知らぬはキミだけ


すっかり酒で頭がふわふわ緩くなっていた俺は、ミホークから教えてもらった電伝虫の使い方をキレイさっぱり何処かへ仕舞い込んでしまったらしい。
さて困った。

目の前でぷるぷるしているダンディなカタツムリ。
ふむ、電話に出るなら席を立たねば、しかし分からん、どうしようか。と、ひとり戸惑っていると、横からカクの手が伸びて「はよ取らんかい」とコールが(…コールだよなこれは?)止まってしまう。


『よう、俺だ。久しぶりだなァ』


…………いや、誰だ。


俺だ俺だと電話口で話す声にはまったく聞き覚えは無いのだが…詐欺じゃないだろうな。
まあおそらく相手はミホークの知り合いなのだろう。

「アー…申し訳ない。この電話の持ち主は今、ここには居ない」
『ん? じゃあ、アンタは誰だ?』

ざわざわと相手側の背後も騒がしい。
会話に合わせてぱちりと瞬いたまあるい瞳が不思議そうに俺を見上げる。

「これは申し遅れた。俺は松永秀長。今は、ミホークの好意で船に乗せてもらっている者だ」
『へえ、アイツの船にねえ…。珍しいこともあるもんだ。――”鷹の目”は近くにいるのか?』
「……”たかのめ”?」

香辛料がどうしたというのか。
…いやアレは鷹の爪だったか? うん?
『何だアンタ知らないのか』と笑いの滲ませた声で問う相手に「世間知らずな自覚はある。それに、ミホークはあまり自分のことを話さないからな」と、こちらも苦笑を返すしかない。


同じテーブルに着いた面々が急に息を潜めたことに気付かぬまま、のんびりした頭で会話を続けながら思いつたことを話す。

「すまない。何か伝言があるなら預かりたいところだが…生憎と彼が帰ってくる日は分からなくてな」
『いいよ。大したことじゃないからな。近くにいたら酒盛りに付き合わそうかと思っただけなんだ』
「そうか」
『けど、気が変わったなァ…』
「…うん?」

『アンタ今どこにいるんだ?』

何故そんなことを聞かれるのだろう。
首を傾げながらも「ウォーターセブンだが…」と答えた俺の前で、カタツムリの口元がニッと持ち上がった。
子供のような無邪気なそれに益々首の角度を平行にする。
近いなって、だから何が。

『俺の名はシャンクスだ。ヒデナガ、アンタをこれから迎えに行く』

野郎ども出航の準備だー!
お頭、あんた飲み過ぎだ! 何時だと思ってる!
不穏な会話が聞こえて、返事を返す間もなくカタツムリの両目がぱちっと閉じられた。

ええと、これはつまり、…なんだ?

懐に電伝虫をしまいグラスの酒をちびりと舐めながら今言われたことを頭の中で整理しようと頑張った。
しかしながら酔うと眠くなる性質である俺はそれがとても難しいモノのように感じられて、明日に持ち越すか、と考えることを止めてしまった。
めんどくさがったとは言うなかれ。

「おお、どうかしたか? カク青年。俺の顔に何かついているのかね?」
「…目と鼻と口が付いてるだけじゃ」

すぐ隣にいた青年の視線が妙に突き刺さった。
不味いものでもツマミにあったのか、揃いも揃って皆似たような表情で俺を見ていた。
何となく遠巻きに見つめられているような…。
やはりここで電話を取ったのは非常識だったか。
いやしかし通話ボタンを押したのはカク青年だぞ。


その二日後。
海賊旗を掲げた立派な船がウォーターセブンにその船影を近づけることを、この時の俺は知る由もない。

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