大人たちのお悩み


Side.隊長達


「で、お前らはあいつをどうするつもりなんだよい」

今までひっそりと様子を窺い成り行きを見守っていたマルコが漸く口を挟んだ。
白ひげの大きな影から進み出てきた一番隊の隊長はちらりと一度視線を後方に流して、イゾウとハルタを順に呼ぶ。
エースに連れられて遠ざかったセネカを見送っていたイゾウが、その声に反応して首を返した。

セネカがイゾウとハルタに――半ば無理やり、むしろ強引にとは教えずに――連れられて来たと知った白ひげ最年少の隊長は「なんだオヤジの客か。おっし、じゃあモビーを案内するから来いよ!」と、まるで子供の誘い文句のようなことを言い放って遠慮する空気を醸し出した子供を連れて行ってしまった所だ。
(助けを求めるような視線をイゾウは丸っと無視した)
恐らく、あの様子では後方甲板まで行ってぐるりと半周するまで戻っては来ない。

そのタイミングを見計らっていたということは、子供には聞かせられない話があると言うこと。

ただ、苦言を言われるかと思うイゾウの予想に反して、マルコはめんどくさそうな顔で溜息を吐いてみせた。
これで相手がサッチなら問答無用でエースに言ったように「元あった場所に戻してこい」と言うのだろうが、イゾウが相手となれば簡単には行くまい。マルコはそう考えている。
ハルタと手を組んだイゾウは全く厄介だ。

「…エースに続いてイゾウとハルタ、お前らまであのガキを連れてくるとは思わなかったよい」
「くくっ…おもしれェだろアイツは」
「んな理由で誘拐してきたってのか」
「あァ。理由は後付けだ」
「イゾウに目を付けられたセネカってば可哀そう」
「おいおいハルタ。初めに攫おうってェ提案を持ちかけたのはおめえさんだろ」
「あ、そうだった」
「はあ…オヤジもオヤジだ。知ってたんなら止めてくれよい」
「グララララッ、イゾウが滅多に言わねェ我儘をいうんでな」
「オヤジオヤジ! おれもー!」
「ハルタ、お前ェはしょっちゅうだろうよい!」
「…少女誘拐か…イゾウもご立派になって…」
「おうサッチ」
「ヒッ」
「なに言ってやがんだ、あいつは男だろ」
「え、」

白ひげの言葉に驚いたのはサッチだけのようだ。
マルコも当然のような顔でフランスパン頭に頷いている。
やはり白ひげとマルコの目は確かなようで、それがイゾウとハルタには少し残念に思えた。サッチの衝撃は別にいい。

「オヤジー、それ、セネカに教えてあげると良いよ。アレで結構気にしてたからさ。みんな誤解するんだーって、ははっ」
「そうだな。それであの頑固な子供がオヤジに懐いてくれりゃ、おれとしても嬉しいね」

自分が男だと言い当てた時のセネカを思い出しイゾウの唇がゆるりと弧を描いた。
ひどく愉快で隙だらけな顔をしていたなと彼は記憶している。

腰まで届く艶やかな長い黒髪にほっそりとした身体。
やわらかい雰囲気とあどけない印象の笑顔。
黒々とした睫毛を伏せる仕草に育ち故かの品を漂わせた子どもは、12歳という年頃にしては少々発育不足だ。
少女めいた顔立ちという訳では無かったが、同じ年頃の子どもが日に焼けて真っ黒になっている中であの青白さは浮く。

思い起こして確かにアレでは誤解を招きかねないとイゾウも思っている。
そういう年頃だとしても。
現に誤解したサッチやセネカに従っていた二人が騙されている。その気が彼に無くても、だ。

「ねえオヤジ」
「グラララ…どうした、ハルタ」
「うん。セネカさ、出来ればこっちに引き止めたいんだけど。どうかな?」

笑い顔をすっと収めたハルタが急に改まったような顔で白ひげを窺う。珍しい顔付きだ。
それに僅かに瞳を開いた白ひげは、愛する息子の言葉に耳を傾けている。
何もかも受け入れてくれそうな海のような男に、ハルタは言葉を選ぶように唇を湿らせてじっと瞳を見つめ返す。

「息子にするかどうかはオヤジが判断することだけどさ。…一先ずあれは保護しとかなきゃマズイって。ねえ? オヤジもマルコもサッチも見たでしょ」

それはモビーディック号と合流するまでの間、ハルタとイゾウが考えていたあの厄介な事情を抱えていそうな子供への処遇だった。
保護をする親もいない、歳の割に賢すぎる子どもの。
悪魔の実によるものでは無い不思議な力(セネカは魔法と言っていた)を持つ子どもは、世間知らず過ぎてどうにも危なっかしく見えて仕方が無い。

ふたりはあの子どもを自分達でも意外に思うほど気に入っている。

「はあ? 身体の弱いあの嬢ちゃ…あー、子供を海賊にしたいって話しか? いや無理だろ」
「確かにねい。保護するだけならオヤジの縄張りに置いとけば済む話じゃねェのかよい」
「あー無理むり。それだけじゃダメ。ここに用が無くなったら自分でどっかに行っちゃうよ」
「あいつは船以外の移動手段があるのさ」
「…! あの鳥か」
「不死鳥なァ…そういえばあの時も、こう、急にぼっと燃えて一緒に消えてたもんな。つーか、マルコにはアレ出来ねェの?」
「一緒にするなよい馬鹿サッチ」
「え、フォークスってそんなことも出来るの?」
「パッと現れてパッと消えた、おれにはそう見えたよい」
「おれたちが見たのとは違ェな。あの島じゃ、単体で消えたり現れたりしてたぜ。燃えちゃいなかったが」
「…何の実を食えばそうなるんだ?」
「だから食べてないんだって」
「消える、癒せる、…そういや、海に落ちそうになったエースが吹っ飛んできたのもあのガキがやったのかねい」
「グラララ、なんだエースの奴ァ二度も世話になってたのか」
「そっちは本人に聞いた方が早いと思うよ、オヤジ。セネカも別に隠してもいないみたいだし。ああやってバンバン使ってるのが良い証拠だよねー」
「自覚のない証拠、な」

ここで示し合わせた訳でもないのに白ひげの隊長達の唇からは溜息がこぼれた。
まったく面倒な拾いモノである。

マルコもサッチも二人が言う通り、あの子どもをこのまま放って置く事が良いことだとは思えなかった。
慈善行為ではない。彼らは海賊。このまま手を放して海軍に保護されても困るのだ。
一番隊を預かるマルコの頭の中にも行く行くは自分達に、船長である白ひげにかかる火の粉を想定してのことだった。
…噂の島については自分から係わって行った様だが、むしろ主犯だったようだけど、どこかの悪い大人に利用された後では遅い。

このまま言いくるめて攫うことは簡単に思えた。いくら賢く見えても所詮は子ども。そう甘く見ている。
ただ、本人が申告した通りセネカの身体は非常に危うく、海賊である彼らとの航海にはとても耐えられそうに思えない。

「グラララ…ばか息子どもが、首をそろえて悩んでるくれえなら本人に聞けばいいじゃねェか。乗るのも残るのも好きにさせろ」
「しかしよい、オヤジ」
「心配すんなマルコ。おれァ別に構わねェぜ。ガキをひとり抱え込むくらいなァ…」
「オヤジー!」
「お、なんか纏まりそうな雰囲気か?」
「…甘いよい、オヤジは」
「くくっ…ああ、丁度良くエースも戻って来たみてェだな」

「……なあ、なんでエースの奴あんな焦ってんだ」

サッチの言葉通り、エースは焦っていた。
見ると、腕に抱えたセネカの髪が風に振り回されるくらいのスピードで走り寄ってくる。ついでに言うとセネカの顎がガクガクと揺らされていてかなり憐れである。乗り心地は最悪だろう。
その肩にはフォークスを乗せているというのにも構わず、とにかくエースが焦っている事で何事かと隊長達は振り向いた。

「ま、マルコ! あ、いや、イゾウか?! この場合?!」
「どうしたエース」
「…なんでおれまで呼ばれたんだよい」

マルコ達の前で急ブレーキをかけたエースの足がキュキュッ、と摩擦をかけて止まる。
名前を呼ばれたイゾウとマルコはその様子に首を傾げていた。
両腕に抱えられたセネカはというと、エースが突然大きな声を出した事に驚いたのか、その薄い肩をあからさまにビクッと跳ねさせエースの顔を見た。
ひどく顔色を悪くさせている横顔に、よもやエースの所為で体調の悪い子どもの容態が悪化したのではと誰もが危ぶむ。

「ほら、セネカ、こいつがマルコだぞ」
「…おれ?」
「青い不死鳥、見たいって言ってたじゃねェか、なァ。だから、あーほら元気出せって」
「…そういえば、セネカには“不死鳥”がマルコだって言ってねェなァ」
「……あー、うちには“不死鳥”の“オス”がいるってしか説明してなかったよね。確か」
「なにやってんだよいお前ェら…」

呆れたマルコが首の裏に手を当てて息を吐く。
つまりはこの子供、セネカはマルコが“不死鳥”であることも知らないのだろう。
だから、見たいと。先程も本人が近くに居たのに、探すそぶりも見られなかったことからマルコはそう判断を下した。

非常に残念ながらマルコはひとで、不死鳥になれるのも悪魔の実を食べた所為である。
セネカの連れている鳥とマルコは別物だ。
期待には応えられそうにも無いし、応えてやる義理もまあ無かったりする。
ただし、その勘違いを引き起こしたのはマルコの愛する家族だ。
そこは少しくらい悪いと思っている。

声をかけるべきだろうか。いやそれもどうなのだ。
生憎と海賊生活の長いマルコに子どもへの接し方が分かろうはずも無い。進んで関わろうなどと思わないからだ。
人当たりの良いサッチあたりなら上手いこと言えそうだが、マルコに彼の真似は出来ない。事実しか伝えられないのがマルコである。

だから。自分を見たセネカにマルコがそれを伝えるべく口を開いたその前で、こどもの瞳が突然、それはもう本当に突然うるっと大粒の涙を湛え始めて、見る間にこぼれて落ちたのも全くの予想外だった。

「よい!?」
「あーマルコが泣かした!」
「おれの所為かよい?!」

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