世界をかける迷子


さて、結果的に言うと俺は行くところがなかった。
もっと言えば、ここがどこだかも分からず、今までいた世界とも違う。
世界級の迷子だという事があっさりと判明したのだった。
はははっ…なんてことだ。


ジェラキール、じらきゅーると、言い間違いばかりをかましてしまい早々に「ミホーク殿」と呼ぶことに決まった彼に連れられ、なんと、彼の住いにお邪魔することにいつの間にか決定していた。
というかまあ、元々この船の針路がそうだったというのが一番の理由なのだが。

ほんと申し訳ない。
船の操縦はおろかまともな職も無いのに。
おまけに無一文で土地勘もなく、色々と質問ばかりをしてくる俺にミホークは煩わしい顔も見せず答えてくれた。
(眼光が鋭すぎるのは少々アレだが)

「良い暇つぶしになるだろう」という理由には苦笑するしかないが、ここまで引っ張って来てくれた彼には心から感謝している。



『偉大なる航路(グランドライン)』――クライガナ島。
シッケアール王国という国の跡地にミホークの住いはある。

おどろおどろしい空と黒い森に囲まれた古い城だ。
戦火の跡が色濃く残る市街などは見ているだけで心が痛む。
城の中は意外と綺麗だったが…快適な住まいであるかと聞かれれば実のところそうでもない。
夜など亡霊のひとりやふたり出てきそうで、一人歩きをするにはかなりの勇気が必要だった。

「キャホ! キャウッ!!」
「キャホ、キャホ!」
「…あー、また見つかったか、」

そうだ。少し訂正するとしよう。
城の外はたとえ昼間でもひとり歩きをするのには少々物騒だ。

胴体がまるっこく膨れ上がった大型のヒヒが俺に向かって走ってくる。前脚が長く二足歩行はお手の物。
頭部には西洋風の兜と、たまに間違えて具足を被っている。
古城に刻まれし十字架と同じ紋章の入った武具は、戦死者からはぎとったり拾ったりしたものだろう。
ぼろぼろに傷をおった武具を纏うヒヒの群れが、瓦礫の山頂で手を叩きながら吠えたてていた。その手に武器を持って。

「やあ、猿クンたちか。今日もまた…随分と大勢お揃いのようだな」

にこやかに、にこやかに。
そう唱えながら言葉を掛ける。
ヒューマンドリルという非常に賢い、しかし獣である彼らが言葉を解すとは思えないが、出来るだけ穏便にやり過ごしたく思う。
動物に手をかけるのは気が進まない。
ミホーク曰く。人のマネをして学習するという彼らが真似やすい雰囲気を作って、今日もまた俺は軽く誘うのだ。

「おいで。今日は海釣りを教えよう。おいしい魚をとったら焼いてあげるよ」

でもまずは竿作りからだな。
自分で製作した簡素な竿を掲げて、恐る恐る顔を出した仔猿ににこりと笑みを向けた。


「また此処にいたのか。おぬしもモノ好きな奴だ」
「…ん?」

のんびり海釣りを楽しんでいるところにミホークが顔を出した。
ひらひらの白いシャツにいつものコートを肩から掛けている。
この時間なら(というか大体常に)彼は、古城の一室で酒を大量に消費しているはずだった。どうかしたのだろうか?

間隔をあけて仲良く並び、俺を真似て釣りをしていたヒヒたちが驚いて竿を引く。
ミホークの登場により今日初めてやっと誘いに応じてくれた彼らが一斉に身を縮こませてしまっていた。
ヒヒたちは、ミホークをとても恐れている。
まあその気持ちは分からなくもない。彼の眼差しは心臓に悪い。

「ああこら、落ち着くんだ。大丈夫、彼は何もしやしない」

言いながら手応えの伝わる竿を引くと、生きの良い飛沫が波間から飛び上がった。

「……おや?」

これはまた、随分と大物が掛ったものだ。
海蛇に似た顔の海王類と見つめ合って背に冷や汗が流れた。
飛び出したぎょろりとした目玉は俺をロックオンしている。
いやはや、どうにもこれは勝てそうにない。このままでは丸かじりされてしまうぞ? それは困る。
しかし、その心配はすぐに無くなった。
お魚は動かなくなり、鞘に収めるわずかな音で振り向くとミホークが夜をしまった所であった。

背後でどうっという凄まじい音が波しぶきと共に上がる。

「助かった、ありがとうミホーク殿」
「……」
「いや、待て。そう睨んでくれるな。今日もまた…たまたまだ」

そんな訳なかろうと無言が語る。
へらりと笑えばもう何度目かも覚えていない溜息を吐かれていた。

釣竿を垂らせば早々に海王類が釣れるという、不可思議な特技を発見したのはついこの間だ。
今日はそれを知りながらもこりずに挑んでみたのは、それを確証付けるため。
成果はご覧の通りだ。

それに…どうやら俺は『この世界でのあらゆるモノ』に拒絶されているようでもあるから。

「海も、痛みも、俺には届かないさ」

海の上を歩けるだけでもビックリ人間確定だというのに、ヒヒの攻撃も紙一重で止まる。
心臓に悪いので試したくは無いが、おそらくはミホークの剣でさえ届かぬのだろう。
髪も伸びねば髭も生えない。
俺はまさしくこの世界の異物であった。


「とりあえず、このお魚は食えるのかね?」

首を傾げて問えばヒヒたちも同じように真似たのが、なんとも可笑しい。

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