そうだ、水の都に行こう


宿へ帰りつくとミホークに睨まれてしまった。
快活で気持ちの良い海兵さんのご厚意に甘えて煙草の葉を売っている店に立ち寄ったのが、遅くなってしまった原因だが…。

「そう睨んでくれるな」

キミの威圧感たっぷりの視線にまだ年若い青年が縮こまっているではないか。
ガッチガチの敬礼を残し、そそくさと立ち去った海兵を見送って振り向くと呆れたような視線が刺さる。

「さっそく問題を起こしてくれたようだな」
「…俺としては当然の行動をとったまでなのだがね」
「迷子になるくらいなら一人になるな」
「それは一番知られたく無かったぞ」

なんとも耳の早い。
ミホークは別段怒っていた訳ではないらしいが…その溜息は止めてくれ。


それから、ふたりでいくつもの島を訪れた俺とミホークは「やや一般人」と「海賊」という可笑しな組み合わせを保ったまま海を渡った。
海賊じゃない俺に海賊の道理というものは分からなかったが、もう打ち沈めた海賊船の数を数えるのもとっくに諦めている。

(因みに俺が毎度うっかり迷子になるのもミホークは諦めている)

ただ、島に下りる度、やけに注目を浴びることの理由は分からないままだったがミホークは意地悪く唇を歪めるのみだ。
なるほど。わからん。
誰か説明を頼む。


「ウォーターセブンとはどんな所だ?」

空は曇天、天候は秋。
時々――冬。
穏やかに凪ぐ海面に立って空からひらりひらりと降る雪を眺めていた俺は、この船が次に向かう島について訪ねた。

ミホークは先程ニュース・クーから受け取ったばかりの新聞に目を通しているところだ。
こちらを見もしない。
俺も俺でそう期待をしていた訳でも無いので、煙の消えた火皿から灰を落として煙管をしまう。

この、まるで地面に足をつけているのと変わらん妙な感覚にも、もう慣れていた。
沈もうにも沈まぬのだから原理については考えるだけ無駄だ。
たまに海面から顔を出す海獣や海王類に気をつけさえすれば良い。

泳げぬことは残念におもうが、丸飲みにされてはたまらんからなあ。

「…海列車というものがある。造船と観光で有名な島だ」
「海列車…?」
「あとは自分で聞くのだな。しばらくは滞在することになろう」


――この発言の意味を知るのは島についてからだった。


なんと、ミホークはここへ俺を残して、「面倒だが…召集が掛かっていたのを思い出した」いつ戻るとも告げずにひとり海へと出ていってしまった。
「失くすな」と良く分からん紙切れを握らせて。

「……まいったな」

いやはや、これは予想外。
決して旅慣れているとは胸を張って言えない俺が、知らない土地で、慣れぬ世界で、大人しく観光でもして待てと置いて行かれてしまったのだ。
久々に頭を抱えたぞ。

「こうなっては致し方ない。…まあ、何とかなるだろ」

荷物を肩に担いで街を見上げた。
幸い、以前得た懸賞金で懐にはかなりの余裕があるし、困ったことがあれば知らせろと子電伝虫も預かっている。
洒落た帽子をかぶった目付きの悪いカタツムリは、持ち主に似て人相が悪い。
酒の席でいたずらに掛けてしまわないように気を付けなければ。


…さて。船の上から見たウォーターセブンはまさに海に浮かぶ都市そのものだったが、近くで見てもなお迫力が凄かった。

都市の中央には(というか天辺だな)巨大な噴水。
まるで水浸し。青い空と海に水没しそうなここは歩道よりも水路が多い。
目に止まった“貸しブル屋”という所で店主に聞いた話によると別名「水の都」と呼ばれているらしい。納得だ。

「や――観光するならヤガラブルは欠かせないね。お客さん、アンタひとりかい?」
「ああ。船で来たんだが…知り合いの仕事が終わるまでしばらく待たなきゃならない」
「ま――置いて行かれたってのかい。じゃ、のんびりしていきなあ」
「…そうしよう」

にっこり悪気なく笑った店主にこちらも笑う。
親切ながらもなかなか正直でぐっさりと刺さったが、表情には出さない。
おすすめの宿はどこで、美味い料理を出す店はここだ、など。
チップを少し弾んで色々と町のことを聞いたあとは、池簀に泳いでいたヤガラを選んだ。

「ニ〜! ニ〜!」
「…かわいいな」

なんだこの癒しの生き物は。
馬のように水面から顔を出す魚、ヤガラ。
これがまた不思議とおもしろく愛嬌がある生き物だった。

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