白ひげ海賊団


空色の海に朱と金色の炎が映る。
ゆらゆらと波に揺られながら火の子を巻き散らして海賊船が海へと還って行く。
ハルタ達を回収した黒い鯨船はそのままモビー・ディック号に寄り添うかのように、彼らの親父である白ひげが縄張りの秋島へと入港した。


慌ただしく下船の準備をするクルーを横目にイゾウはハルタを伴ってタラップを降り、俺を連れて本船へと向かった。
すんと鼻を鳴らす。成程、確かにハーブの香りだ。
磯の香りに混じって届く慣れ親しんだ匂い。自生していると言うだけでこうも香る物なのだろうか。
そわそわと周囲へ首を巡らす俺にイゾウが「落とすぞ」と顔を見ずに告げたので残念ながら大人しくせざるを得ない。

降りた黒鯨よりも一回りほど大きい本船は、隣り合っているとはいえ移動もひと苦労だ。
本船の向こうにもうひとつ黒。全部で三隻。同じ型の黒鯨にモビー・ディック号が挟まれている。
ふと、見上げた白鯨の顔が意外にも可愛らしい。
メインマストを入れた四本の柱の天辺には黒い海賊旗がはたはたと風に泳いでいる。そこから少し視点を移動させると、マストを登りヤードを伝っての畳帆作業が進められていた。
船着き場を行き来するモビー・ディック号のクルーもまた忙しそうである。

彼らは二人の姿を確認すると「おかえりなさい」「お久しぶりです」と口にしかけて、抱き上げられたまま連行されていく俺をその視線で射止めると、ぱちぱち瞬いて、素知らぬ顔で通り過ぎるイゾウと俺を二度見していた。
そのお気持ち、すごく良く分かります。
ざわざわし始めたクルーに若干の居心地の悪さを覚え始めた頃、目の前ににゅっとバタールが生えた。

「「あ、」」

思わず声が揃ってしまった男の顔もこれまた見覚えがある。
二か月ほど前に巻き込み事故を起こしたエース青年と一緒に居たひとだ。
コックコートの彼は口を開いたまま俺を見て、ぎこちなく視線を横にずらした後、突然げらげらと腹を抱えて笑い出した。
途端に視線が彼とその前にいる俺たちに集まる。

なんだこいつ。失礼な奴だな。
そう思ったのは俺だけでは無かったらしく――抱える腕にぐっと力が入り、流れるような動作で銃を抜き放ったイゾウがバタールに風穴を開けた。
瞬きを忘れた俺にかかる軽い反動。パンッという銃声音。焦げ付いた匂いに煙が溶ける。
そして、これ以上ないというほど冷ややかな一言。

「死ね」
「キャァアアア! おれの魂がッ! ちょ、ちょ、待て待て。悪かったって! だから二発目はやめて!」
「うるせェ。ひとの顔を見て笑うたァいい度胸だ」
「いや、そりゃーイゾウが子供を抱えてるなんてあり得ねェ光景にお目にかかったおれとしちゃあ笑うしかないと…」

最後まで言い切る前に今度はイゾウの蹴りが容赦なく入る。
それは顔面を狙ったため踵が高く上がり、着物の裾から男にしてはキレイな足が御開帳した。
痺れるほど素晴らしい一撃だ。
ハルタがけらけらと笑っていたので、もしかしてコレは日常的に行われているやり取りなのではと変に勘ぐってしまう。

「相変わらず一言多いねサッチは。ほんとばか」
「(ああ…これが例の『サッチ』か…)」
「サッチ、この子がセネカだよ」
「……おーう」
「で、セネカ。この頭にフランスパンを生やした奴が四番隊の隊長のサッチ。初めましてじゃーないよね?」
「うん。前に一度だけ…。えーと、こんにちはサッチお兄さん。あの…大丈夫ですか?」

そろりと窺うように一応声をかける。
くっきり跡の付いた赤い顔を手のひらで擦りながら立ち上がったサッチは、困惑顔で見下ろす俺とばっちり目が合うと、さっと取り出した櫛でしなれた髪を撫でつけてから、にぱっと笑顔を浮かべた。
何という立ち直りの早さか。
イゾウが依然冷たい空気を醸し出しているのにもめげない男は、人好きのする笑みを湛えたまま口を動かす。

「優しいなァ嬢ちゃんは…おじさん感激!」

…そういえば誤解されたままだったか。
嬢ちゃん発言を聞いて、ハルタが堪え切れないといった風に笑い声をあげた。指を指すな、指を。叩き落としてやりたい。
バランスを取るためにしがみ付いていたイゾウの喉元もくつくつと低く震えている。
それを憮然とした顔でじとりと睨む。
「男臭さが足りねェんだ」そう言ってイゾウが俺の長い髪の一房を取り、指に絡めるように軽く引っ張った。
人のことは言えないような気がするのは俺の気の所為か?

二人には誤解を訂正してさしあげようという親切心が欠如している。というか、俺が口を開く前にさり気なく阻まれたので面白がっていると見た。
不思議そうに瞳を瞬かせたサッチに何とも言えない顔を向けるが、彼に罪はない。誤解を放置した二人が悪いのである。

「オヤジは?」
「上だ。今日はえらく機嫌も良いみてェだな」
「そうか」
「あとな、嬢ちゃんの「セネカ…です!」…おおっ、なに怒ってんだァ? オヤジんとこでセネカちゃんの鳥がエースを追いかけ回してんぞ」
「あー、やっぱり…」
「エースも怪我させねェように頑張ってんだがマルコの奴が船を壊す気かーって煩くてよォ。見てる分にゃあおもしれェんだが、早いとこ鎮めてやっちゃくれねェかな?」

苦笑するサッチの親指がくいっと上を、笑う白鯨の船首を指す。
うーむ。話を聞く限りフォークスが大変ご迷惑をかけているようだ。申し訳ない。
…エグイことになってはいないようだが、早く回収してやらねば。


身を乗り出そうとした俺を抑えてイゾウが歩きだした。
ハルタとサッチも後に続く。
自然と人波も別れて…また二度見されて、規格外に大きな船体に合わせてこれまた広く作られたタラップを登る。

――と、自分の瞳が限界まで見開かれた。
声も無く唇が「でかい」と呟く。その大きさに。
つーかビックリするなと言う方が無理に決まってる!

先ず目に入ったのはホグワーツの大ホールも収まりきるかと思われる広々とした甲板。
1600人もの構成員を抱える大きな海賊団の本船だ。これは当然でもあるし、一度は見ているので俺の驚きのベクトルは此方には向いていない。
問題なのはマストを背にして座るひとのデカさであった。
これって本当に人類なの? 巨人族じゃなくて? 半巨人であるハグリットの身長とか軽く超えていそうなんですが!

「オヤジ」

あんぐりと口を開けたまま視線を固定している俺にイゾウが短く笑い、足を動かしながら大きな人に声を張る。
それにハッと気付かされて意識してマヌケな口だけは閉じた。しかし、マジマジと見る事だけは止められず、近づく距離に益々顔がのけ反って行く。
推定、五メートル以上。
イゾウの頭の位置――つまり俺の視線の先なのだが、その大きな体格に合わせた太い膝頭が…ある。

白ひげ、エドワード・ニューゲートという海賊は俺の想像以上にデカく、帰って来た息子達と、その腕に抱えられている俺を遥かに高い位置から見下ろしていたのだった。

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