お髭は重力を無視した


「グラララ…良く帰った息子よ」
「ただいまオヤジー!」
「身体の方は良いのかいオヤジ。約束通りの土産を持ってきたんだ、飲む前に壊しちまっちゃァ酒が泣く」
「グラララ! アホンダラ…おれァ少しくれェ飲んだくらいで壊れるほど柔じゃねェよ」

身体の両脇に点滴。鼻からはチューブ。
右腕に酒が入っているらしき樽(…?!)を持ちながらグラグラと特徴的な笑い声で白ひげが笑う。

いやいや、どう見たって良い訳がないだろ。
マグルでいうナースの恰好をした――というにはスカートが短すぎるし、セクシー過ぎる。違う意味で血圧が上昇しかねない――美人さん達を侍らせている高齢な船長さんは、その身体に何らかの病を抱えているようだった。
お歳の割に肉体の方は大変ご立派なようであるが。
…その高身長を少しくらい俺とセブルスに譲ってくれたらいいのに。


「――で、そいつが例の『騙り』か?」
「…うん?」
「あァ、そうだ。けどなオヤジ。こいつは何にも知らねェんだ。『噂』も意図的に聞かされてねェらしい上に、その当事者ってェ自覚もない。…もちろんただのガキじゃねェことは既に確認済みだ」

俺を置いてけぼりにして交わされるやり取りのなかにまた例の『噂』が話題に上る。
それについては説明がなされていないので、首を傾げるしかない。

ぱちりとひとつ瞬いて厳つい顔をした船長さんの白いお髭を仰ぎ見ていると、彼は軽く片眉を上げてからイゾウに向かってくいっと顎をしゃくった。
頷いたイゾウが片足を少し引き、俺を床に降ろす。
おお…さっきよりもぐーんと顔が遠ざかったぜ。
無理にのけ反らせた首が痛い上に、温かった身体が秋風にさらされて少しばかり寒い。

けどまあ、ようやく自由に動き回れる許可が出た事ですし…ここはいっちょ礼儀正しく挨拶でもしておくべきだろう。
何事も初めが肝心とも言うし。
そう考えピシリと姿勢を正した俺に背後からほほ笑ましげな視線を送るのは止めて頂きたい。

「初めまして、白いお髭の船長さん。僕の名前はセネカ、セネカ・スネイプと申します。誘拐犯であるイゾウお兄さんとハルタお兄ちゃんには此方へ赴くまでに大変お世話になりました!」

にっこり言って言葉を切ると背後で二つばかり笑い声が上がった。
当然ながらそれはハルタの物で…もうひとつはサッチだろう。名乗ったばかりだというのに全く失礼な連中だな。
笑顔は会心の出来だろ? うん?
子供のしつけは親の責任です。なので、遠慮なく出来り限りの苦言は述べさせていただいても罰は当たらないと思う。

…まあ、海賊を生業にしているのだから「それが当然」と言われてしまえば終わりだけれど。伝える事は大切だ。

息子達を誘拐犯だと言い切られた白ひげはというと、こしゃまっくれた物言いで向かって来た俺に怪訝そうな顔で首を傾げている。
別に怒るでもなく、ゆったりとした動作で樽を口に運び、豪快に喉を鳴らして潤した後になって漸くその口を開いた。
大物らしい貫禄がある。間の取り方が絶妙だ。
ぐいっと腕で唇を拭う辺りがなんとも男らしい。

「なんだ、攫われてきたのか」
「はい。それはもー突然に。や、他の島に移動しようと思っていたので船に乗ること自体は構わないんですけど…せめて誘拐する前に一言断って頂きたかったですね」
「そうか、そいつはすまなかったな。イゾウから話しは聞いてらァ…その小せェなりで身体も弱いとくれば海を渡るにも苦労したか」
「あーそう…ですね。実は今も万全とは言い難い感じで、船医のおじさんも結構ヤバい顔をしていました。…後で怒られそう」
「グラララ…、あいつは口うるせェからな」

あー、うん。
普通に会話が進むんですが良いのかなーコレ。
途中でサッチが「断ったらとかいう問題で済むのか?」と呟いた以外、ほんとなんの問題も無く話が出来ている。
ちょっと肩すかしをくらった気分だ。
たぶん、俺が本当に子供だったらビビって会話どころじゃなくなる場面であろうが、生憎と俺は中身と外が一致していない残念な少年だ。


器が大きいのか、ただ寛容なのか。白ひげという海賊の人となりが分からない俺には判断出来かねる。
けど、別に取って食おうとか危害を加えようとか、そういう物騒な気配は全く感じない。
子供だからって甘く見られてんのか? 見くびるなよおい。確かに体調は万全ではないけれど、この場から逃げる事くらいまだ可能だ。
イゾウとの約束があるから逃げたりなんてしねえけど、さ。

…クルーから見た感じではどうなのだろう。
自分達の船長とこんな子供がほんと普通に会話している事に可笑しさを感じていない筈が無い。

ふと視線を逸らすと、白ひげの大きな身体に隠れてしまって初めは分からなかったけど、その隣にはあの眠たそうな目をしたひとがいた。
あー、多分、マルコって呼ばれてたかな?
彼の顔が「なんだこいつ」という顔をしていたので、俺の思っている事で多分正解だと思う。

「あ、そうだ。すみません船長さん。ひとつお聞きしても構わないでしょうか?」
「グラララ…言ってみろ」
「ありがとうございます。では、遠慮なくお聞きしますが…『噂』ってなんですか? 僕とフォークスに関係してるらしいけど…ハルタお兄ちゃんもイゾウお兄さんも全然教えてくれないんです」
「ちょ、セネカっ。イゾウはともかく、さっきからぼくの名前も一緒に並べるのやめてくれない!?」
「だって事実だしー。教えてくれないんなら、お兄ちゃん達のお父さんに聞くのが一番ベストだと思う」

なんて名案! という顔をしてふり返るとイゾウとばっちり目があった。少し呆れたような顔をしていらっしゃる。

「新聞を読んでりゃァ分かる範囲の噂だ」
「? でも、あの島には新聞が届かないんでしょ? 結構辺鄙なとこにあるからってギネスも言ってたし。届かないものを待ってても情報なんて得られないよ?」
「「……」」
「え? …違うの?」
「あァ成程…そういう事かい」
「徹底してるなァー。世間知らずなとこを逆手に取られちゃってたか…」

「あのね、セネカ。航海中でもどこに居てもこの海にいる限り新聞は届くよ?」

なん…だと…?
つまりはアレか。俺にギネス達は嘘を吐いていたってことか。

俺がまったくの世間知らずだというのは話をして共に過ごせば必ず露見する事だ。
あたり前の常識も分からないし、多少感覚もずれている。
そこを逆手に取られて情報を制限されていた。
何のために? 俺を島に留めて置くために? どっちでも構わないけど良い気はしない。
気付かなかった迂闊な自分に舌打ちしたい気分で一杯になった俺は、後で吠えメールを彼らに送るぞと心に決める。…必ず、これは絶対だ!

「へぇ…そう」

一音下がった呟きは冷たい。
引きつらせた笑みに不穏な気配を滲ませ始めると、それに気付いたハルタに頭を撫でられて、誘拐犯の重い口がようやく開かれた。

なんでも、あの島の無法状態は以前からその道では有名で、それが突然クリーンな状態に戻されたって所から話は始まる。
新聞で噂された話によると屯していた海賊が一掃され、更生させた海賊を従えて島を統一した者がいるようだと。
まあ、それは俺の事なんだけどさ。問題はそこじゃない。

そこで何故“不死鳥”の話が出たのかと聞けば、自分達の家族に“不死鳥”がいるからとイゾウが言う。
そういえば…と二人に聞かされた青い不死鳥のことを俺は思い出した。
白ひげの“不死鳥”はとても有名らしく、その名を騙った“不死鳥”がその島を統一した奴、らしい。
いやだから、それは俺なんだけど。

てかなんでさっきからハルタとイゾウ、そんでもってサッチの三人は白ひげの横にいる男をニヤニヤ見てんだ?
彼、青筋立ててるけど…何してんの君ら。
訳が分からんことは慎みたまえよ。


「――あー、つまりはフォークスが…問題? けど、それって結構捻じ曲げられたお話だよね? 騙ったなんてひどい誤解だ。フォークスは確かに不死鳥だけど、そんなこと出来ないしさ」
「そこでお前ェという存在の登場だ、セネカ」
「…僕?」
「うん。実はさ、ぼくらがあの島に寄った理由のひとつが噂の“不死鳥”だったりするんだよね。どんな奴かと思ってさ」
「ああ、なるほど…お仲間の名前を騙った奴に、テメェ面貸せやって感じだったんで、す、ね……あ、」

気付いてはいけない事実に辿りついちゃった感じです。
俺の周りを囲む白ひげの隊長たち。目の前にはその船長さん。
現在の所在地…モビーディック号…。
まさしく「面を貸してます」状態な自分に気付いたんだけど。

「えーっと、例えば“それ”が僕だとして、」
「いやセネカでしょ?」
「おっふ。断定か」
「確証もあるしな」
「……なんかしましたっけ?」
「自分達が生まれ持った“力”…そう言ったよなァ」
「…あー…うん。アレね…」
「能力者じゃないけど、色々と出来るってセネカも言ってたじゃん」
「いや…うん…イイマシタネー」
「――“獅子王”ギネスに“猟犬”のハイネケン。どっちも元ァ億越えの賞金首だ」
「おー…しらなかった」
「しばらく名を聞かなかったんだけどね、セネカの傍にいてぼくらもビックリしたよ。まあ、誰かの下についていること自体信じらんない奴らだったよ? 前はね」
「あの二人にはお前ェと会うのをとことん邪魔されてる」
「え、」
「つまりはそういうことだろ? なァ、セネカ」

おう…なんだこの威圧感。
滑らかに言葉を紡いだイゾウの顔はとっても悪い人の顔をしていた。
あー、うん。今まで魔法の話題に触れずに来たのはこの為だったんだとでも言いそうな雰囲気だぜ。

ここで俺が説明を口にすれば即肯定となる。
それ自体は別に構わないんだけど…俺の卑怯で姑息な手口とか、おっさんをドMな犬に開拓してしまった話とか多分聞いてもまったく面白くもないと思うよ。
不快になるの一択しか無いと思うんだ。
それでも構わないって言える?

そうあたふた説明を入れると、イゾウもハルタもサッチもマルコと呼ばれた人も、みんな揃って微妙な何とも言えない顔で俺を見てきた。
何してんだお前はって意味ですね分かります。

まあ、そういう顔をされるのは慣れてるけどね。

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