赤髪と呼ばれる男


シャンクスが松永という男を迎えに行くと決めたのは、酔いにまかせた思い付きでもあったが、その他に二つほど興味を引く話題を耳にしたからだった。

先ず一つは”鷹の目”という男。
ひとり海をさすらう彼が他人を長く自分の船に乗せていたという。
自らの電伝虫を預けたというのなら、これからも彼は松永とこのまま航海をする気があるという証明だ。

ふたつめは松永という男の持つ雰囲気だった。
交わした言葉はさして多くは無い。
受話器越しに響いた低く落ち着いた声はとても人が良さそうで、親切そうに答える男が”鷹の目”の名を知らないという。
あれほど特徴的な男と共にいたのに、だ。

それが面白いなあとシャンクスには感じられた。
理由なんて大抵そんなものだ。


もちろん副船長のベン・ベックマンにはたいそう怒られた。
しかし船の指針を決めるのは船長であるシャンクスで、それが絶対でもある。
ウォーターセブンに辿りつく前に海軍の軍艦が待ち伏せていたのには少々首を捻ったがそこに問題は無い。

「お、そういえば、名前は聞いたんだけど待ち合わせ場所を指定すんの忘れたなァ…」

名前は知っていても顔は分からない。
そもそも彼が彼であると判断すべき材料が何も手元に無かった。馬鹿だな、とベックマンは呆れていたがシャンクスは至って呑気なものだ。
「電伝虫で呼べばいいだろ?」と軽く笑って、そして、

大将青雉と向かい立つ男を見つけた。

何でここに青雉がいるの。
もしや通報されたのか、と件の男に何人かのクルーは疑いの目を向けたがシャンクスの直感は否と唱えた。
“鷹の目”の名を知らぬ男が”赤髪”の名を知っているとは考え難い。会話を盗聴されたと考えるのが妥当だ。

けれどコレで察しはついた。
あの男が松永なのだろう。
こんな遠目では表情こそ窺えないが、恐らく彼は青雉に目を付けられたのだ。

ベックマンが撃ち落とした青雉の威嚇攻撃は、プラットホームに佇むふたつの影へ近づかせることを困難なものにしていたが、それだって別に問題無い。
よし。俺が迎えに行こうかな。そう言ってシャンクスが船端に足をかけた。しかし何故か二人は仲良く手を繋いだまま海に向かって走り出している。

いや、何してんだ…。

凍った海面を走るふたり。
これが海岸沿いの砂浜での光景ならば、わたしをつかまえてごらん、ときゃふふとはしゃぐアベックみたいだ。いやだ怖い。なにアレ。
先を行く、白と黒のコートのようなものを纏った男が、氷の端ギリギリまで爪先をつけてふいにシャンクスのいる船端へと顔を上げた。


「こんなおっさんと手を繋ぐよりも、好いたお嬢さんと手を繋いでなさい」


当たりだ。やっぱり間違いない、彼がヒデナガだ。
シャンクスが瞳を少年のように輝かせると同時に、松永が青雉の手をするりと振り払った。
手を伸ばしたままの青雉が風にはためいた裾を捕らえようと動き、バックステップでかわした松永が、海に――、

落ちる。
見ていた誰もがそう思った。
身を乗り出したシャンクスもその一人だ。
しかし男は、まるで何事もなかったかのように海面に足を着けて走り、動く船体へ向かって大きく跳躍をしたのだった。

「――お、おおっ! しまった、足りないっ!」

慌てた声にとっさに身体が動いた。
あともう少しの所で彼の手が届かない。
シャンクスが腕を伸ばして失速した彼の腕を掴むと、後ろにいたベックマンも、シャンクスともども落ちないように引き上げてくれる。

ゴチン。結構イイ音がした。
もちろんシャンクスの後頭部から。ごろりと甲板に打ち上げられた松永は、シャンクスを下敷きにしてぐったりと脱力している。

「っ、いたたた…あ、いや、痛くは無い…か……うん?! これはすまない! だ、大丈夫か?!」
「お、おう…」

勢いよく顔を上げた男に深々と頭を下げられた。
ひどく申し訳なさそうな顔だ。
やっぱり彼はかなり人が良いらしい。
親密な距離でひろう低音は情けなく萎んでいる。
なんとも渋い。顔立ちだけを見ればなかなかの丈夫だ。

腕を差し出されたのでありがたく掴んで立ち上がると、そこで改めてお互いの顔を見合わせた。

「危うい所を助けて頂いて礼を言う。…ところで、貴殿がシャンクス殿であろうか…?」

へらりと浮かべられた笑みに、シャンクスは満面の笑みで是と答えた。
なんだコイツ、面白い。

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