冒険の書をひらく


――おれが一体、何をしたというんだ。


ぎゅ、と握り込んだ指の間からパラパラと砂がこぼれ落ちていく。
細かい粒状のそれはじっとりと湿った手のひらに付いていたもので、なぜ付いたかと言えば、俺が先程まで熱々に熱された砂浜に両手をついていたからである。

俯いた視線の先には、ピカピカに磨きあげられてたはずのプレーントゥシューズ。
(ミカサが誕生祝いだと言って態々職人を呼んで作らせたビスポークだ。セブルスとお揃いの)
ふらついて重心を傾けるとその分だけ革靴が砂に埋もれる。
下ろしたてだったスラックの両膝も同じように砂が纏わり付いていた。

手を払うついでにパンパン、と軽く叩くようにそれを落とすと、のろのろと鈍い動作で首を巡らし、また同じ言葉を今度は声に出して呟く。

『いやほんと…俺が一体、何をしたというんだ…』

またか。またこんな突然かよ。
ただほんのちょっと居眠りをしていただけなのに、いったい俺の身体はどうなっていやがるんだ…。
夢遊病にしては性質が悪すぎてなんだかムカムカする。やだやだ、吐き気がして来た。現実逃避したい。いやさせてくれ。

海の色を映した広い空を見上げながら俺は遠い目になる。

――そう、海である。
目の前に広がるのはどう見たって海だ。
潮の香りはするしカモメも飛んでる。寄せて返す波の音は耳にちゃんと聞こえるし触れば濡れるよね。びしょびしょです。
ていうか、俺なんでこんなに濡れ鼠なの。

日を遮る物のない砂浜で直射日光をガンガン浴びながら佇む俺の前にはだだっ広い、海。それしかない。
どう見ても異常事態ですねありがとうございます。


パチン、と指を鳴らして魔法で全身を乾かした。
塩気を含んでいるせいか若干パリパリになってしまった衣服に眉をしかめながら、突然こんなことになってしまった前のことを思い出す。

お楽しみだったハロウィーンも終わり、ホグワーツはクリスマス休暇に突入した。
俺とセブルスは今年もマルフォイ家のパーティーに招待されている。
仕事が山ほど待ち受けてるしかない会社に戻るのはほんっと、ほんっとに嫌だったけど、帰る準備を終えて列車が到着するのを待っていた、はずだ。
ホグワーツから出発したのも覚えている。相変わらずトーマの奴が食欲旺盛で、セブルスとふたりで呆れていたのも…ちゃんと覚えている。

はて、しかし。その後はどうしたのだったか?
うっつらと船をこいでちょっとだけ、と瞼を落とした…ような?

記憶を手繰りよせながらも自分の装備を確認する事は忘れなかった。
両腕に触れて杖が二本ともあるのを確かめ、着ていたツイード地のコートを脱いで内に仕込んでいた「札」が海水に濡れてよれよれのお役御免となったことを知って尻ポケットに捻じ込んだ。
荷物もある――帰省するために用意したトランクがひとつ、開けて軽く中身を覗き込んで濡れてもなく無事であると確認。
俺も無傷で、心配していた右手もちゃんと動く。若干頭が混乱によりクラクラするがまあ良しとするか。

…ハッ…セブルスがいない。これは大問題だ!

そして何故か隣には愛らしく小首をかしげる不死鳥が一羽。
どういう状況だ。マジでわからん。

『…何故ここにいるのだよフォークスさん』
「きゅう?」
『いや、首をかしげられても…俺も困る。アルバスは一緒じゃ…ないよねー…ごめん』

問いかけたらフォークスの瞳がうるっと悲しげに潤んだので慌てて謝った。不用意な事を聞いてほんとごめん。
俺だって誰かに「セブルスはどうした」と聞かれたら同じような反応を返すだろう。
聞いてくれる人はいないと思うけどね。
しゅんと項垂れてしまった不死鳥の頭をよしよしと撫でながら、現状把握に努めようと俺も自分を慰めていた。


元いた場所から突然違う場所に移動していたという事態はこれが初めてではない。
ホグワーツに入学する以前。聖マンゴに入院していた時代にも一度味わったことがある。
あの時は未来に飛ばされていたが…今回はどうなんだろう。
過去か? それともまた未来か?
…ん? そういえば、もう一度同じことがおきると彼も言ってたな。

ふむ。成長したセブルスに会えるのならそれはそれで嬉しい。
大人の色気…ごくり。
おっとやばい、本音がポロリした。
二ヤけるなばか。状況を考えろ俺ってヤツは、まったくけしからん!

『まあどっちでもこの際構わないけど、取りあえずほんと、ここはどこだよ。イギリスにこんな場所…あったか?』

澄みわたった青い海に一面の砂浜。
暖かいを通りこして熱い気候はバカンスにはもってこい、とは言えない。(この時点で俺達がイギリスに居るという可能性は捨てた方が良いだろう)
それにしても…ジャングルかと突っ込みを入れたい程の背後に広がる森…森か? なんだか聞いた事も無いような不気味な鳴き声が聞こえてくるんですけど…。

薄気味悪いというレベルなら禁じられた森で慣れている。とはいえ、丸っきり南国みたいな場所に突然一人と一羽でぽつんと置き去りにされていたという残念な気分には慣れる気がしない。

はあー、と重い溜息を吐いて後ろを振り返る。
トランクの元までとぼとぼ歩くと、心細いのか、フォークスが親鳥を追うように後ろから付いて来たのにちょっと癒されたぜ。なにこの子かわいい。
浮遊呪文でトランクを浮かばせた俺がジャングルの入り口まで来て、フォークスを待つ。
ばさりと羽を広げた彼女は俺の両肩に足をのせて頭の上に腹を落ち着かせる。…ああ、うん。まあこれは予想通りだ。

尾羽までを入れると軽く一メートル以上ある不死鳥。
それほど重くもないのが有難いと言えばありがたい。
頑張れ、俺の体力…まだ始まったばかりだぞ!

『フォークス』
「きゅい?」
『取りあえずここには入んないから。危険かもしれないしね、ジャングルの周りをぐるっと移動してひとが居そうな場所を探すよ』

良いお返事を返してくれたフォークスの胸元を、腕を精一杯伸ばしてくすぐるように撫でる。クルクル、と機嫌の良い鳴き声を喉奥で響かせたフォークスが猫みたいに指へ懐いてきた。
それにくすくすと笑いが漏れて、笑えるくらいまでに気分が回復した俺はそのまま歩きだした。

まさかここがイギリスどころか、全く違う世界だなんて知る由も無い俺は、こんな熱い所に居たらセブルスが萎れちゃうんじゃないかな、などと呑気に考えていたのである。

prev|next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -