唐突な船出
鈍痛に鋭くなる視線を青と白に焼かれること数秒。
横たわって流れる雲が空の高いところで此方を見下ろしていた。
…おかしい。
何故に起きたら船の上にいるのだ。
昨晩はミホークと共に盃をかわして上機嫌に酒を呷っていたはずだった。
潰れるぞと言われた忠告に初めは抑えていたものの、彼に釣られてペースをどんどん上げに上げて…気付けば意識は泥のなか。
なにやら言葉を交わした覚えはある。
生憎と内容はさっぱりだが、たぶん久秀の愚痴でもこぼしたかもしれん。
可能性は果てしなく濃厚。
しかし久しぶりに味わう日本酒は大変美味かった。
「フッ、ようやくのお目覚めか」
「…っ、ミホーク? 俺は…ここ、は?」
「おれの船に決まっている。忘れたか」
次に海へ行く時はおれも連れて行けと、そう言ったのはおぬしだぞ、ヒデナガ。
十字架の帆を背負ったミホークが陽光を浴びながらそう告げる。
は? なん…だと…?
狭いデッキに文字通り転がされていた俺は、その堂々とした態度と現状に頭が付いて行けず呆気にとられたのだった。
まさか酔った勢いでそのような事を言ったのだろうか。
身体を起こしてあたりを見回す。
遠くに微かな島影が見えた。
二月あまりお世話になった古城はもう見る影もない。
「いやいや、それにしてはあまりにも突然過ぎるのではないかね? 彼らと別れも、していない」
せめて一度くらい撫でてみたかった。
動物とのふれあいを求めていたので少々ガッカリする。
最近では遠巻きに見ていた仔猿たちとも仲良くなれそうな気がしていたというのに…。
ああいやしかし。もう一人っきりで応えも返らぬひとり言を呟くのもなあ、
「……おもえば、独り暮らしをすると自然と独りごとが増えるというのが身に染みた一月だった」
「……」
「ミホーク。連れ出してくれてありがとう」
「礼などいらん」
「すまないが少々中で休ませてもらっても構わないか? …まだ、うっ…万全ではないみたいでね…」
「かまわぬ。好きに使え」
ミホークが腰を下ろしていた場所からすっと立ち上がる。
その下には船室へとつながる扉があった。
再び礼を言って下へ潜る際、あっ、そういえばと声を掛ける。
「急に食い扶ちが増えたわけだが…その、大丈夫かね? 食料とか、」
「…案ずるな。この海には豊富なほど泳いでおる」
「…?」
首をかしげると、促されて流した視線の先で大きな影が波間から跳ねた。
……ああ、なるほど。そういうことか。
ここは海の上、つまり無ければ補えば良いだけのこと。…海王類とかな。
海蛇みたいなやつは蒲焼にして食うと美味いんだよなあ。
「適当な海賊船を見繕う」
「――そっちか!」
さすが自称海賊。
これがこの海で生きる者の常識なのだろうか、と俺が疑ってしまうのも仕方がない発言である。
「(…他人から奪う、か)」
その所業。どこかの誰かさんがよく俺を悩ませていたぞ…聞くだけで何だか胃の辺りがしくしく痛んできたではないか。
はあ…もし遭遇したら俺だけでも真っ先に謝っておこう。それが良い。
驚いて思わず大きな声を出してしまい、唸りながらヨロヨロと転がり落ちるように船室へと消えた俺は、うっすらと笑みらしきものを浮かべた彼の顔を拝まずに眠りに落ちてしまった。
真夜中に目覚めた俺はそのまま座った形で眠るミホークを見てさらに恐縮すると共に、剥き出しの腹が冷えないのかと心配をもらす。
逃げる|目次|追う