海軍といっしょ


はたはたと裾をなびかせる強い風が通り抜ける。
銀色に光る水面。
ひるがえる黒い旗と風を孕む帆船。
頬を叩く陽の光を受けて船が近づいてくる。

それを追うように何艘もの影がじりじりと距離を縮めているのが見て取れた。
恐らくアレは軍艦なのだろう。
「MARINE」の文字にカモメのマークが目印だと、何時だったか聞いた覚えがある。

ほんとに…来たのか…。
明日考えればよいか、なんて先延ばしにしないで直ぐさま断りの電話を入れておけば良かった。番号は知らないけど。



状況が良く分かっていない俺に焦れて騒いだのはガレーラの船大工達だった。

「アンタ、海賊だったのかよ」
「いやいや、違うが」
「でも”鷹の目”の仲間なんだろ?」
「友人の船に乗っていただけで海賊あつかいされては堪らんな」

どうやらシャンクスと名乗った電話の相手はなかなかのネームバリューを持つ御仁だったらしい。
ミホークも随分な有名人だ。
「ヨンコウ」とか「シチブカイだろ」などと言われても生憎と俺には先ずそれが分からない。

ただの一般人だ、と己を弁護した俺に「やっぱそうだよなー」と言わんばかりの納得を即座にされたのには、まあ、ちょっと複雑な気分にならなかった訳ではないが、ともかく”赤髪”と呼ばれる彼の来訪は好まれるモノでは無かったようだ。
若干、俺のことも心配されている。

海賊だからと言われてしまえばそれまでだ。
しかし、僅かなやり取りだけしかしていないが悪い印象は受けなかったのだがね。


「(はあ…結局ミホークの方にも連絡は取れずじまいか。何で彼は俺の方に自分の連絡先を教えなかったんだ)」

俺はここで彼に「待っていろ」と言われた身分だ。
黙って勝手に離れる訳にはいかないだろ、と思うのも当然だった。
海列車で近くの島へ足を延ばすのとは話しが違う。

それと、問題はコレだけでは無い。

「ねえ、アンタ…あー、松永って言ったっけ。ほんとに”赤髪”とは面識がないわけ?」
「何度も言わせないでいただこうか。面識があるなら引き返せととうに連絡をしている」

見上げるほどの高身長にもじゃもじゃの黒髪。
何故アイマスクを装着しているのか分からん海軍大将殿が俺の隣にいることだ。

海軍大将”青雉”クザン。
先程から同じ方向を向いて海を眺めている彼は、俺の泊まるホテルにご登場し同行を申し出てきたのだ。
その声があまりにも猿飛佐助にそっくりで、初めはひどく驚いた。

「青雉殿はなぜ俺について来られたのだ」
「なんでって…相手が”赤髪”だからね。アンタが一般人だってんなら、海軍が守るのもそりゃあ義務ってもんでしょうよ」
「…そういうものか?」
「そうそう」
「なるほど。ならば仕方が無いな。お勤め御苦労さま」
「あー……めんどくせえ…」
「……」

そう、だらけきった顔で言われた俺の顔はおそらく呆れに歪んでいるだろう。
おい待て。何をくつろぎ始めていやがるんだ。

立っているのが面倒になったのか、大将殿はずるずる壁に背を預けて白いスーツが汚れるのも構わないのか座り込んでしまった。
いや、うん。大将という地位がどれほど上に立つ地位なのか知らないが、これでいいのか、海軍は。


言葉を交わすあいだに軍艦との距離を見る間に開けて、黒い帆が迫って来ていた。
足の速い船だ。振り切る形で置いて行かれた軍艦のうえが妙に騒がしい。

「で、どうすんの」
「うん?」
「ついて行くの? 行かないの?」
「…まるで行くと言ったら行かせてくれるような口ぶりな気がするが」
「ああ…それはどうだろうねえ」

また随分と適当な。
守ってくれるんじゃなかったのか。
別段期待してはいないし、その必要も感じてはいないがやはりそれはどうかと思う。
適当の匙加減がたぶん彼はとてもゆるい。

「”鷹の目”がアンタのことは放っとけって言ったし」
「…ん?」
「一応はまあ、仕事はしますよ」

石畳が随分と冷えてきている。
目の前が海で無ければちょっと冷房が効きすぎではないか、と注文をつける所だ。
しかしここは室外。それは無いだろう。
だとすればこの寒さの原因は…。

ミホークが言っていた。
能力者と呼ばれる者がこの世界にいると。

俺たち婆娑羅者とは違う、悪魔の実を宿したひとは氷を纏わせたその腕を海へと伸ばしていた。

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