ウォーターセブン 1


ウォーターセブン上陸二日目。
俺はチザの町にあるホテルで気持ちの良い目覚めを体感していた。


先ず風呂とクリーニングだと、ここに来るまで上陸初日には”必ず”と決めていた事を終えて休息に注いでいた昨日は、結局観光なんてしちゃいなかった。
ヤガラに頼んでホテルまで運んでもらい、ベッドまで辿りつくともう誘惑には勝てなかったのだから…俺も歳だな。

目覚める頃にはホテルマンに急ぎ仕上げてもらった着物はすでに届いていた。
白と黒とくすんだ金色。
陣羽織に袖を通せばスッカリこの世界へ来たばかりの俺になる。

赤よりもこちらの方が目立たんだろうか? と、どちらの服装にしろ着物の自分が至る所で浮いていたことは自覚済みで。

今日は、これで島の中心街がある「造船島」へと足を運ぶつもりだった。


一週間分ほど前金を払ってあるヤガラブルに乗り込んで「ニ〜、ニ〜」かわいい鳴き声を響かせる魚を、そのつるりとした皮膚をなでる。
今日も一日、よろしく頼むと。
そうすると嬉しそうに懐っこい顔で擦り寄ってくるものだから…つい、この子のために好物の水水肉を買って与えてしまう。

うーん、しまった。借りている子なのだが…ちょっとこれは愛着が湧いてきたぞ。



「お、あれが水門エレベーターか…はあー、立派だなあ…」

閉じられた門の内側へ流れ込む、滝の如き水。
徐々に水位は上がって上へ押し上げらていくのがなんとも面白い。

素直に感動した。
こんな体験が出来るなら置いて行かれたことも悪くないんじゃないか。
そんな気がしてきた俺もなかなか……まあ、単純だな。


「……ん? なんだか騒がしいな。…何かあったのか?」

造船島の広い水路にかかる橋の手前にある、これまた巨大なゲート(まるで小田原の栄光門みたいだ、見上げていると首が痛い)の前に人だかりが出来ていた。
ざわざわとゆれている。
おそらくコレが造船所の入り口なのだろうが…いったい、なんの騒ぎだ。

不思議に思いヤガラを歩道に寄せて、その間も風に乗ってトンテンカン、木や鋼を叩く槌の音に混じってひとの悲鳴が届く。
どよめきや黄色い声を上げる見物人たち。
彼らは不安がるどころか、むしろ楽しそうで益々わけが分からない。

「おや、アンタ観光客かい?」
「まあ…」
「運がいいねえ、今丁度始まったばかりさ。どうだい。ガレーラカンパニーの船大工達はみんな強くって――…」

こちらから質問するまでもなく教えてくれたご老人の話によれば、この騒ぎの大元は海賊で驚くことに相手をしているのは造船所の職人たち、らしい。

"彼らは腕もあるが腕っぷしも強い、住人たちの憧れ"

なるほど。海賊が暴れても海軍を呼ぶ様子も見られないことから、その信頼は絶大なのだろう。
…京の喧嘩祭りみたいなものか。


「おう、てめェら道を開けな! ”お客さん”のお帰りだァ!」

ガラの悪い声と共にゲートが開かれる。
注目を浴びるなか葉巻を咥えた青年がひとを引き摺りながら出てきた。
あれが噂に聞く…職人か。
どちらかと言うとチンピラにしか見えないんだが。(腰や胸に工具を下げているところがそれっぽいがね)

彼に続いた職人たちもガタイが良くて人相がまあちょっとアレである。
奥州にいる竜の右目が雑ざっていても違和感がなさそうだ、なんて、思わず忍び笑っていた。


ボロボロにされた海賊たちは一様に縄でぐるぐるにされて無様な形を晒していた。
ちょっとやり過ぎな気もするが、二度と変な気を起させないために懲らしめる意味合いも含まれているのだろう。

繋がれているヤガラブルの傍に立ってそんな感想をもらしていた俺は、目を回していたとばかり思っていた海賊が突然走り出したところもぼーっと眺めていた。
あっ、と誰かが声を上げて――人垣が割れ、

……おいちょっと待て。
何故こっちに来た。

「…っ、どけぇ! そいつを寄こしやがれ!」

腕力だけがご自慢にみえる大柄の男は、筋肉を膨らませて何とか縄を引きちぎろうと頑張りすぎてクネクネしている。
…正直、見ていて俺の口がひん曲がったぞ。
全力で顔を逸らしたい。

「(そんな余力を残すくらいなら先に逃げて置けばよいものを――)」

溜息をつきつつ、可愛いヤガラに危害をくわえられても堪らんので背に庇う。
そしたら、片足を引いて下がった俺の裾をヤガラにパクリと咥えられてしまって、「ニ〜」甘える声に思わず和んだ。
そんな場合じゃないんだが、しかしなあ…この可愛さに罪は無い。

一人ほわっと心を温かくしていると重い音が足元で崩れ折れていた。


「パウリー、怠慢じゃぞ」
「あァ?!」
「"失礼、バカのせいで。怪我は無いかポッポー"」

……ハトが喋っている、だと?
白目をむいて倒れている男の横に突き立つ、ギラリと光るノコギリ。
どうやらこの職人の魂とも呼べる道具が彼の後頭部にヒットしたようだ。

まあ、それに大して驚きはしなかったが、それよりも衝撃的なハト口調に思わず二度見していた。

逃げる目次追う
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -