あッと言う間の二か月


「セネカさん…! 大変でさァ! 白ひげ海賊団が港に!」
「ああ、うん。あとでね。これもうちょっとで完成だから…。あ、報告は続けてても構わないよ」
「白ひげの黒鯨船が港に停泊しやがりま――ハッ、しました! 目的は補給みてェなんで――ハッ、みたいなんでがんす!」
「……うん。ねえハイネケン。僕さ、無理に使いなれない敬語は使わなくてもいいと思うって、前に言った筈なんだけど…それで? あー白ひげ? 噂では聞いたことあるけど…なに、強いの?」
「そりゃ、強いなんてもんじゃっ。四皇っすよ四皇! 伝説の海賊!」
「ふーん?」
「まあ…おれらから手を出さなきゃ問題はねェんですが、」
「うん、まあつまりそういう事だよねー。なら放っておけば? いつも通りを心掛ければ良いんでない?」

よし出来た、と言って詰めていた息を吐く。
火を止めてあとは鍋が冷えるのを待てばいい。

杖を振って冷めたら自動的に瓶へうつし換えるよう柄杓へ魔法をかけ、適当にひっ詰めていた髪を解く。
背後で息を切らせていた(元海賊の)厳つい身体つきをした若い自警団員は、俺が振り向いてにっこり笑うのを見て、『おあずけ』を食らわされた犬みたいな顔で情けなく崩れていた。

この島で何とか採取した代替え品で作られた右腕の薬は一応試作品にあたる。これは毎月一度、聖マンゴで調整を加えるあの副作用の激しいものを再現させた薬だ。
(未来で服用していたものは研究を重ねてはいるが、未だ到達することの出来ない高みにある。材料を無駄に出来ない今、聖マンゴのレシピで応用するしか道はなかった)

鍋の中でとろりと光る薬液は満足のいく出来ばえに見えるが、試してみなければ効果のほどはイマイチ不安でならない。
この二ヶ月間(……)、何度も試行錯誤を重ねた結果なので成功を切に祈ってる。頼むぜ。

刻んだ薬草のクズと幾重にも広げられた調合レシピを片づけている間に、復活したらしい若者が立ち上がって俺を急かす。
どうしても俺に「白ひげ海賊団」を見に行かせたいらしい。
それで俺に拒否られて汚い言葉の一つでも頂きたい腹心算なのが見え見えで困る。おいやめろ変態。…もうこのやり取りも疲れた。

「あー……フォークスが散歩から帰ってきたらね…」
「ありがてェ!」
「ちょ、おい、抱きつくのはやめてほんと勘弁」
「ハァハァ、」
「(あ、やべ、ちょっとスイッチ入ったか)……あんまり僕に頼り過ぎないようにしてよ。何時までもここにいられる訳じゃないし。忘れていないとは一応思っておくけど、僕は身体の弱い子供なんだからさ。病み上がりに無茶させないで」

一応、熱を出して二日前に床上げしたばかりである。
相変わらず俺の体調は寝込んで復活のエンドレスだ。
何かある度にこうも簡単に呼ばれては身体が持たない。
けど、彼らが頑張っている責任の一端は…というか元凶の自覚はあるので、応えられる範囲でならば受けるのも吝かでないのだ。

まったく、いい大人が。
体力ならばそちらに利があるというのに。
相変わらず何らかの悪魔の実を食べたという誤解を受けたままなのがほんと厄介だ。自分で蒔いた種とはいえ。


生活区域として利用している一室から出ると、逞しい腕にひょいっと軽々抱えられて階下へと下りた。
ああ、いや。最早彼らは乗り物であると自分に言い聞かせていますが何か? 運んでもらう相手はちゃんと選んでるし。
それは決して、フォークスが彼らのいない時にご親切にも咥えて運んじゃうのが恥ずかしいからじゃ…ないよ!
羞恥プレイはやめて。

ホグワーツが抱える膨大な蔵書に比べれば見劣りするしかない図書室を抜けて、玄関口に辿りつく。
重厚な造りの扉を押しあけると隙間をすり抜けた生ぬるい潮風が長い髪をふわりとさらった。
スピナーズ・エンドとは空の色も漂う空気も全く違う。

島を一望できる高台にある図書館から見下ろしたオレンジ色の街並み。
(以前はもっとくすんでいたように思える。この二カ月で前とは違う賑わいを見せていた)
その遥か遠くに続く海の手前で港へ停泊している船…、あー…成程、確かに黒い鯨船だ。
他の海賊船と比較してもとても大きい。

「ああ…フォークスのお帰りだ」

港の上をゆったりと旋回して不死鳥が青空を横切る。
光を受けて淡く輝く黄金と真紅は何度見ても美しい。
こちらに向かってくるフォークスに手を振って、ふと街に散る豆粒のように小さなひと影が空を見上げているのを捉えた。

セブルスを恋しく思って俺が泣かないように彼女は散歩だって手短に済ませて傍に居てくれるのだ。
それは嬉しい事だけど、俺がちょっと情けない。
フォークスもダンブルドアと離ればなれになって悲しいはずなのに。彼女は優しい。

「おかえり、フォークス」
「きゅい」
「君はいつも気持ち良さそうに飛ぶね。…僕に気を使わないでもっと遠くまで遊びに行っても構わないんだよ?」
「きゅっ!」
「わ、わっ、怒んないでよ! …僕が悪かった。もう言わないよ。お腹すいてない? もうすぐお昼だから、一緒にマーサさんのパブに行くかい?」

肯定の鳴き声が高い空へと伸びる。
俺を抱えたまま下界にある街へ歩きはじめた青年――名前はハイネケン。二十代半ばくらいで、大型犬みたいな雰囲気がある。たしか、元は賞金首だったはず――の肩で一度羽を休めたフォークスが飛び立った。
ちょっと不満そうな顔をしているが、無視だ無視。
感情を隠せない性質の彼はその表情が分かりやす過ぎて、時々ウザったいけど、腹の底を探り合う必要も無い。
だから俺は…彼を傍に置くことを許している。

高台から続く街の入り口へ差し掛かると、そこでもう一人、待ち構えていた大人が俺たちの隣に並んだ。
彼は、俺に自警団のまとめ役を丸ごと投げられたひとで、これまた良い歳したおっさんである。
ちょっとライオンみたいな髭が特徴的な無口な男だ。
彼の名前はギネス。なんでも元は名のある海賊船の船長さん、だったらしい。

彼らの首にはスリザリンカラーのスカーフが巻かれている。
自警団員の証しだ。
まったく統一感のない服装の彼らはまず人数が多過ぎる。(百人は…越えてるか?)なので、制服を揃えるよりも手っ取り早く目印になるものを選んだら、まあこうなったよねー。

なお、港には同じ緑に銀色で縫い取りされた我が社のマークが誇らしげに揺れています。ちょっと、いやかなり嬉しい。
トワイン社、異世界支部ってなんか響きがアレ。

「港の方はいいの? ギネス。白ひげ海賊団が来てるってハイネケンが騒いでいたけど」
「…(こくり)」
「そう。問題無いなら別に良いんだけど…。僕らはこれからお昼だけど、ギネスも来るの?」
「…(こくり)」

せめてもうちょっと喋る努力をしようか…。
髭面で無愛想なおっさんが無言で頷く姿とか別に可愛くねえから。うん。

舗装された石畳を歩く、子供の俺を抱えたハイネケン青年とそれに付き従うギネスの髭面は最早ここでは見慣れた取り合わせでもある。
まあ誰も突っ込まないしね。
つーか、多分、俺の年齢と性別は確実に誤解されまくりなのだが、もう別にいい。
スラックスとシャツに薄手のカーディガン。スカートを穿いてる訳でもないのに彼らも島民も揃って俺が女の子に見えるとかまったくおかしい。


「あ、もう降ろして。自分で歩くから」
「えっ、転ぶっスよ?」
「おいどんだけ信用ないのそこんとこ」

なにそれ。俺が転ぶことって異世界でも共通なの?
渋々降ろしてくれた青年から離れると、それを狙っていたのかフォークスが肩に舞い降りてくる。
ずしっと重みが頭に乗って、安定を欠いた足取りがよろりと前へ進む。そこをふん、と両足を踏ん張ってなんとか一人で歩き始めた俺が、ここで前方不注意であったことは素直に認めよう。

「わ、」
「おっと、」

前方から歩いて来た二人組の着物を着たおねえさ…いや、胸板がガッツリ見えるから男だな。紛らわしい。
まあ要はぶつかってしまった訳だが。
艶めかしく髪を結いあげた男の顔を見上げた恰好で、反動で後ろにバランスを崩した所を支えて頂いた。
化粧の施された相手の顔。ふわりと立ち昇ったいい匂い。けど、筋の浮くゴツゴツした腕は確かに男の物だった。

転んではいないけど「それ見た事か」と後ろから溜息が聞こえてきそ、う……おや、なんでお前らちょっと戸惑ってんの? ギネスの方はむしろ焦ってる感じだけど、どうしたお前ら。

「ご、めんなさいっ」
「あぶねェな。坊主、次からはちゃんと前見て歩いてな」
「……は?」
「あァ?」
「いや、え、んん?」
「どうした、おれの顔に変なもんでも付いてるかい?」
「イゾウの顔が怖かったんじゃない? ちっちゃい子を怯えさせちゃダメじゃん」
「うるせェな。この顔は元からだ」

俺よりも見かけは年上であろう少年を凄みのある顔で見返した、着物のひと。彼の言葉は俺に衝撃を与えた。
またもや受け取られた年齢に関して思う所はあるものの、今はそれどころじゃない。
初めて、…そう初めてだ。
この世界に来て初見で俺を男だと見抜いた人はアンタが初めてだよ! ありがとう!

硬直したままの俺に少年が視線を落とす。
少し癖のあるサラサラの前髪から覗くアーモンド形の瞳に、マヌケ面をさらす俺が映っている。
何となく永遠の少年ピーターパンを思い出す。
いやむしろ格好的には王子様か?
彼にも「大丈夫?」と聞かれたのでハッと意識を取り戻し慌てて非礼を詫びた。

「いや、あの…ほんとごめんなさい。大丈夫です、はい。前を見て無かった僕のせいでお手間とお時間を取らせてしまい申し訳ないです」
「……ばか丁寧なガキだな」
「いやもうほんと…何せ初めて僕のことを初見で男だと分かってくれた人に出会った衝撃が雷みたいでして。いやだ、もう泣きそう…。何言ってるんだろう」
「つまりはイゾウの所為で泣くんだ」
「おいおいハルタ。まるでおれが泣かしたみてェに言うんじゃねェ」
「いや、間接的にそうなんじゃない? てかさ、さっきから気になってたんだけど…その鳥、なに? 重くないの?」
「きゅい、」
「フォークスです」
「…名前を聞いた訳じゃないんだけど。――…あ! 赤い鳥! もしかして、これが噂の不死鳥じゃない? ねえ、イゾウ。ほらマルコたちも言ってたじゃん。真っ赤な不死鳥を見たって」
「……は? うわさ?」

なにそれ。初耳。
どういうことだ、と後ろを振り返る。と、同行者の一人がバッと顔を明後日の方向へと逸らした。
おいおっさん。あからさま過ぎだっつーの。何か知ってんだろその顔は。
ハイネケンはバカ面をやめなさい。
俺が引き籠って寝込んでいる間に何かが起きていたらしいと瞬時に察する。

何となーく聞き覚えのある名前をハルタと呼ばれた少年もイゾウと呼ばれた彼も音にしていた。
彼らが白ひげ海賊団の一員で、しかも隊長達である事を知ったのは、そのまま何故か一緒に馴染みのパブで昼食を取ることになってからのことだった、のである。

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