海賊といっしょ


「まさかとは思っていたが本当に参られるとは」
「おれは一度した約束は破らねェよ」
「了承した覚えは無かった気もするが…」
「でも乗ったじゃねェか」
「結果的にはまあ…そうだな」

だろ? と得意そうな唇を笑みのかたちに引き上げて、白い歯がこぼれる。
太陽のような明るい笑顔だった。
それにつられて俺も目尻に皺を寄せて顎を反らした。

…こちらの平均身長は一体どうなっているのだろうか。

ミホークも俺より頭一つ分ほど背が高かったが、シャンクス殿はそれ以上に感じられた。
彼の隣にいる副船長殿もクルーの方々もみなニョキニョキと伸びておられる。
ああ、先程まで並んで見上げていた大将殿もひょろりと細長かったな。近距離で見上げると首が痛い。たぶん、三メートルは有るのではと思う。

「しかし一時は青雉の邪魔がはいるかと思っていたんだが、アンタがアイツをふってくれてほんと良かったよ」
「俺は別になにもしてはいないが?」
「こまけェことは気にすんな! さァ、飲んでくれ」

割れそうな勢いでグラスを合わせられて、それほど減ってもいないのに、酒を次から次へと勧められる。
おいおい。俺を潰す気でいるのか。
泡立つ黄金色が甲板を汚してもさして気にならぬのだろう、シャンクス殿はからりと笑って流し込むように酒を呷った。

未だ日は高い。
だというのに彼らはすでに宴気分、というか宴会だ。


無茶を承知で、突然乗り込んできた俺をすくい上げてくれたのは、傍らに腰を下ろすこちらの船長殿だった。

“赤髪”のシャンクス。
その名が示す通り鮮やかに燃える髪は彼にとても良く似合っていた。そして懐も深い。
海賊である彼らに一応、武器は預けるべきかと尋ねたところ「必要無い。アンタは客だ」とハンサムな顔でお断りされてしまったくらいだ。

とても大らかな御仁のようだな。
しかし、突如俺を迎えに行くと勝手に決めてしまうような自由人でもあるので若干、その、…少しアレだ。

……俺はこのままどこへ連れて行かれるのだろうか?

まずは軍艦を完全に振り切るぞー、と乗り込んだ当初は甲板が忙しなかった。
俺はお邪魔では無いのかなと思うくらいには。
ベン・ベックマンだと名乗ってくれた副船長殿の案内で船内の一室に連れて行かれて、恐らくはまあ見張り位は立たされていたのだろうが、存外に自由にくつろがせてもらったのが三時間ほど前のこと。

そして終わった途端に、これだ。
もう良いぜ、来いよ、と甲板に再び連れて来られたころには、すっかり宴の準備が整えられていた。
楽しげな雰囲気に流されてあれよあれよという間にグラスを持たされて注がれて、こうして彼の隣で酒を飲んでいる。

困った顔をして為されるがまま大人しくしている俺に、シャンクス殿は何が面白いのかにこにこと笑うばかり。


「そういえばヒデナガ、アンタさっき何をしたんだ」
「…ん? 何を、とは?」
「海の上を走っていただろ?」
「…ああ、」

言われてみればやっていたかも知れん。
あの腕を振り切るためにばかり頭を働かせていた俺は、気付かないうちに氷の海面から足を踏み出していたのだろう。
さて。なんと言ったものか。
原理不明なため俺もミホークもこの質問にだけは答えられない。
片方の足が沈む前にもう片方の足を前に出せば水の上を走れる理論を持ち出してもかまわないだろうか。

「一言で言えばそういう特技を持っているから、か…。それだけだよ」

空から見下ろすジョリーロジャーを見上げながら、ゆらゆら動かした腕でくしゃりと髪を梳いた。
おそらく俺は今とても情けない顔をしている。
困った時に耳裏を掻いてしまうのは俺の癖だ。
シャンクス殿だって、隣で耳をそばだてていた副船長殿だって、これでは納得いかないだろうなあとは思う。だから、

「そうか、そいつはすげェな」

いざって時便利そうだよなァー。
あ、海ポチャしたときは助けてくれ。
そう言ってあっさり引いた彼に少し拍子抜けする。
なんとも大らか過ぎる反応だ。
そっと溜息を洩らす副船長殿に気付いては…いるな。

「なァ、”鷹の目”とは何時から一緒に?」
「?」
「それなりに長い付き合いだが、今までアンタみたいな人の話しをアイツから聞いたこともねェんだ。気になるだろ、普通は」
「ああ、なるほど。…ふむ。彼これ三月ほど前になるか…俺が国から出て彼に拾われたのが、まあ切っ掛けと言えば切っ掛けだ。それからずっと世話になっている」
「やっぱり出身はワノ国か」
「おいベン。それは今おれが言おうと思っていたんだぞ!」
「お頭、酒がこぼれてるぞ」
「いやいや残念ながら違う。聞いた話によると文化は大分似通っているようだが、俺の国はそこではないよ」

「誰にもいけない遠い国だ」
「おそらくは誰も知らない」

つるりと滑った唇が呟きを落とす。
じんわり浸透してきたアルコールで思考がふわふわと頼りない。
ああ、遠い国だ。嘘じゃない。
誰もいけない誰も知らない俺しか知らない国。懐かしさを感じて無意識の内に右手が太刀をなでていた。

こちらに来てから人に付きあったり何だかんだで毎日のように酒を飲んでいるな。腹がやばい。酒太りは御免だ。
そろそろ休肝日を入れねば、とグラスから視線を上へ上げると、

…いや、あのな。何で二人とも、俺の顔をそのようにじっと見ているのだね。気まずいぞ。

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