられている。
真昼間から大量の酒を嗜むのは海賊だからですか、そうですか…。

因みに、彼女は愛想の良い顔でにこにこと毎回迎えてくれるけど、初めて出された料理には睡眠薬が入っていたのを俺は忘れてはいない。食べる前に気付いたけど。
ラベル無しの魔法薬を利き酒ならぬ利き魔法薬をして遊んでいた過去もある俺に、よくぞ出してくれたもんだと思う。

まあ…つまり彼女は誘拐未遂犯なのである。
したたかな島民の一人であるマーサおばさんは、自警団が編成されると真っ先に俺へ声をかけて食事の世話を申し出てくれた。すっごく複雑です。


「――と、言う訳で、誰も突っ込みを入れてくれなかったお陰で僕の性別と年齢は周りに誤解を受けたまま海へと流されてしまったのでした」
「めでたし、めでたし」
「いや、全然めでたくないからね! ハルタお兄ちゃん!」
「ねえ。セネカって弄り甲斐があって面白いって言われたこと無い?」
「全くないけど…!」
「なんかサッチと同じ匂いがするなー」
「いや、それが誰だか分かんないけど、何となく同情した…」

ニヤニヤと笑うハルタは意地の悪い顔で俺を見ている。かわいい顔をして憎いヤツめ…。

思った通りハルタとイゾウには俺が10歳以下だと思われていた。
ギネス達にも当然驚かれた。やっぱりな!
12歳です、と速攻訂正を入れさせて頂いたが大差ねえじゃないか、と言われて現在ヘソを曲げている俺だ。
子供と大人の三年は全然違うんだぞ。成長期…あんま来てないけどなちくしょう。

チーズとバジルのスコーンをもそもそ口へ運びながら、少し香りの飛んだ紅茶で流し込んでいると、イゾウに「男のくせにちまちま食うな」と笑われた。
彼らにとっても俺の食べる量は少なすぎるらしい。
いや、どうしろっていうんだ。早食いはまず無理だし、行儀悪くなる食い方なんてしたくない。

「そういう風に教育を受けたんで今更直らないデス」
「くくっ…別に直せとは言ってねェぞ」
「だったら何で言ったの…!」
「気分だ」
「あ、そうですか…」
「ちいせェことが気になんならもっと食いな」
「善処します」

テーブル席の横に移動させたフォークス専用の止まり木から、彼女が嘴を使ってイカを食む音が届く。
それを二人は物珍しそうに眺めながら食事をしていた。
同時に俺も弄られてなんだか悔しいです。
俺のマイペースよ。早く戻ってこい。
ほんとやり辛いったら、ない!

薄情にも「白ひげの隊長達とテーブルを一緒に囲むなんて」とハイネケンとギネスには逃げられてしまって、俺は孤軍奮闘中である。相手は手強い。
ダンブルドアや大人ルーピンとはまた違うタイプだ。
セブルスほんと助けて。
俺は翻弄されるよりも相手を振り回したいタイプなのに。おちょくって楽しむ方が好きなのに。
結局噂とやらについても教えてもらえてないし。

「今まで周りが素直すぎたツケがこれか…!」
「ねえねえセネカ。さっき島の子じゃないって言ったよね? だったら、このままフォークスと一緒にうちの船に来ない?」
「おっと、急な前フリが。てか、どうしてそんなお話になってんのさ」
「フォークスをオヤジにも見せてあげたい。オヤジも見たらぜったい喜ぶしさー」
「まさかの…お父さん孝行だと…? 泣かせるねえ…ハルタお兄ちゃんは親子で海賊なんだ」
「あァ? おれも息子だぜ?」
「え、まさかの兄弟宣言とか? …似てないね」
「…セネカってマジで何にも知らないんだ」
「うん。世間知らずな引き籠りでどうもごめんなさい」
「その分じゃ手配書も見たこたァねェだろ」
「うーん。気にしたことも無い、かな。それどころじゃなかったし。だからハルタお兄ちゃんとイゾウお兄さんの顔も分かんなかったよ?」

興味のない話題にはあんまり食いつけない性質だからさ。海賊とか冒険とか。
こちらで過ごすのに必死で――主に薬作りとか材料探しで図書館に籠りっぱなしだった――現在の世界情勢とかそういうのにも手が回っていないのが現状です。
まあ、セブルスに関する話題にならば誰よりも俺だけが食いついて放さないけどな。

ちょっと呆れた風なハルタの説明によれば、白ひげ海賊団のクルーはみんな家族なんだそうだ。
船長である白ひげさんが親父で、あとはみんな息子。
なにその大家族。1600人の息子とか。てか一人一人の名前をお父さんは顔と一致させて覚えてんのか…! 凄いな。

「じゃあセネカはうちに不死鳥がいるのも知らないんだー」
「えっ、フォークス以外の不死鳥!? …いるの?」
「ああ、いるぜ。うちの『オス』はこいつと違って青いけどな」
「…お、おお…青い不死鳥…」
「ふふ、興味持った?」
「うん! すごい! 会ってみたい! もしフォークスのお眼鏡に叶えば不死鳥の交配が可能かも知れないって考えるだけですっごい興奮する…! あ、不死鳥って卵で繁殖するんだっけ…まあいっか。青と赤で何色のヒナが生まれるのかな…!」
「ぶぅフッ!」
「……え、どうしたのハルタお兄ちゃん。急に噴きだして。汚いよ。…てかイゾウお兄さんまで、一体どうしたの?」
「いや……く、なんでも、ない…」

何でもない風には全く見えないんですけど。
声も無く肩を震わせて、イゾウはテーブルに顔を伏せたままだ。
口に入っていた物を少し飛ばしてしまったハルタも何がおかしいのかバンバンテーブルを叩いてご機嫌に笑ってる。
もう何あんたら。訳が分からん。

よくよく見ると俺たちの会話に耳を澄ませていた白ひげクルー一同も、あちこちで顔を伏せたり豪快に笑ったりと妙に忙しい。
説明しろよ俺にも。置いてけぼり感がハンパない。
いい加減にしねえといくら俺でも泣くぞおい。

「あーおかしいー…く、ふっ…」
「…何となく感じた疎外感にめっちゃ落ち込むけど。泣きたい」
「いやごめんごめん。じゃあ、来るって事でオヤジに連絡してもいいよね? ダメだって言ってもさらうけど」
「さらっと誘拐宣言しないでよ、ハルタお兄ちゃん」
「だって海賊だもん」
「可愛く言ったってダメー」
「やだ。欲しいものは奪うもんでしょ?」
「くくっ、違ェねえ」

「――いい加減にして頂けねェでしょうか」

鼓膜を振るわせた低く唸るような声に、軽く目を瞠って振り向くと、カウンターにハイネケンと並んで座っていたギネスが二人を鋭い目付きで睨んでいた。
え、なに、今のお前? 喋れるんじゃん。
吃驚するぐらいかなり良い声だ。セブルスには負けるけど。

「セネカさんは身体が弱い。おれらとは違う。この海の航海になんぞ耐えられる訳がねェ…」

ライオンみたいなお髭を振るわせた凄みのある顔が、敵愾心も露わに牙を剥いている。ハイネケンも同意見なのか、一緒になって獲物を前にした獣のような鋭い眼差しを二人に向けていた。
…まあ、つまりアレだ。
俺を連れていくなと彼らは怒ってくれているのだろう。

ちらりと視線を上げて前を窺うと。
売られた喧嘩は買う主義っぽいイゾウがおもしれェ、と顔に書いて、紅を刷いた唇をくっとつり上げていた。勝てる気がしない。

「“獅子王”ギネスと“猟犬”のハイネケン…お前らの意見なんざ聞いてねェ。…海賊から足を洗ったたァ聞いちゃいたが、こいつの保護者にでもなったつもりかい?」
「…そんなつもりはねェ。おれらじゃ、そう名乗るのもおこがましい」
「は、随分と入れこんでるじゃねェか」
「セネカさんはおれ等の恩人だ! 何も知らねェのを良いことに掻っ攫ってく真似なんてすんなよ!」
「……恩人?」

ちょ、お前ら落ち付け。喧嘩はこの島では御法度だぞ。
もちろん、俺がそう決めたんだが…。手を出されたならともかく、自警団員が自ら破るような真似はすんなって。なあ。
平和的解決を俺は推しますよ。

恩人の一言にイゾウがちらっと俺に妖しい流し目を寄こす。
テーブルに頬杖をついて傍観を決め込んでいるハルタは全く以って頼りにはならなそうだった。うん。分かってたよ。
店内の白ひげ一味にとっても彼らの気勢は酒のつまみ程度の物らしく、酒を片手にニヤニヤと笑って見物するだけだ。

…俺が止めるしか無いんですよね。

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