その方向にはだれもいない


愛しい弟と離されて約二ヶ月半ちょっと。
発散されない感情と上手く行っているようでところがどこいな異世界生活に俺は正直疲れていた。
それでも、外に当たり散らさないだけの自制は出来ている。
セブルス不足で心と身体はバランスを崩す一方だが、俺は自分が何者であるかを忘れてはいないのだ。

そんな中で飛び込んできた海賊との出会い。
ついわくわくと楽しみにしてしまった“青い不死鳥”のお話。

モビーディック号で再び会ったエース青年は本当に気持ち良いくらい明るくていい奴だ。
多少強引だが、裏表のない奴は負担にならなくていい。そういう打算も勿論あったけど、あちらでは先ず俺にはしないような接し方をするエースは素直に好感が持てた。
完全な子供扱いだが無邪気に笑い返されるとまあ悪い気はしない。これに絆された訳じゃねえけど。

エースが話す内容は船長でありオヤジである白ひげのことが大半で、あとは家族の話題ばかりだった。
広い甲板をゆっくり移動しながら海を見て、話に耳を傾ける。
「セネカもオヤジの息子になるのか」と聞かれた時はかなりビックリしたが、それは無いだろうと即座に首を振った俺にエースはご不満のようだ。
だから、その流れでエースが俺の家族について聞いて来たのも当然のような流れだった。と思う。

エースには弟がいるらしい。
ばかで無鉄砲で人の話を聞かない手のかかる弟が。
俺にも弟がいる。
素直じゃなくて、でもそこが可愛い、愛しい双子の弟が。

こちらでその事を人に話したのは初めてだった。
口に出したのも久しぶりに感じられたくらい、俺は頑なに彼のことを話題にも上げようとはしなかったから。
エースに促されてつい口にしてしまった寂しさは矢張りどうしても滲んでしまって、彼を困らせた。

「会いたいのか?」
そんなの決まってる。
「なあ、泣くなよ」
馬鹿をいうな。俺は、泣いてなんて、

胸をヒリヒリと焼いた痛みを俯くことでどうにかやり過ごそうとした。けど、それを違う方に受け取ったエースにより、彼がどうにか俺を元気づけようと頑張ってくれたお陰で乗り心地がジェットコースター並みになっていた。
いや、乗ったことは無いけど。
たぶんその位はひどい揺れを体感させられていたと思う。

正直、気持ち悪かった。
やり過ごそうと考えていた物が全部吹っ飛ぶくらい酷かった。
アレは無い。ほんと無い。
気使いはもっと慎重に、別の部分に配って頂きたかったと思うくらい全く酷かった。


「だからね、あれはビックリ涙って言ってね。衝突事故みたいなもんなの。ほんっとに不可抗力だから」

と、いう言い訳を涙でぐちゃぐちゃになった顔を埋めるタオルに向けて押しつぶす俺ってカッコ悪い。もう何なのコレ。


白ひげの不死鳥イコール人間だったという種明かしと共に、あの眠たそうな眼をしたマルコという人にさらした醜態を後悔しながら、現在、エースからも逃げて隠れる場所を探して白ひげさんの大きな足元に身を潜ませている俺である。
取りあえず近くの遮蔽物を探したら結果的にこうなった。
何も言われないので暫くこのままでも良いのだと勝手にさせて頂いてる。ハンッ、ちくしょう…。

イゾウとハルタは「ガキを泣かせてんじゃねェ」というお言葉と一緒に痛そうな拳骨を白ひげさんに頂いていたようだが、別に知らん。
俺の涙を早急にひっ込めろよと思うのは完全なヤツ当たりではない。
まったく良い気味だぜ。
…面と向かっては言えないので心の内では言いたい放題です。


俺が「お隠れ」をしている間にモビー・ディック号には人の気配が戻り始め、がやがやと喧しくなった。
どうやら上陸と仲間の帰還を祝っての宴会準備が進められていたようだ。
ガラス瓶の詰まった箱が運び込まれる音や、木製の樽を転がす音、いい匂いを漂わせる料理を運びこむひとの足音が忙しなく背後で起きている。

隊長格たちは白ひげの一喝により取りあえずの解散となったようで、ここにはいない。
いや、完全にいない訳じゃないんだけどな…。
マルコはどうやらこの場を取り仕切る統括役を担っている様で、甲板とどこかを行ったり来たりと忙しく動き回り、時折船長さんの元へ戻っては話して、俺に向けて気まずそうな視線を投げてくる。

イゾウとハルタは乗船準備中だった黒鯨に戻ったようだし、エースも名残惜しそうな声を残して自隊の役割を務めよというマルコの声に追い立てられて去って行った。

サッチは意外に気遣いが出来るようで、お隠れ中の俺に「美味いもん作って来てやっから、元気出せよ」と頭をポンポン撫でてから船内に引っ込んだ。
…甘いドルチェをリクエストしてやりたい所だったが、生憎と俺の口はタオルで塞がれていたので叶わなかった。

白ひげの足元に隠れる俺は(自分で言うのは嫌だが…)小さくて見つけにくいが、完全に目立たないと言う話では無い。
オヤジに目を向けて視線をずらせば、見慣れないモノが蹲っているので当然ながらひそひそと噂くらいはされる。
「何だあれ」「ガキが何でこんな所に」「イゾウ隊長が」「ハルタ隊長が」「ああ、成程」「放っといてやれって話だ」「マルコ隊長が泣かしたらしい」…最後は全く申し訳ない誤解だ。
マルコには後できちんと謝らなければならない。


「…なんでとまんないの」

タオルから顔を放して、なんとなく鼻をすする。
下を向いている俺の視界は相変わらずぼやけていて、瞬くたびに大粒の透明な雫がぱたぱたと落ちて行く。
タガが外れてしまったとしか思えないこの決壊具合は堪りにたまったストレスの所為なのだろうが…もう少し俺の意思を尊重してくれても良いだろうに、なあ、俺の涙腺よ。
これでは人とまともに顔を合わせる事も難しい。

「はあー…」
「おい」
「ん? …あ、はい」
「ガキが辛気臭ェ溜息なんざ吐いてんな」

呼ばれて顔を上げると、首を傾けるように視線を落とす白ひげさんに見つめられていた。
俺の居る場所が場所なので非常に見辛そうではある。
体格差が体格差だ。そこはまあ仕方無い。

少し考え、ちょっとだけ彼の足元から尻の分だけズラすと、ぼやけた像の中で船長さんの腕が此方に向かって伸ばされるのが分かった。
あ、なんだ? 何をするつもりだ?
ごしごし顔を拭いている間に胴体が何かに巻きつかれて、え、と思う間もなく足元がぷらんと宙に浮き、気付いたら暖かくてちょっと固いモノの上に尻を落ちつけていた。

……おー、厳つい顔がめちゃくちゃ近い。
つまりは白ひげさんの膝に招かれてしまった、ということか。

ビックリしてぱちぱち瞬きをする俺の頭を、太い指がぐりぐりと撫でている。その衝撃でまたぼろりと涙がこぼれるんだけど、タオルを持つ俺の腕はぐらぐら揺れて押さえようとしても上手くいかない。
恐らく力加減をされているとは思う。
慰めようとしてくれているんだとは思う。
直接的な原因では無いにしろ、引き金を引いたのが彼の息子たちなのでこの行動に繋がる動機はちゃんと見える。

「アホンダラ、男がいつまでも泣いてんじゃねェよ」
「え、……イゾウお兄さんたちから、聞いたんですか」
「あァ? 何をだ」
「…あー…ぼく、男に見えますか?」
「んなもん見りゃあ分かんだろうが、グラララ!」

豪快に笑う声に腹の底も一緒に揺すられる。
俺の小さな拘りを笑い飛ばす船長さんのお陰で、気付けば涙はぴたっと止まっていた。
とんだ魔法のお言葉である。
イゾウに引き続き、白ひげさんも俺に衝撃を与え、聞けば「マルコの奴も分かっていたぞ」とのお言葉を頂き思わずバッとふり返って、特徴的なあの髪型を探す。

いた。つーか、めっちゃ見られてた…!

どうやら白ひげさんの相手をしている間に甲板中の視線を集めてしまっていたらしい。
「オヤジの膝に…」「うらやましい…」「しかも撫でられて」おいやめろおっさん達。そんな目をして俺を見んな。ファザコンどもめ。

素晴らしく見晴らしの良い膝の上で、ネス湖のケルピー(水魔)よろしく見物されていた事が恥ずかしくて、もう一度タオルに顔を伏せた。

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