忘れてないよ。ただ遠いだけ。


一月もお世話になった頃には『世界』について大体が分かった。

大航海時代。ひとつなぎの大秘宝。
海賊、海軍、能力者や人以外の種族について。
古城に残されている古びた書物は英文で読むのに大分苦労させられたが、大まかなことを実に大雑把にまとめて見せた俺はやりきった顔をしてみせていた。

「そんなものは子どもでも知っている常識だ」
「ミホーク、君は実に俺の心を抉るのが上手い」

軽口を交わせるほどには心を開かせることに成功していた俺は、ミホークの涼しい横顔に恨みがましい視線をおくる。
なかなかに表情を崩さない男だったが、相手が真面目に言っているのは分かっていた。
これが久秀ならばもっと揶揄するように、皮肉交じりな言葉をそえて馬鹿にされるのだろうよ。



たかだか一月。されど一月。
小太郎というもっとも心強い味方が傍にいない。
そのことに大分心寂しく感じながらも、彼が巻き込まれなくて良かったなと素直に思う。

…心配、しているだろうな。
突然消えた俺をあてもなく探す姿が目に浮かぶ。
せめて無事だと伝える手段があれば良いのだが…戻れる保証もないうえに、ミホークがいなければこの島から出ることも儘ならないのがひどく情けない。
それが、今の現状だ。じたばたしても始まらん。


キュポンと音を立ててコルクを引きぬく。
芳しい香りがグラスに注ぎこまれ、喉をうるおす。
懐かしいビールにも初めは喜んでいたがあれは水だ。それよりもマシな強さをもつワインでも、相当な本数を消費してもあまり酔えない代物だった。

嗚呼、

「日本酒が恋しいな」
「…ワノ国の酒か。残念ながらここには無い」
「ああ、そういう名の国もあるんだったか、」

遠い異国に来ている気分だ。
ワノ国か…日ノ本とは違うだろうが一度は行ってみたいな。
日本酒が飲みたい。カッと喉を焼くような強さに今は溺れたい気分だ。米も食いたい。白い飯と味噌汁がとても恋しい。
肉とパンには少々飽いている。

用意された食べ物よりも酒ばかりを過ごす男は、何かを考えるようにしばし目を伏せた。
グラスの中で濃い液体がやわらかく回る。

静かな古城はあまりにも静かすぎて。
ふたりっきりは寂しすぎた。


「…少し出て来よう」
「? ああ、いってらっしゃい」

ひらりと手を振り翻るコートを見送る。

ミホークが海賊を生業としているのだと聞いた時は、そのあまりにも似つかわしく無い響きに目を丸くしたモノだ。
彼はどちらかと言うと剣士とかそういう職業が似合いだな。
…んん? そもそも剣士なら使える主が必要か? しかしミホークが大人しく膝を折るような殊勝な性格はしていないと俺は思う。


行き先は聞かなかったが…どこへ行くのだろうか。

まあ、しばらくは俺に付き合って船を下りていた彼もそろそろ海が恋しくなったのだろう。
ひとりになりグラスを片づけると、ヒヒたちと戯れるために俺は城の外へと足を向けた。

目指す姿は武器を手に取るものでは無く、農具を持ったお猿さんだ。

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