08


ふるり、僅かに首を振られる。
それは見逃してしまいそうな程の小さな否定。

……いや、その、な? 何に対しての否定なのだろうか。
驚いてはいないという意味なのか? 匂いか? 匂いなのか?

すんと鼻をならし己で嗅いでみる。先程まで筆を握っていた所為か墨の香りが僅かにするな。体に他の匂いが付くのを嫌がったのだろうか?
ふるふるふる。今度は先ほどよりも強く長く――、

「…お、おおお、そんなに一生懸命否定しなくとも分かった! 分かったから、な?」
「…………(コクリ」

満足そうに頷かれ、ちょっとかわいいと思ってしまう。…彼には申し訳ないが。

――それにしても、この様な所で俺と立ち話(?)していても問題は無いのだろうか? 忙しいだろうに、引き止めてしまったようで悪いなあ。


「風魔、と呼んで差し支えないか?」
「……」
「もう行った方がよい、君は久秀の元へ行かねばならないのだろう?」
「……(コクン」
「なら、」

ならば行きなさい。そう言って送り出そうとした俺に、

「いやいや、俺は久秀ではないんだぞ?」
「……(コクリ」
「いいのか? 俺になんて渡しても」
「……(コテン」
「首を傾げたいのは俺の方だぞ、まったく…」

久秀宛だろう文を俺に向かってぐいぐい差し出す風魔。いやいやいや、俺が読んでも仕方ないだろう? 何故か引かないんだ君は。

「はあ、分かった。俺から渡せばいいんだな?」
「……(コクコク」
「(良いのかな…)」

ああそうか。もしかしたら今回で終わりなのかも知れない。――そう考えるとまた寂しさが胸に舞い戻る気がした。

茶室で会った頃より好感が増し、尚且つ話してみて親しみが持てそうと感じた。このまま終わりにしてしまうのが残念に感じる位。ああ、

「うちにも、君の様な子がいればな…」

きっと癒される。いや、癒されるどころか可愛がってしまいそうだ。俺が。

ぽろりと洩れた本音。
三好達は癒しというより同じ境遇の仲間(?)という感じだし、久秀は癒しであった例がない。(寧ろお前が原因だと本人にも言ってある)

すると風魔――下の名は何と言うんだろう――は、少し考えるよう俯き、

深く、深く頷いてその場から消えてしまった。
黒い羽根を残して。

――まさかその一言が引き金になり、伝説の忍・風魔小太郎を雇い入れる事になるなど、その時の俺には知らぬことであった。


無自覚の勧誘


「……」
「ん? どうしたんだ今日は、仕事は終わったので、は…」
「……(スッ」
「は? ……久秀に雇ってもらった? え、ええ?!」

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