さら、割れた


出来あがった薬の感想を一言で述べるなら「クッソ不味い」の一言に尽きる。クとソの間には思いっきりタメを入れる事がポイントだ。
やばい。ほんとやばい。これは死ねる。

効果は合格点を叩き上げたがひどい味わいになってしまった。
自分史上最悪の出来だ。
薬液自体は無臭だが、飲めば立ちどころに鼻を異臭が攻撃する。味は、ポリジュース薬を濃縮して一カ月発酵させたあと甘みのスパイスと愛情を拗らせたような逸品で最早毒薬と言っても過言ではない。

これを毎日…か。
一日三回、死亡フラグを建設している気がする。

『うあー、やっぱり秋咲きのマンドレイクの根と満月草が自生してないのが痛い。ここは春島だもんな。流通もしてないから無理も無いけど、…やっぱそろそろ移動して採取しなきゃ本気でやばいなあ』

恨めしげな目で薬瓶を眺めても味なんて変りゃしない。
鼻のあたりにいつまでもしつこく居座る生ごみ臭に盛大なしかめっ面を作り、杖を振って散らかしていた荷物をトランクに詰める。
最後のひとつとなってしまっていたカエルチョコレートの箱を破って、元気よく飛び出て来た茶色い物体を左手で素早く掴まえた。口直し、口直し。
ご褒美がなけりゃほんとやってられません!

『あ、またアルバスだ。ほんと良く出るよねームカつく位』

バリ、とカエルの足を齧ってカードを眺める。
俺に向かってばちーんとウィンクしてきたお茶目な校長先生は、またもフォークス行きとなることが即決定していた。
こんなんでも彼女は喜んでくれる。
毎夜俺が眺める「愛しのセブルスアルバム」と同じ癒し効果があるのかも知れない。


白ひげ海賊団の隊長、イゾウとハルタの二人に会った日から既に四日ほど経過していた。
あの後、自室として使っていた元資料室に引っ込んだ俺はまたも体調を崩して二日間寝込んだ。
原因は分かっている。セブルスに会えないストレスと全く違う環境、そしてこのクッソ不味い薬の所為だ。
…崩す間隔が非常に短いのは、恐らく俺が溜めこみ過ぎているのに全く吐き出せていないからだろう。

だから二人とは会っていない。
ギネス達が常に建物を囲み、誰も近づけないように警備していたからである。それは過保護だからと言うよりも、専らあの二人に接触させないための処置だった。

喧嘩っ早くて頭の少々弱いハイネケンはともかく、ギネスにはあの後すこし話をしてある。

彼は故郷に俺と同じ年頃の娘さんがいるそうだ。
幼い頃に顔を見ただけの娘よりも、自身が率いた海賊団の仲間を選んだ彼は、故郷へ帰れないと此処に留まる一人である。
たとえ解散させてしまった後だとしても。
今更どの面さらして帰ればいいのかと迷う男にとって、俺が娘さんと被る気持ちはよく分かった。
分かるけど、それと俺の事情は関係が無い。

ギネスを通して俺が近々この島を離れることは伝えてある。
今日がその日。
引き止める声はあったがそれも頷けない相談だ。

自警団を設立した際に、島一帯に保護魔法と水の加護を施してあるから、もし万が一能力者が攻め入って来ようとしても大丈夫だとは思うんだけど。
この世界で魔法がどの程度まで通じるか試す機会が無かったから効果の程は分からないが。
まあ多分、そういう事を期待して引き止めてる訳じゃないって俺も分かってる。

ハイネケン青年は真っ先に「白ひげの元へ行くのか」と問い質してきた。
捨てられる寸前の犬みたいだった…。
バカめ。俺はそんなんじゃ絆されないぞ。元から犬は嫌いだって言ってあるはずだ。

確かに、俺は青い不死鳥には大変興味がある。
ハルタもイゾウも話す分にはかなり厄介だが、実際楽しい。海賊であることを差し引いても人物的には魅力のある人達だ。
けれど、と俺は躊躇う。
行って会ってみたいと思う心と切実な問題に挟まれて、俺は益々ストレスを抱えることになった。


荷物をフォークスに任せて港へと姿現しで到着する。
バーン、と鋭い銃声音を響かせて、青い空と海をフォークスが追い付いてくるまでの間、日陰でしばし海を眺めていた。
一番近い秋島までの足はギネスが商船に話をつけて用意されている。
見送りはいない。それは俺が遠慮したからだが…どうにもあちこちの物陰から視線が送られている気がする。バカめ。バレバレだ。
どうしようもないバカばかりだが悪い気はしなかった。

この島の「記憶」は三日で溜まる。
イゾウとハルタもとうに出航した後だろう。
賑やかなカモメの鳴き声に耳を澄ませながら、空を陰った影と光に瞳を細めた。おっと、お早いお着きだなフォークス。
最後くらいゆっくりしてきても構わないのに。

そう思った俺が顔を上げて、船着き場に向かって歩き出した。ら、…何故か、横からぬっと手が伸びてきて俺の肩を『誰か』が捕まえる。
え、いや、誰ですか?

「つれねェことを言うなよ、なあセネカ」
「……イ、イゾウお兄さん…? なんで、」
「出航した筈だってかい?」
「う、うん」
「なァに、ちいと忘れ物を取りに戻っただけさ」

うん? と首を傾げた俺を見下ろす妖艶な男、イゾウ。
彼は口端に咥えていた飴色の煙管を抜き取ると、尖らせた唇からうまそうに煙を吐き出してニヤリと笑う。
気だるそうに立っているが残念なことに隙が見当たらない。

こんな色っぽいお姉さんでも侍らせていた方が絵になるような海賊が、いったい何を忘れたと言うつもりだ。
いや…まさかね。いやいやいや。
ひやりと背筋に冷たい汗を垂らして「僕分かりません」と全身で訴える俺を、そう俺を、イゾウの逞しい腕がひょいっと抱え上げた。

「ちょ、うえ?!」
「暴れるんじゃねェ。海に落とすぞ」

肩に担ぎ上げられて手足をジタバタさせる俺にさらりと怖い一言。ドスのきいた低い声だ。
有言実行しそうな男はそのままスタスタとどこかへ歩きだす。

「ど、どこに行くの…?」
「モビーだ」
「だからそこは」
「おれ達の本船、モビー・ディック号だ。オヤジにお前ェとフォークスを会わせてやろうと思ってな」
「…………はあ?!」

「くくっ…言ったよなァ。おれ達は海賊だ、欲しいもんは奪うのが海賊の流儀さ」

なんて男らしい一言でしょうか。
似合いすぎてぐうの音も出ない。
呆気に取られている間にふわっと身体が浮く感覚がして、イゾウの足が小さな舟に着地する。
着地の衝撃で俺の鳩尾にイゾウの肩がめり込んで非常に痛かった。薬吐きそう。吐いたら後が怖いので必死に耐えたけど。

完全な誘拐犯であるイゾウを邪魔する者はいない。
担がれたまま良く見ると、物陰から出てきたギネス達を足止めするハルタがいた。お前もかブルータス。いやハルタだ。
隊長を務める事はあるな。多人数相手に一歩も引けを取らないどころかギネス達の方が圧されている。防戦一方だ。

音も無く船着き場から離れ始めた小舟には漕ぎ手がひとりと、俺とイゾウ。為す術も無く離れて行く小舟がハルタを置いていく。
どうするんだ、と思っていると最後の一人を蹴り飛ばしたハルタが信じられない跳躍力でジャンプして、体重を感じさせない音と共に乗船をした。
なにそれ凄い。オリンピック選手もビックリだ。人間業じゃないよ。

「や、久しぶりセネカ」
「…ハルタお兄ちゃん」
「イゾウ出航するの早くない? 置いてかれるかと思った!」
「グズグズしてるからさ」
「流石に人数多すぎー。“獅子王”と“猟犬”が兎に角しつこくってさァ」

さわやかにハルタが言って鞘に白刃をしまう。
少しも疲れていない様子はまったく嘘臭い。

「…はあ…イゾウお兄さん、降ろして」
「聞けねェな、それは」
「…逃げたりしないって約束するよ。僕、自分で言ったことを破るの嫌いだから、さ」

脱力した声で足をプラプラ揺らす。
間を置いて仕方なさそうに俺を降ろしたイゾウは、それでもしっかり腕を放さない。
それが右手だったので顔を顰める事を回避できなかった。

あからさまに嫌そうな顔で「右手はやめて」と訴えた俺は代わりの左手を差し出して解放を願う。振り払いたくなる衝動を抑え込みながら。
…この右手を取ることを許されているのは、世界でたった一人、「彼」だけだ。やめてくれ。
嫌がる俺に怪訝そうにしながらもイゾウは何も言わずに持ち手を変えた。


随分と遠くになってしまった船着き場にはわらわらと人が集まりつつあった。首元のスカーフに自警団員だと知れる。
慌ただしい様子の彼らに宛てて、腕を振って杖を取り出した俺は空中へ光る文字を書き始めた。
メッセージの一言でも残していかないと彼らは海に出てしまう。

『心配しないで、僕は無事です。白ひげさんと揉め事を起こすのは得策では無いのでこのまま一緒に行こうと思う。島は任せた。ありがとう。セネカ』

書き終えた文字を杖先に絡ませ、上下に振ると、光の文字は小さな白い鳥に姿を変えた。
目を瞬かせたハルタの頭上で愛らしく囀った小鳥がメッセージを伝えるために島へと飛び立つ。
もう一度腕を振って杖を袖口にしまう俺に興奮気味なハルタの声が食いついて来た。すごい。面白い。キラキラ瞳を輝かせる。

「言っておくけど僕は別に能力者とかじゃないから。みんなそう勘違いしてるけど、そんなんじゃないよ」
「え、じゃあ…今のはなに?」
「魔法」
「…魔法?」
「そう、魔法。お伽話に出てくるような素敵なものから、もっと実践的で怖いモノや、生活に根付いたものまで多種多様に。僕らが生まれ持った力だ。…そんな胡散臭そうな顔しないでイゾウお兄さん。事実だし」
「“僕ら”って言うからにはお前ェ以外にも使える奴ァいんのかい」
「…いるよ。……ここにはいないけど」

思ったよりもその声は寂しげに響いた。
いない、と音にしただけで不甲斐ない俺の涙腺は緩んでしまいそうになる。嗚呼、だめだ。泣くな。
一度でも涙を見せたら容易に止める事など出来ない。
この二ヶ月間ずっと我慢してきたんだ。

けど、夜の海を見る瞳にいつも映すのはセブルスの姿で、許容量を超えそうな溢れ出んばかりの寂しさは、ストレスとなって俺の身体を攻撃している。
薬が無ければ俺の右腕はとうに呪いの傷をこじ開けていただろう。
再びあの苦しみを味わうのは御免だ。

突然黙りこんで厳しい顔で海を睨む。
事情を知らない彼らから見た俺はきっとそんな風に映っているだろう。だから、

「悪ィことを聞いたな」

震える身体に優しい声が降っても、頭に置かれた手がじんわりと温かさを伝えても。
何も返せずに口を結んだ俺には彼らを振り返る勇気が無い。

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