思ってもみない


マルコとの対話は非常に面白かった。
俺の質問にすらすらと答えられる頭の良さと切り返しに対するその回転の速さには感心する。
逆に「どうしてそう考えたか」という冷静な突っ込みも頂く時があって、つい俺がヒートアップしてしまったのは仕方が無い。
…だって、久々に楽しかったんだもん。

恐らく彼は努力型の人間なのだろう。
地がしっかりしていて全くブレない。
彼は、愛想が無くて言葉もそれなりに直球なところが少しセブルスに似ている。だから、似ている所に興味がそそられて、酒宴の席なのに随分長く彼を独占してしまった。反省はしていない。

まあ、つまりだ。
俺は彼に「懐いた」という言葉が正解なのだろう。


宴会の最中、しばらくお世話になっていた船医のおじさんから全くひどい顔で「薬の時間だ」と酔っぱらい連中から引き離され、くどくどと続くお説教のあとで死ぬような思いをして薬を飲んだ。
もう寝ろと言われたけど、甲板にフォークスを忘れて来たことに気付いて少しだけというお許しを頂いて戻って来た。
そしたら、まあ見事に屍の山が出来あがっていたお話です。

『うえ、こりゃひどい…』

飲み比べでもしていたのだろうか。
べろんべろんに酔っ払ったおっさんが這いずりまわっていて怖い。軽くホラーだ。酒瓶を抱えたままグウグウ鼾をかく物体も転がってる。
しばらく席を外していた前よりも甲板が静かに感じた。
もしかしたらこの時間からも街へと降りたひとがいるのかも知れない。何をしに行ったのかなんて無粋なことは聞かないけど。お盛んな事である。

無事な連中も真っ赤な顔をして盛り上がっている始末で、でこぼことした体格差で遠目からでも誰が誰だか判別可能だ。

こんもりとしたお山のような背中は…たしか、アレはジョズと名乗った三番隊の隊長さんかな。身体がダイヤモンドになれると聞いたから良く覚えてんだ。
白ひげさんと並べれば見劣りするだろうが、それでもやっぱり大きい。
彼の隣にはビスタと名乗ったお髭の紳士がいた。イゾウも確認。エースはその隣に転がって寝ている。
あのままでは風邪を引きかねない。けど、何となく大丈夫だと思ってしまったのは彼が「炎」だと言ったからだと思う。

「あァ? なに戻って来てんだよい。ガキは寝る時間だろ」
「あ、マルコだ」
「……お兄さんはやめたのかよい」
「うん。…だめ?」
「いや…別にそりゃあ構わねェがよい」
「構わないけど?」
「イゾウとハルタとエースが煩そうでな…面倒だよい」

ひょいっと後ろから現れたマルコは哀愁漂う顔でそう述べた。
尊称が取れたくらいで何だと言うのか。良く分からん。
首を傾げた俺にながーい溜息をついた彼は、俺の頭を些か乱暴にかき混ぜて自分の肩を指差した。

「何とかしてくれよい、これ」
「あ、フォークス」
「さっきから離れねェんだよい」
「…不死鳥仲間として受け入れられてるんじゃ」
「おれは人間だ」
「うん。そうなんだけどね」

“動物系”の悪魔の実を食したというマルコは同じ不死鳥のフォークスに何らかの仲間意識を持たれてしまった、らしい。
大変な長寿であるという不死鳥も個体数が少ないのだろう。
ダンブルドアに飼われて久しい彼女もお仲間に会えて喜んでいるのだ。多分。俺の推測でしか無いけれど。

「マルコは人間だけど、不死鳥になると鳥の言葉が分かったりしたりする?」
「ん、ああ、まあねい」
「だから多分、そう言う事なんだと思うよ。フォークスも話を聞いて欲しいんじゃないかな? …僕もアニメーガス…あー、動物になってる時は犬やら狼やらが寄ってくるし」
「…動物にもなれんのかよい」
「うん? まあ、人に自慢できるほど大きくて立派なフェンリルになれるよ。見たい?」
「ほんと何でも有りだねい…」
「ははっ、まあ、魔法使いですから」

こっちに来てから俺は自分が魔法使いである事を、隠すこと自体を、放棄している。
ぶっちゃけ隠すのがめんどいし、便利だし。セブルスはいないし。
魔法省が無いんならマグル連絡室――事故や何らかの理由で魔法を目撃したマグルに記憶修正措置を取るのがお仕事の部署だ――に連絡がいく心配も無いだろうからと考えている。
それってただ単に投げやりなんじゃね、と指摘されたらまあ…そうなんだけど。

(つーか、ぶっちゃけ俺の魔法よりも悪魔の実とかいう物を食った輩の方が危ないと思う。エースとか無敵じゃね? 彼から見たら俺は全くの非力だ)

俺の話しを聞いてマルコは何やら難しい顔をし出した。
それを気にせずにフォークスを手招いて頭上に落ち着かせる。
これで用は済んだ、と思う傍から大きな欠伸がでてきて、くあっと大口を開けて目尻に自然と水分が。
本格的に眠くなってきた…。自覚すると頭もそう回らなくなってきていたことに気付く。今日はよく喋ったな。


彼らの船長である白ひげさんもとうに場を辞している。
がぶがぶ酒を飲んでナースのお姉さん(その中でも一番年季が入った感じの人)と攻防を続けていたのが結構笑えた。船長さんなのに。女の人にああまで縋られて「ダメよ」と言われたら早めに引っ込んであげたくなるだろう。

そんな事を考えながら目をこすって、腫れぼったい感覚と熱を持った瞼に内心で苦笑を洩らす。明日はきっとひどい顔になってる。

不思議なことに一度泣いたら幾分か胸の内はスッキリしていた。
泣くことでストレスを一時的にでも解消出来たからだろうとは思う。
あんなに堪えていたのが馬鹿らしく思えるくらい、散々泣いたからな。…思い出すと情けなくなるけど。
久しぶりに穏やかな夢を期待できそうな夜だった。

くあっともう一度大きな欠伸を洩らし、マルコに「おやすみ」と声をかけるべく振り向いた。
あれ、マルコ。まだそんな難しい顔してたの?
半開き状態になった瞼の間から見上げた顔に、こてっと首を傾けようとして、フォークスのやわらかい腹に阻まれた。
もっふもふである。

「なァ、セネカ」
「んあ…?」
「…立ったまんま寝んなよい」
「おー、だいじょうぶ、だいじょうぶ。で、なあに?」

マルコの顔が上から下りて来た。
腰を落とした彼は足を曲げて――フソウ曰く、ヤンキー座り、という奴だった気がする。そもそもヤンキーって何だろう――俺の視線より若干低くなっている。吐く息は酒臭い。
目の前にあのふわふわとした特徴的な金髪があって思わず掴んでやりたくなったが、そこはグッと堪え、彼が口を開くのを待った。
ちらっと俺の後方へ視線を投げる辺りで、何かを気にしているようでもある。

「あー、そのな」
「うん」
「おれが言うつもりは無かったんだが、」
「…うん?」
「イゾウかハルタ辺りが言うと思ってよい。けど、なかなか言いやがらねェから…」

どうにも歯切れの悪いマルコの唇からは重い溜息がこぼれた。
言いたくないけど言わなきゃならない。そんな口ぶりだ。
マルコがめんどくさそうに髪を掻き毟る仕草をぼーっと眺めて、次に飛び出して来た言葉にぱっと目の前の霧が一瞬晴れる。

「ハルタがよい、おまえを此処に置けねェかとオヤジに頼んで来た」
「……はい?」
「オヤジは別に構わねェとよい。あとはお前が返事さえすりゃあ良いだけだ。どうするよい」

え、いや、どうするって聞かれても…。
突然のことに困惑する。
もう寝ぼけてんのか俺。

けど、見つめ返すマルコの瞳に嘘は無い…か?
試しに開心術ですこし探って「視た」けど、記憶の欠片からは俺について話し合う隊長達の顔が読みとれた位だ。

「アー、海賊になれってお話? 白ひげさんの息子になれって?」
「…海賊船に乗ったからっても全員が戦える訳じゃねェよい。ナースだっているしな」
「でも僕…一応知ってるとは思うけど、けっこう体質的にもアレだよ? 迷惑しかかけないよ?」
「言っただろい。オヤジはそれでも構わねェとよ」
「それはまた…懐の大きいお答えで」
「オヤジだからねい」
「うわ、言うとおもった」

俺がそう言うとマルコはちょっと眉を寄せた後「うるせェよい」と言ってそっぽを向いた。
あ、これは俺でも分かる。照れてるんだ。
それでも悪人面だが。
マルコも立派なファザコンだな。


(さて。困ったな)

俺の現状を考えると悪い話では無い、と思う。
探している材料が無ければ俺はまた旅立たねばならん。
不慣れな世界をひとりと一羽で。彼の元にいつ帰れるかも分からない中。それはきっと長い旅になる。

この船は海賊船だ。
旅慣れているし、いくつも島を巡るのだろう。
知らない事を教えてくれそうな人もここには乗っている。食事も美味い。
多少は煩いが、オヤジ一筋の彼らは俺が白ひげさんの許可を得て乗船している限りは悪いようにはしないだろう。
俺の身体のことを知っても受け入れてくれる。

好条件過ぎて、何の目的があると怪しんでしまいそうなほどだ。

(ただ、ひとつ、了承できない事があるけど)

俺が白ひげ海賊団に憧れている子供だったら。
海賊になりたいと思っている子供だったら。
何も疑わずに純粋な好意だとして受け取れるような子どもだったら良かったなと思う。
そもそも、俺がこの世界の人間だったら悩まない事が多過ぎた。

「好条件過ぎて怪しいな、って言ったらマルコはどんな答えをくれる?」

試すような口ぶりになってしまうのは最早癖か。
性格の悪い俺の言葉にマルコは動きを止めて、ゆっくりと首を返して目が合うと、

「ハッ、んなもん、てめェで見極めろよい」

マルコはそう言って唇の端を持ち上げてニヤリと笑った。
やべえ。なにそのカッコいい台詞。
海賊らしいと言えば良いのか、まったく善良そうに見えない辺りが凄い所だ。や、褒め言葉だけど。

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