悪魔の証明


「両棘矛(パルチザン)!」

凍てる空気がパキリと硬化した。
青雉から投じられる氷の刃が、ドドッ、鼓膜を揺さぶる音を立て風を切って竜を模した船首に狙いを付けていた。
見送る形になってしまった俺はちらりと隣を仰ぎ見る。

先程と変わらぬ、だらけきった顔をしている男は白い息を細く吐きだしながらゆらりと立ち上がっていた。

「あらら、やっぱり弾かれちゃったか」

こきりと首を鳴らした青雉の言葉に視線を戻す。
船首は無事だ。先程と何も変わらない。
背後で大きな音がしたことは分かっていたから無事であるとは確信してはいたのだ。


「…氷」

俺と同じ属性だな、とは恐らく言ってはならないのだろう。
同じ能力はふたつとしては無いのだそうだから、言ったら言ったで何か面倒なことになりそうな気がした。
「やあ、凄いなあ」と控え目な感想を送るに留める。
こんな周囲を寒々とさせてしまうような能力と一緒にしてはいけないよな。

俺の固有技はどちらかというと足止めに特化したものばかりだ。
必要に迫られて。
まあ相手が久秀のような火薬を巻き散らして周囲へ迷惑を掛けまくって巻き込む大技持ちなので、相性が悪すぎて勝てる気がしないのだが。
放火罪。迷惑罪。いや、アイツは既に前科持ちだったか?

「…やっぱり、結構胆が据わってんのね」
「なに、これでも十分驚いてはいるさ。すばらしく夏向きの能力だ」

神妙な顔で頷いたというのに、まるで変なものを見る目で見つめ返されて眉間が寄る。
はて、可笑しな返答はした覚えが無いのだが。
ただちょっと、彼も「かき氷が作れそうな能力だ」と言われたことがあるのかなと考えていただけなのに。

「ただ、アレは良くないとは思う。線路を氷漬けにされては海列車の通行が出来なくなるのではないかね」

指さした先。砕け散った氷塊がパラパラと海面に落ちた場所から徐々に凍り始めていた。
俺達が立っているのはブルーステーションのプラットホームだ。
市民を守るのが海軍の義務なら、あれは事故に繋がりかねないので速めの撤去をした方が良いと言葉を零す。

「周りの迷惑になるくらいなら、俺は彼らと行くが?」
「あらら…そう来るかい。まあ、アンタがそう決めたならおれは止めはしねえけど」

すっと腕を下ろした青雉がこちらに腕を差し出して来た。
別れの握手か? と、特に疑問も持たず手のひらを重ねて軽く握る。すると何故か彼の動きが止まった。

「……おかしいな」
「? どうかされたか?」
「いや…アンタ何者なの、ほんと」
「???」
「あんなのを見せられた後だってのに警戒もなくおれと握手するし、可笑しなことにさあ、いまおれ、能力を使おうとしたはずなのよ」

おいおいおい。
つまり君は今、俺のことを氷漬けにでもしようとしたのか?
強く捕まえられた手のひらを見て、顎を逸らして顔を見上げる。探るようじろじろと見下ろされても引きつり気味に笑うだけで俺は精一杯だ。
まあ、アレだ。気にするなよ若者。

「そういう体質なんだ」
「それで誤魔化されるとでも思ってんの?」
「詳しいことが聞きたいならミホークにでも聞けばいい。しばらくは共に過ごしていたからな」
「”鷹の目”にはアンタに聞けって言われたけど?」
「……」
「…ねえ、松永サン?」

おや、もしかして。
彼の本題はこちらの方だったのでは…?

そう勘ぐってしまっても仕方が無いほど、放されることもなく捕まえたままの手は俺の握力では振り切れそうにないほど強く硬い。
ミホークに説明を丸投げされたことを知った。
自分に降りかかる火の粉を他人にはらって頂くつもりはないが、だからと言って恨みがましく思わない訳ではない。

ぐっと俺の方からも強く掴み直す。
首を傾けて怪訝そうな顔をした青雉は、俺が海に向かって走り出したので少し慌ててたたらを踏んだ。
それに構わず踏み込んだ石畳を蹴るように飛ぶ。
あんまり年寄りに無理をさせるものではないよ。

「すまんが、説明が長くなるのでまたの機会ということで」

凍った海面を避けて滑る船からどよめきが届く。
大丈夫だ。まだ間に合う。
青雉を連れ添ったまま冷えた海面を走った俺に、目を丸くしていた彼の手がほんの僅かに緩んだ。


「こんなおっさんと手を繋ぐよりも、好いたお嬢さんと手を繋いでなさい」

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