悪気はない、悪気は


「おめェ、馬鹿かよい」
「いやなァ…マルコ。仕方がなかったんだって。気絶してんのに放っておく訳にもいかねェだろ」
「だからって連れてくる馬鹿がいるかよい。エース、拾って来たのはお前だ。責任持って元あった場所に戻しとけ。今頃は親が探してるに決まってんだろい」
「あー…そういやそうか」
「馬鹿だな、エース」
「ほんと馬鹿だよい」

意識をチクチク突く会話に瞼が震える。
おいおい、ひとの頭の上で何をやり取りしてるんだか。俺は拾われて来たネコかっつーの。

もぞりと身体を動かして未だに拘束している腕に気付いた俺は、ぱちりと瞬きをして自分を抱きかかえたままでいる青年の顔を見上げた。おっと、意外にもイケメンですね。

そばかす顔が俺に視線を落とす。
青年の影からチカリと光った太陽に瞳を射られ、割れるように痛む頭にかすれた呻き声を上げた。
あー、これはまた何て言うタイミング。
自分の体調は自分が一番良く分かっている。身体は熱いのにぶるりと震える肩…熱まで出たぞこの野郎。

「お、目が覚めたか?」
「……はい。おにいさん、だれ?」
「ん? ああ、おれはエースって言うんだ。ほんと悪かったなー、巻き込んじまって。どっか痛いとこあるか?」
「…頭、ガンガンする。ごめんなさい、」
「なんでお前が謝んだ?」
「ぼく、身体が弱いから…今すっごく…熱い…」

青年にくったりと体重を預けながら億劫そうな声で説明をしようと口を動かす。
額に伸びて来た、青年では無い誰かの大きな手がひんやりと冷たい。

「あーこりゃ、熱があるな…」
「え、マジかよ」
「どうすんだマルコ、まず船医に見せるか?」
「……」
「エースにこのまま島に置いて来させても動けねェだろ。流石にそりゃあちっと寝覚めが悪ィぜ?」
「はあ…仕方ねえ、その後で親を探すしかねェよい。身体が弱いっつうんなら益々早く返さなきゃならねェだろうが…。エース、責任持てよい」
「おう!」
「…あ、いや、親は探さなくても大丈夫です」
「「?」」
「ぼく、一人なんで。探してもいないです、よ」
「……ひとり? あの島に来た旅行者の子じゃねェのか、嬢ちゃん」
「(また嬢ちゃんかよ…)あー、…何かよく分かんないけど、迷子? 親はいませんよ。で、今は人攫いにあってる…? ここがどこだかも良く分かんない」

少し身体を起してこてりと首を傾けたら、俺を覗き込んでいた三人の男が複雑そうなバツの悪そうな顔を晒した。
いや、間違ったことは言ってねえよな。
実際、さらわれたようなもんだし。

男たちから視線を逸らした俺は、自分が今どこに居るのか知るために首を回して、目をまん丸に見開いた。
おい、なんで船の上? しかもとてつもなく馬鹿でかい、…ほんとに船か?

どうやら意識を失った俺をそこらに放って置けずにいたらしい青年に持ち船まで運ばれたらしいと理解する。
身体を起していられずまた体重を預けた俺は、自分を囲む顔を窺い見た。…随分と個性的な髪型ですね。
俺を抱える青年と、頭頂部にだけ金髪を生やした眠たそうな目をした男と、前頭部にバタールを生やした顔に傷のある男。
半裸とがっつり前の開いたシャツとコックコート。
総じて憎らしいほど背が高いぜちくしょう。

さっき顔を巡らせた甲板にも大勢の男たちがいた。
どれもこれも何とも甲乙つけ難い悪人面である。ムッキムキか! 迫力のある顔ばかりが揃う船の上って息苦しそうだ、なんて思う。
剣と銃を装備している様はまるで、その昔に居たと言う海賊のようだ。…ははっ、まさかな。


薄っすらとかいた汗で前髪が額に張り付く。
具合を悪くさせた責任を感じているのか、耳をヘタらせた犬のようにきまりの悪い顔をする青年に苦笑を浮かべて、ゆるりと瞬いた。
親がいないと言った俺に彼らは何らかの誤解を抱いているようだが、俺には知ったこっちゃない。

「エース…おにいさん、」
「ン、どうした?」
「その…あんまり気にしないでね。これ、いつもの事だから。薬を飲んで寝たらそのうち治まるから…」
「……いや、悪いのはおれだ。すまねェ」
「いいよ。だって、巻き込んだのは事故みたいなものでしょ? …食い逃げはいけない事だとおもうけど、」
「あー…」
「やっぱりそんな理由か…。子供にまで言われてんなよい」

苦い顔をする眠たそうな目のひとがエース青年を睨んだ。
めちゃくちゃ迫力がある。これは普通にビビるだろ。
へらっと誤魔化すように眉を下げたエースへ、俺は注意を引くように剥き出しの肌をぺちぺち叩いた。
あの美しい連れの鳥が先ほどから見当たらない。

「ねえ…、フォークス、どこ?」
「フォークス?」
「うん。一緒にいたはずなんだけど。あの子がぼくの薬が入ったカバンを持ってた」
「…? 連れが居んのか? でもよ譲ちゃん、さっき自分でひとりだって、」

バタールを頭に装着させたひとが言葉を切った。
ぼぼ、と俺たちの頭上で真紅の炎が上がったのを見て、何故か二人はエース青年を見る。青年がぶんぶん首を振った。
どういった意味のあるやり取りなのだろう。

真っ青な空にクッキリと浮かぶ炎は再生のほむらだ。
俺はその正体が何かを知っていたので、迎えるために重しが付いたように動かない右手を空へ伸ばして笑みを浮かべていた。

「フォークス、どこに行ったかとおもっ――!?」

高く嘶いた不死鳥がトランクを鍵爪に引っかけながら空から下りてく……おい、何故に急降下だ。
覚えのある光景に自然と背中がひやりと震える。
おい見ろ。
鋭い嘴が真っ直ぐと俺の、俺を抱えるエース青年を狙って勢いを乗せているではないか。フォークスの目付きがやばい。

わたわたと慌てながら抱えていた青年に早く降ろして、と言う俺に、空を見上げていた瞳が不思議そうに瞬いた。
そんな呑気にしている場合じゃないんだぞ!

「ちょ、は、はやくして、エースおにいさん!」
「お、おいっ、暴れんなって! 落ちるぞ!」
「だってこのままじゃお兄さんの目ん玉がえぐられちゃう…! エグイことになっちゃうよ!」
「はあ?!」
「フォークスは不死鳥だもん! あの嘴はすっごくヤバいんだよ! ――はやく! お兄さん、人攫いだからフォークスがおこってる!」

状況から見て俺の推測にまず間違いはないだろう。
俺が吹き飛ばされて連れ去られた状況をフォークスは目撃している。
本来、不死鳥の気性は穏やかだ。殺生はしない。
しかし今は主人であるダンブルドアが居ない代わりに、俺に良く懐いている彼女が何を考えたかなど分からないはずがなかった。

予想通りエースの目を狙った攻撃は彼が避ける事で不発に終わったが、フォークスは諦めない。
ダルい身体をおして俺はエースを守ろうと動いた大人たちに「フォークスを傷付けないで!」と訴える。ちょっと過激だけど彼女は悪くない。
その間に大きく旋回した真紅の不死鳥は再び戻って、船縁までたたらを踏んで後退した青年に体当たりをかました。

ぐらっ、と視界が歪み――強い眩暈に襲われた。
っ、こんな時に!

腕を突っぱねて降りようと抵抗していた俺がその当たりに負けて海へ身を投げ出したのは、緩んでいた腕の所為であることをここに記しておく。

「嬢ちゃん…!? ――エース!」

投げ出された俺をフォークスの嘴がうまいことキャッチしたと同じ頃、体勢を崩したエースの身体が背中から海へと落ちようとしていた。
大きな船は海との高低差が大きい。このまま海面に叩きつけられては怪我をしてしまうだろう。
そもそもの原因が彼にあるとはいえ、それは余りにも不憫だ。

『っ、ウィンガーディアム・レビオーサ!』

不安定な体勢のなか身を捩じっての浮遊呪文。びゅーん、ひょいと指を振ってその落下を止める。
くい、と手首を返してエースの身体を動かすと勢い余って甲板の中ほどまで飛んでいった気もしたが、まあ良いだろう。無事であれば言い訳は何とかなる。

金色の尾羽がひらり視界の上から舞い降りた。
ぼぼ、と燃える真紅の炎が不死鳥ごと俺を燃え上がらせる。

「――ごめんなさ」

謝罪の言葉はほむらに呑まれて掻き消えた。
フォークスが俺を奪還したことにより、俺と彼らの繋がりはそこで途切れたように…思われた。

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