ぐいぐい


秋島だからなのだろうか。
ついさっきまで高かったはずの日が落ちるのも早く、モビー・ディック号の周りには青黒い夜が幕を下ろしていた。

灯りとりにランタンを灯すのは此方も同じようで、広い甲板の周囲には煌々と輝く光が置かれ、このあたりだけが夜の海に浮かぶ街みたいだ。
島にも生活の灯が絶えないけど、やっぱり負けて無い。
涼やかな空気にがやがやと騒ぐひとの声が通り抜けるのを聞きながら、そういえばもう直ぐクリスマスだったんだよなと此処とは違う色の夜空を思い出した。

ここは、煌めく星が落ちてきそうなほど近い。
天文学の授業で見上げた夜空よりも瞬く星の数が多い気がする。
セブルスとふたりで見る事が出来たらきっと、とてもいい雰囲気になれそうだなとひっそり笑い、懲りない自分に気付いてそれも呆れたものに変わった。


さて。美人で素晴らしい脚線美をもつナースから冷たく冷やされたタオルを受け取っても、依然俺は足を宙にぶらりんとさせていた。
まあ、要は白ひげさんのお膝にいる訳だな。
フォークスまで飛んできて彼女がくつろぎ始めてしまったので、降りるタイミングを逃してしまった感じだ。
うーん。尻がぬくい。

「おーお、セネカ、良いとこに座ってんなァ」
「あ、サッチお兄さん」
「ははっ…お兄さんね、良い響きだ。機嫌は直ったか?」
「あー……はい…」
「ん、じゃあこっち来いよ。サッチさん特製のうまい飯を食わしてやっからさ!」

良く考えたら、俺ってここに居ても良かったのか?
一応部外者だし船室に引っ込んでおくべきじゃね?
そう考えていた時に下からサッチに声をかけられた。

気付いたら宴会は始まっていたらしい。
シルクハットを被ったダンディな男性が何かしらを言って、けたたましい乾杯が交わされた。
まあその前から酒を飲んでいたし、料理だって摘み食いする奴らが絶えて無かったのであんまり意味は無い。自由か。

「よし、さあ来い!」

……筋肉マッチョに両腕を広げられて呼ばれてるぜおい。
お前行けよ、いやどうぞどうぞ。
俺の胸に飛び込んで来いってお誘いですね。
だが断る。
何となく場の空気が「おいやめとけよ」と言っていたのでね。

「フォークス」

白ひげさんに膝を借りた礼を言って彼女の名を呼ぶと、きゅ、と何かしらの使命感に燃えた声が応えた。
バサッと羽ばたきが聞こえ、掲げた左腕を器用に掴まえてフォークスが俺の身体を持ち上げる。
大人の身長ほどもある高さから俺がサッチの前に降り立つと、フォークスはいつもの定位置――つまりは俺の頭の上――に乗っかった。

そして、サッチの爆笑が響くという。

「……」
「あははははっ、なんだそれっ、」
「…止めてって言ってもやめないんだもん」

何もそんな腹を抱えて笑わなくとも良いんじゃないか?
船の上で娯楽も無いからってそれはあんまりだ。笑いの沸点が低すぎる。やめろ、ひとを指差すな!
唇を尖らせて向けられた指に抵抗を示す。
俺の親指よりも太くてゴツゴツした人差し指を握り、下ろさせようとしたけど…ふっ、ビクともしねえぜ…。

悪い悪いと言いながら涙を拭ったサッチは、俺の頭をなでようとして、それがフォークスによって阻まれていると気付いてまた噴きだした。
ちょっと堪えたみたいだけどバレバレである。
そのやり取りを見ていた周りのおっさん方もやんややんやと囃し立てながら笑ってやがるぜ。
すでに酔っぱらいか。

「ハッ、イゾウおにいさーん!」

味方を発見! 特攻します隊長! そんなノリだ。
俺の意をくんだのかフォークスの重みが無くなる。
車座になっている男達の間から白ひげさんの元へ進んでくるイゾウを見つけた俺は、サッチの横をすり抜けて駆け寄った。
げ、と後方で呻く声が聞こえたけど俺には聞こえん。

マルコとハルタの三人で話しながら歩いていた妖艶な男は、俺に気付いて軽く目を瞠らせたあと、ぱたぱたと足音を立てて来た俺の表情を見て抱きつくことを享受した。
なかなか状況把握に長けている。そして腰が細い。

「おいサッチ、女に飽き足らず少年にまで手を出したのかい」

…思ったよりもすごい切り返しが来た。

脇に手を入れられてお馴染みとなってしまった腕に乗せられると、イゾウがずんずん前に進んで行った。
ちらっと横目で見た顔が笑っている。
ハルタも悪戯を思いついた…いや、これは玩具を見付けたときのような顔だな。まあ、それはいい。
被害を被るのが俺で無くて結構なことだ。


サッチからの貢物は俺には嬉しい甘いドルチェだった。
先ほどの無礼をこれでチャラにしてやろうと思えるくらい美味い。海賊なのにこれは驚きだ。
出されたのは中身がチョコレートのズコットみたいなやつで、前にミカサが作ってくれた物をつい思い出してしまったけど。

(あれはフォークを入れるとアーモンドの練り込まれた生クリームがたっぷり詰まっていて、刻まれた砂糖漬けのフルーツやナッツもたくさん入っていた。一度冷凍にしてからの半解凍状態が食べごろだ。セブルスが眉を顰めるほど甘い物だった)

そんな予定は彼らに無かったのだろうけど、俺のために作ってくれたことは素直に嬉しい。
だからめちゃくちゃ褒めて差し上げた。
おっさんがデレデレし出したけどね。
後から近寄ってきたエースと一緒にハルタが「ずるい」と言っていたけど、どうやら俺の分しか無い模様。…仕方無いな。

「エースお兄さん」
「ん?」
「はい、あーん」
「お、むふぉ、」
「ハルタお兄ちゃん」
「え、んあぐ、」
「うん。よし」
「いや、よしっておまえ…」

俺は誰かが自分の右側に座ることも好まない。
しかし秋島の夜と言うだけあってなかなか肌寒い。
依って、フォークスを右に置き、イゾウの胸を借りて胡坐をかく足の間にお邪魔して暖を取っていた俺は、喧嘩が発生する前に口を尖らす(見た目は年上の)二人の口封じにかかった。

セブルスならば恥ずかしがって断固拒否しにかかる行為を、不意打ちで強行されたふたりは口をもぐもぐとさせながらも何とも言えない顔をしていたが、まあ良いだろう。
俺からの可愛い仕返しだと思いなさい。
泣かされた恨みはここで晴らす。

まわりを囲む大人は――隊長達だと紹介された。これまた個性的な連中ばかりである。イゾウ達に誘拐されて来たとの説明はなされているようだった――俺の行動に一拍遅れて笑い、酒の入った酔っぱらいが代わる代わる頭をなでて来ようとするから困りものである。
そのうち髪がぼさぼさに成りかねないので止めろよな!
笑わない男だろうと思っていたマルコも呆れた顔をしていたが、口元がひくっとしていたので可笑しかったのだろう。

イゾウとハルタの二人にはエースも混じって一緒に謝られている。
エースは別に悪いことをした訳じゃないんだけど、俺の両目が真っ赤になっているのを見て罪悪感に駆られたらしい。
俺としては早めに消し去って頂きたい記憶だ。全く情けない。セブルス以外の前で泣いたことも無いのに。

「じゃあ、そんなに気になるのなら交換条件です。僕に悪魔の実のこと教えて下さい。非常に興味のある話題なので」
「おう。そりゃあ別に構わねェけど、おれの知ってる事なんて高が知れてるぜ?」
「OK、大丈夫です。昼間に聞いた“自然系”っていうのがちょっと気になっただけなんで。僕、能力者のひとに会ったのはエースお兄さんが初めてなんです」
「そっか。あー、じゃあ先ず、おれは炎だ」
「……うん?」
「ばーか、エース。それじゃあ何の説明にもなってねェだろー、ははは…」
「つまりエースお兄さんは四大元素でいう火に分類される悪魔の実を食べた能力者ってお話ですか? 実体が火で構成されている感じで? 火、自然…ってことは、自然現象も括りに入るのかな…」

「通じている…だと…?」
「む…四大元素ってなんだ…」

「おう、良く分かんねえが多分そうだ!」
「本来なら傷がつかないと言う言葉も頂いてますからね、火であるならば打撃などの攻撃は逆に相手がダメージを受けるのではないでしょうか。ふむ…もしかして弾丸も貫通しちゃいますか? …ああ、はい成程。
そうなると痛覚は? 火の状態での触覚は?
あーやばいな。羊皮紙とペンが欲しい。
男性的な気質を持つ炎ですし、特異な範囲は大きくて派手そうですよね。――で、“自然系”と言うくらいですから他にも系統が存在すると察します。それ以外のこともお話出来ますか?」
「……あー、エース」
「あァ? なんだよサッチ」
「おまえ説明に絶対向かねェから、ちょっとマルコと変われ。この子ちょっと頭のお出来がおまえと違い過ぎるわ」

おや。ちょっと好奇心が刺激されてぐいぐい行き過ぎたらしく、エース青年の退場が余儀なくされた。
代わりに差し出された生贄の名はマルコ。
さっきからフォークスに熱い視線を送られっぱなしでいた彼である。
丁度良い機会なので、ここで謝ってしまおう。

「こんばんはマルコお兄さん、先程は本当に失礼をいたしました。まったく、アレは他意の無い偶然が重なりあって発生してしまった衝突事故なので出来る限り速やかに忘れて頂けますと非常に助かります」
「……よい」
「…そんな可笑しな生き物を見るような目で見られるとちょっとへこみますよ。ベこっと」
「いや、あまりにもアレなんでよい。…良くそんな口が回るねい」
「お気持ちお察しいたします。まあ、僕のこれに運悪く当てられた大体の人が一度は感じることなので。自分でも自覚していますよ? ただ、目の前の好奇心への欲求がハンパない感じで、つい」

キラキラとした眼差しでマルコを見つめ返すと、ちょっと引き気味だった彼も諦めたような顔で、ふと視線を上げた。
俺の上にはイゾウのご尊顔が滞在していらっしゃる。
何かアイコンタクトが交わされていると見た。

ふっと笑う気配がして顔を覗こうとした俺の顔がイゾウの手によって阻まれ、固定された視線の先でマルコが肩を落としていた。
まあ、頑張れ。俺はかなりしつこいと思う。

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