なんで?


イゾウに運ばれるのもここではデフォルトとなりつつある。
先ほど薬を飲んでから少しの休憩を挟み、宣言通り一応頑張って持ち直したつもりの俺だった訳ですが…結局はこうなんのか。

「そのうち歩けなくなりそうです」
「どうした急に」
「だって、ちっとも歩かせてくれない」
「直ぐに転ぶ上に体力もねェおまえが悪い」
「(ああ、どっかで聞いたことのあるセリフだなー)」

過保護。そう過保護です。
俺の周りは何らかの力が働いているのか過保護が伝染する。
セブルスから始まり、リリー、ミカサ、ポンフリー、深く係わる人は大抵そこに落ち着く。
危なっかしいからという理由で。
(変態も同じくらいの割合で増えるのだがそこはカウントしなくともよろしい。やめろ。気が滅入るから)

まあ言っちゃ悪いが、彼はあんまり子供好きには見えない御人だ。俺を抱える姿にぎょっとされる位だし。
イゾウの方はどういうおつもり何でしょうかね。とか、悩んでみた。答えなんて出ないけど。


移動する道すがら聞いた話によると、どうやら俺は今日からモビー・ディック号で過ごす事に決定したらしい。
イゾウとハルタが戻ったので今度は他の二隊とそっくり入れ替わるとも言われた。大移動じゃねえか。
あと、こっちの船医も俺と一緒に乗り込むんですってよ。

隊の移動はともかく、俺の移動について「なんで」と聞いたら「マルコから話は聞いてんだろ」との答えが返って来たのでイゾウは昨夜話した内容を把握しているようです。

もしかして盗み聞き…?
恐らくマルコが気にしていた相手とは彼だったのかも。
そうなると、あの後でマルコから聞きだした可能性の方が濃厚にみえて多分違うんだろうなあと俺は思ってる。
だって、イゾウがニヤニヤしてるし。

「まさかマルコの方から切り出してくれるたァ、おれも思わなかったな。セネカ…お前ェマルコに何か言ったかい?」

イゾウの質問に昨夜の事へと思いを巡らせてみたが思い当たることは特に無かった。多分ね。
こて、と首を傾げて僅かに首を振る。
しつこく居座るダルさから凭れていた身体を少し起こすと、前を見据えたままの横顔と目尻に引かれた鮮やかな朱色に視線を注ぐ。

「それって珍しい事なの?」
「…マルコは家族の中でも人一倍警戒心が強い。おれも同じ隊長だがなァ、あいつのソレは少し違う。オヤジと家族を大切に思うからこそ常に一歩引いて物事を見る癖があんのさ。一番隊を預かる男はそういう奴だ」
「…ふうん」
「つまりはお前ェが気に入られたって話しさ。くくっ…マルコの奴は否定するかも知れねェがなァ」
「…だからさっさと返事をしろって?」
「そういうこった。まあ、“記憶”が溜まるまで待たされるくれェはこっちも構わねェさ」

甲板へと続く扉に手をかけながら言って、イゾウの瞳が薄く細められた。
答えは「YES」しか受け付けねェ。そう言いたげな顔だ。
いや、うん。素直じゃ無いのはセブルスの専売特許なんだが…そうまで言われると益々答え辛くなってしまうじゃないか。
それともソレが狙いなの?
だとしたらほんと、意地の悪い人である。

着々と外堀から埋められていってることに気付いてはいたものの、強く止める事も出来ない俺は確実に流されていた。

イゾウとの約束もあるので、逃げる事は選択肢にない。
マルコはただ俺にどうするかと問いかけただけだった――頭ごなしの命令でも無ければ、俺の意思を無視したものでもない。拘束もされて無い。俺は自由だ。どこへでも行ける。
ならば、誠意を持ったお誘いには俺も誠意を返すしか無いのだ。


モビー・ディック号の甲板には屍がゴロゴロしていた。
もとい、昨夜のうちに量産された酔っぱらいが未だに放置されてる。
こんなに寒いのによく平気だな。風邪引くぞ。と、思う傍からくしゃみが聞こえてきた。
ぺちってやたらと可愛いくしゃみだった。
…一体どのおっさんだ?
汚れて散らかった甲板掃除のみならず船医の仕事まで増やすなよと俺はちょっと呆れている。

「あ、エースお兄さん」

なんと。エースもですよ。
半裸なのに? 一晩をここで過ごしたのかよ。
それは流石にまずいんじゃないのか?
イゾウの腕から見る景色は見晴らしが良い。首を巡らせるだけで船縁にぴったり張り付くように身体を横たえているエースの背が見える。
白ひげの刺青を入れている背で直ぐに分かった。

イゾウにとっては見慣れた光景なのだろう。
構うこと無く呻き声を上げるおっさんを跨いで、広い甲板を横切ろうとする。

「…ねえ良いの? アレ、」
「構うこたねェさ。掃除も当番の奴らの仕事だ」
「ぐぅー、ぐきゅるるる…」
「……すごいお腹の音が聞こえるけど。アレ、エースお兄さんの方向…だよねえ?」
「あァ、いつもの事だ。エースは腹が空くと目が覚めらァ」

はあ、なるほど。そう言うしかない。
エースに渡す物があるんだけど、後でもいいかな。
俺もお腹が空いたし、朝食を食べた後は上陸する予定だ。

多少の困惑を覚えた俺を抱えるイゾウの両手は生憎と塞がっている。
その肩に止まっていたフォークスも黒鯨から降りて直ぐに散歩へと出かけてしまった後だった。

迷い無く足を進める彼に向かって甲板に出ていた何人かのクルーが青い顔で挨拶をしてくる。
つーか、確実に二日酔いをしてますって顔色だな。
よろよろとした足取りで転がっている瓶を追いかける後ろ姿がとっても憐れです。…あ、こけた。
おっさんがおっさんにハプニングよろしく倒れ込む光景は絵面的にも大変よろしくない。つーか、見たく無かった。

「はあ……イゾウお兄さん、ちょっとだけ降ろしてもらっても良いですか? そうお手間は取らせませんので少し時間を下さい。降りた後は自分で歩きますから、」

イゾウは俺がしようとしている事を何となく察したようだ。じっと顔を覗き込まれるのを受け入れる俺にひとつ溜息を吐き、トランクを置くと腰を屈める。
や、すみませんね。ほんと直ぐに終わるんで。
俺が降りやすいようにと背の高い彼が気遣ってくれた腕から「ありがとう」と礼を告げて離れ、両手を振って滑りだした杖を握りしめた。

右腕はエースに狙いを定め。
左腕は甲板に円を描いて。
俺の杖腕は左右どちらも、声に出す呪文と脳内で唱えた呪文は全く違う効果を生み出した。

『エレクト、アクシオ――エース』
(スコージファイ、テルジオ)

エースを立たせて呼び寄せ呪文で引き寄せる。
(呼び動作も無く突然直立した青年に、一番近くにいたおっさんがビクッと大げさなほど震えてた)
まるで磁石に引き寄せられたようにエース青年が勢い良く飛んでくる中、甲板に散らばっていた空きビンや食い散らかしたゴミが消えて、汚れも拭き取られた。
目の前にエースを無事着地させたあとで、最後にもうひと振り。
空樽を浮かせて脇に寄せたらそこで終了である。

二本同時に使って魔法を唱えるのはなかなか難しい。
集中していないとうっかりやらかしそうだ。
…今までこっそり練習して来たけど、そういえば人前で披露したのはこれが初めてかもしれない。

「な、なんだァ…?」
「二日酔いのおじさん方、おはようございます。驚かせてしまってごめんなさい。差し出がましいかな、と思いましたが勝手にお手伝いさせて頂きました」
「おーそっか、なんかよく分かんねェがありがとな! いやー助かったぜ!」
「いえいえ、礼には及びません。昨夜は僕もご馳走に預かりましたので此方こそですよ」

二日酔いで頭が回らないのかな?
どうやら何が起きたかよく理解できなかったようだ。
それでも、きょろきょろと辺りを見回していつの間にか甲板が綺麗になっていた事には大変喜んでいる。

「あ、お休みになられる前にそこらで転がっているおじさんたちを起こしてあげて下さいね! 風邪を引かれては可哀想なので」

手遅れかも知れないけどとは言わないでおく。
にっこり子供らしい笑顔を添えてのお願いには、初めは怪訝そうな顔をしていた彼らも笑顔で快諾してくれた。
まあ、イゾウが後ろから「お前ェら、いい大人がガキの世話になってんじゃねェよ」と、心なしか低い声で言うとそれも直ぐにひっ込められたが。

「セネカ、お前ェも次からは手を貸すんじゃねェぞ。今回は特別に許したが、あんまり便利なもんを見せびらかすのもやめな」

おっと。どうやらご機嫌を少し損ねてしまったようだ。
声にふり返って仰ぎ見た額には皺が寄っている。
イゾウの仰ることは最もなのでそこは素直に頷いて、おっさん方がそそくさと散らばって屍をゆり起こす作業を開始したのを確認した。

さてそれじゃあエースを起こすか。
と、思う傍からイゾウの踵がエースの無防備な腹に落とされていたんだけど、いやアンタほんとに容赦ねえな。
「ぐえ」というカエルの潰れたような音がエースの目覚めの第一声だ。

ひとを踏みつけるイゾウの顔がとっても良い笑顔だったので、元々そうではないかと思っていた俺の中で彼はドS認定されていた。

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