ウォーターセブン 2


ウォーターセブン上陸三日目。
ブルーステーションから始発の海列車に乗って俺は”美食の町”プッチへと訪れた。

古い街並みと美しいランドスケープ。
贅をこらしたものから温かい家庭料理まで。
道に迷う前に困った時の駅員さん頼みで美味い飯にありつけたのだった。


いざ帰ろうと決めた頃にはもう日が傾きかけていた。
列車内でミホークへの土産にと買った酒を抱え(度数ともに味も申し分ない。遅くなったのは酒屋の店主と話し込んでいたからだ)、窓を打つ波しぶきと汽笛の音にゆられながら背を預ける。

オレンジ色に照らされた窓は嵌め込み式のガラスだった。
ミホークの棺船以外で海の上を移動するのが初めてだった俺は、開くのか? というかコレは開けても良いのか? と、凄く気になってしまい。
まあ、そんな感じで窓枠を見つめながらそわそわしていたので「くすくすっ」向かいの席にいた小さな女の子に笑われてしまった。

おじちゃん、おかしいね。そうだな…俺もそう思うよ。


ブルーステーションから出てきた所で足を止めた俺は、少ない荷物を片手に夜を仰いだ。
そこに自分のために買った物はひとつとしてない。
歩きだす足元を照らす外灯に伸びた影が水面のようにゆらゆらと後ろに続く。

宿に戻って荷物を下ろすと、疲れたような溜息をはいてベッドに沈んだ。

一人旅というものは誰に気兼ねすることもないが、感動した物、美味かったもの、それらを分かち合う人がいないと時々やけに空しく感じるものだと、こうした隙間にふっと考える。
いやまあ感じ方は人それぞれだとは思うがね。
その点ミホークという男は、特別お喋りな部類では無かったが…俺の言動を(面倒臭さを前面に押し出してはいたが)受け止めてくれては、いた。

つまりアレだ。
俺は今ちょっと寂しい。

「……ハァ、」

なあなんで今こそ俺の隣に小太郎がいないんだ。
あの子ならこんな俺の些細な感情の機微にも、言葉は無いがありのまま受け止めてくれるのに。
一緒にヤガラブルに乗って町を巡ったら絶対楽しいと出来もしないことに思いを馳せる。

「……いつか、」

いつか、帰れたら。
その時は果たして…来るのだろうか。


まあ――そんな感じで落ち込む空気を醸し出し始めた自分に気付いた俺は、旅先で過ごす夜の寂しさを紛らわすために酒場へと向かっていた。もちろん、一人酒を過ごすためではない。

郷に入っては郷に従え、では無く。
酔っぱらいに混じるためには自ら酔っぱらいになるしか無いのだよ。




“夜の裏町はアンタみたいな奴が行っちゃあ良くねえよ”

もう顔を覚えられてしまった貸しブル屋の店主は俺にそう忠告をしていた。

それほど治安は悪く無さそうなのだが、面倒は避けて通るべきと頷いた俺は、造船島にある店主の友人が営む酒場に昨日からお世話になっている。
仕事終わりに一杯引っかけていく数人のグループの後に続き、賑やかな店内へと紛れ込む。

カウンターの向こう側にいるマスターがグラスを磨きながら目線を上げて、入店してきたばかりの俺を見てわずかに瞳を細めた。

「マスター……?」

テーブル席の間を縫ってカウンターに手を突くと注文を伝えきる前に用意されたグラス。
ガラスに琥珀色を透く氷が涼やかな音を立てた。
軽く目を瞠りながらイスに腰かける俺に「アンタ、昨日はずっとこればっかりだったろ」酒でしゃがれた低い声がニヤリと笑う。

「おお? これは驚いた。覚えておられたのか」
「顔を覚えた客の好みをおれは忘れやしねえよ。ま、それだけじゃねえがアンタえらく目立つからよ。…で、つまみは?」
「…お願いしよう」

離れていったマスターを目の端に残し、グラスに口を付けて味わっていると腰に差していた太刀が、く、と何かに引っぱられた。
んん? しまった。忘れていた。
慌てて立ち上がって太刀を引き抜いて立て掛け、通行の邪魔をしてしまった相手に詫びを入れる。

「相すまない。うっかりしてい、た…」

お、おお、随分とこれはまた個性的な鼻で……。

ぱちぱちと瞬く眸が固定される。
今俺は「あ」の形のまま下顎が落ちそうになった所を、出来るだけ速やかに戻ってこれるように努力をしているところだ。

下げた視線は一度さまよってから、相手の顔から伸びる四角くて長いものをとらえる。
ジロジロ見過ぎず、失礼にならない程度に。
しかしついつい見てしまうこの引力よ。

「ん? ああいや、気にせんでくれ。こっちも余所見をしとったんじゃ」
「"嘘をつくなッポー、この酔っぱらい"」
「酔ってなぞ おらんわい!」
「"酔っぱらいはみんなそう言うクルッポー"」

角張った鼻の肩越しにあのハトを発見。

引きつりそうな笑みを堪える俺を見て「昨日見た顔だ」とハトが喋り出すまであと数秒要する。

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