コマンド:しらべる


でっかいジャングルだ、と当初は考えていた森も実はそう広いものではなかったらしい。

歩く前から予想していた事だけど、途中で体力切れになりバテた俺はフォークスにお願いして…やっぱり嘴に摘みあげられていた。
不気味な鳴き声の聞こえたジャングルの向こうにはちゃんと人の住む町がありましたよ。
あったけどさ…。ほんと、ここってどこ?


石畳の敷かれた大きな通りに出た俺は全く以って場違いな自分に早々に気付いてしまった。
つーか実際浮いてる。フォークスに運ばれているからってだけじゃない。
痛いほど視線がビシバシ飛んできてるよねコレ。
…ああ成程、フソウが用意した一般的なマグルっぽい服装の俺が見るだけで暑そうですって視線で訴えられてんのか。はいはい。現実逃避、現実逃避。

見た事も無い色合いのフルーツを売る屋台。
灰色のレンガで造られた住宅らしき物と所々に植えられたシダ科の植物。
見たところ魔法の気配も感じられないことから、恐らくマグルの街なのだろう。

思ったよりも人はいた。
けど、先ず持って住人と俺では人種が違う。(あちらさんは東南アジア系っぽいなー)
なのに聞こえる言葉は日本語という不思議現象が。

試しに母国語で『こんにちは』と話しかけたら「は?」という顔をされたのでどうやら通じない模様。
ミカサに日本語を習っていたので日常会話程度なら問題ない。
読み書きは微妙なのでそこは心配だ――と、思っていた傍から目に入る情報が普通に英語だった。

…おい褐色肌の上だけビキニの色っぽいお嬢さんが馬に騎乗してるけど、それってここでは普通なの?
ぱっかぱっか。効果音までのどかである。


『まずい…まずいぞコレは…』

文明的な意味で不味い。
飛行機とか列車とか移動手段的な意味で不味い。
他国とはいえ魔法省があるはずだと、イギリスへ帰る手段を練っていた俺の考えが無駄になる予感がヒシヒシと押し寄せて来ていた。
セブルスたすけて。

「お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」
「一人なのかい? 親御さんとはぐれたか?」
「うお、なんだその鳥!? 危なくないのかぁ!?」
「あー…熱くないの?」

フォークスから降りて(放してもらって)トランクを運んでもらいながら精一杯の子供らしさを装い、物売りのおばさんやおじさんに声をかけたら…まあご覧の通りの言葉が返って来た。

おい待て。お嬢さんじゃねえよ。
迷子なら海兵さんとこ連れてってやろうか、なんて気遣わしげに言ってくれたひともいたけど、てか大抵二言目にはそう親切に言ってくれるんだけど…海兵って、なんだそりゃ。
そこは普通、警察じゃねえの? この国の警察は海兵って言うのか? んなわけねえか。

「大丈夫、ひとりでもいけるよ! でも、海兵さんがどこに居るかは分かんないの…」
「そうかい? じゃあ、港の方に行ってみな。ここはちいせえ島で駐屯所もないが今日は運がいい。港に海軍の軍艦が止まっていなさるから、親御さんもそこに行ってお嬢ちゃんを探してもらってるかも知んねえなあ…」
「ふーん…行ってみるね。あ、林檎! ありがとうございました! 甘くってすごく美味しいね! 食べたこと無い味」
「嬉しいことを言ってくれるねえ…。これはこの島の特産品なんだ。蜜漬とか果実酒にすっとうまいぞォ。まあ今度は親御さんたちと寄っておいで」
「うん! じゃーね、おじさん!」

ぐりぐりと頭を撫でられて手を振って別れた。
人の良さそうなおじさんに貰った林檎らしきものをシャリシャリ言わせながら教えてもらった港を目指す。
林檎に似た甘酸っぱさを舌で感じながら咀嚼していると、鼻に抜けるベリーのような香りに包まれる。ごくん、と飲み込めば後味はまるでキウイ。もう一口齧れば今度はメロンみたいな甘さになった。
なんだこれ面白い。ほんと食べた事もない味わいに暫し驚嘆する。

おじさんと話して集められた情報によれば、ここには海軍がいて軍艦も来ている。海兵は頼りになる存在らしい。
流通している通貨はベリーで、話の端々に「偉大なる航路」という聞いた事も無い単語と「海賊」という不穏な単語も交じっていて首を傾げる。なんだそりゃ。
ほんとはもっと深く探りを入れたかったが、不審がられる事を恐れて当たり障りなく別れた。

『ますます不味い…とんでも無く、不味い気がする…』

指に滴って来た果汁を舌で舐めとりながら呟く。
寄る一方の眉が終いにはへたっと下がる。
図書館とか無いか? 本屋でもいい。情報が欲しい切実に。

良く見れば街のあちこちに『WANTED』の文字が見える。手配書だ。恐らく、犯罪者の顔と額が張られているのだろう。
名前と共に飾られた写真は動かないマグルの物で、試しに通りかかったご老人に「アレは誰?」と聞いたら「ああ、最近名を上げたルーキーだね。新聞でもよく取り上げられてるなァ」と返って来た。

そんなの、知らない。
じわじわと広がる不安と焦りに身体が緊張して足取りまでがギクシャクしてきた。いい加減悠著に構えている場合じゃないよな、コレ。

もしかしてだけど。もしかしてだけど、と。
悪い考えに視線を落としながら重い足を動かしていた俺は、いやいや希望を捨てるなと顔を上げ、突然、進行方向にある飲食店の扉が吹っ飛んでいったことでビク、と肩を跳ねさせる。
そして自分の身体も勢いで飛んでいった。
コミカルな場面ならば「あーれー」と叫んでやったに違いないが、体重の軽い自分が今は憎い。

「く、食い逃げだー!」
「すまねェな、今は持ちあわせがねェんだ。おっさんのピラフ、すげー美味かったぜ!」
「金を払ってからそういう事はいえ!」
「んだよ、悪かったってい……んお!? やべ、ひとがいたか! 悪ィ、おい大丈夫か!?」

受身なんて取れるはずもない俺が地面と全身でご対面している頭上から声が掛かる。
どうやら今し方扉を吹っ飛ばした張本人の模様。
即ち俺をこんな目に遭わせた犯人である。
なんだか肩の辺りを揺さぶられている気がするものの…元々体力切れな上に、勢い良く転ばされてぶっ倒れた俺にそんな気力が残っている筈もねえ。
声も出ないとはまさに今の俺である。

「まずいな…打ち所でも悪かったか…? ――仕方ねえなっ」

ぐっと腹に圧迫感を感じる間も無く身体が浮き。
背を支えるように回された腕を感覚だけで受け取った俺は、ぐらぐらと揺れる身体の動きで薄っすらと瞼を上げた。
おお…めちゃくちゃ逞しい胸筋が見えますね。
つーか、服はどうした。頬へ直に当たるのは明らかに人の肌だ。なにこのひと、裸なの?

「あーしつっけェなあ…。モビーに戻るにも港には海軍が来てるらしいし…どうすっかなァ」
「(おい…無計画かよ)」
「お、気が付いたか? けど悪ィ、ちっとばかし付き合ってくれ。おっさんがしつけェのなんの」
「(だったら初めっから食い逃げなんてしなきゃいいのに)」

ぼんやりと瞳をゆらす俺に気付いたらしい青年の声に俺は緩慢な動きでこくりと頷いた、ような気がする。
ああ、だるい。声を出すのも億劫だ。
ひどい乗り心地に気分も悪くなりつつあった俺が意識を手放すのもそう長い時間は掛らなかった。

取りあえずこれって、人攫いであってる?

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